株式会社アインエステイト/長野県上田市
地域を魅力的にする取り組み
<取材日:2024年3月19日>
行政と強い信頼関係を構築し、
地域の空き家問題を解決する
地域課題の解決を通じて、若い経営者を育てあげる
・協会内に専門部会を立ち上げ、行政との連携を強め、高い成果をあげる
人や地域との信頼関係をもとにコンサルティング業務を推進
─御社の沿革と事業内容について教えてください
私は上田市出身で、高校は建築科で学び、東京の大学を出た後地元に戻り、工務店、測量事務所等に勤め不動産の仕事を始めました。その後、1990年に会社を設立し、宅地分譲、売買・賃貸仲介を中心に、年間10億弱の売上をあげるまでになりました。社名のアインはドイツ語で1の意味で、地域ナンバーワンになろうと思ったのです。
しかし、15年程続けるうちに、ふと、「この仕事は土地を仕入れ、加工して売るだけの誰でもできる仕事で、社会貢献度が低いのではないか」と思うようになりました。そこで、不動産コンサルティングの資格を取得し、2009年には本社を移転、不動産コンサルティングと開発企画に業務を転換しました。
─コンサルティング業務でフィーをもらうのは難しいのではないですか
私の仕事の仕方は、まず仕事ありきではなく、人間関係と信頼ありきでスタートします。事業を拡大したい、新たに工場を作りたいという法人からの依頼もあれば、個人の方で1万円の報酬でもお受けすることもあります。つまり、仲介手数料やコンサルフィーの多寡ではなく、お客様がどれくらい困っておられるか、その仕事をすることでどれだけ地元に貢献できるかといった視点を大切にしています。その部分で自分が納得しないと仕事をお受けしませんので、それが逆に信頼になり、利益につながっていると思います。コンサルティング業務を進める上では宅建業法に抵触しないように、また、非弁行為にならないようにするなど注意しながら、細かく仕事の内容と報酬額を決め、業務委託契約書を結び進めます。また、実際に売買や賃貸をする場面では、開業の時から面倒を見、仕事に関して同じ意識をもっている6社を外注先としてアウトソースしています。
協会内に専門部会を立ち上げ、行政との連携を強め、高い成果をあげる
─長野県宅地建物取引業協会(以下、「宅建協会」)上田支部が上田市と空き家に関する協定を締結した経緯について教えてください
上田支部の管轄は6市町村あり、そのうち4市町村と「空き家情報バンク制度に基づく空き家の媒介に関する協定」を結んでいます。上田市の空き家問題に関する取組は、最初は新規就農者を都会から呼び、その人たちの住居として空き家を活用しようというものであり、農政課が担当していました。しかし、それだけでは移住者は増えないということから、担当を移住交流推進課移し、2015年に国交省が空家対策の推進に関する特別措置法(以下、「空家特措法」)の施行のタイミングで住宅政策課に担当が移り、その年の3月に宅建協会と協定を修正しました。
制度は、市が空き家所有者から物件を募集し、申込みのあった物件を市と支部で現地確認・調査を実施。登録完了になれば市のHP等で情報提供を行います。
─空き家バンクのこれまでの実績を教えてください
2015年4月から2024年2月までの約9年間の累計で、物件登録件数325件、利用希望者登録数1,143人、成約数201件となりました。また、物件提供者からの問い合わせ件数は1,203件、利用希望者からの問い合わせ件数は2,749件に上り、大きな成果をあげています。
成約価格は50万円のものから2,000万円近いものまでありますが、累計で契約総額が8億を超え、手数料総額も6,500万円強となりました。
また、売買が成立した169件のうち、他県からの移住者が65件(38%)、市内の住み替えが104件(62%)、賃貸では32件のうち、他県からの移住者が15件(47%)、市内の住み替えが17件(53%)となり、賃貸の方が移住者の比率が高いという結果です。
上田市が移住希望者から人気が高いのは、新幹線で東京から1時間半で来れるという利便性と、降水量の少なさです。寒暖差は大きいですが、ブドウやリンゴといった果物を育てるのに適しており、長野県の中でも降水量が少なく冬でも雪が少ない点が人気の要因なのかもしれません。
─このように高い業績をあげることができた要因はどのような点ですか
上田市の空き家情報バンク事業は以下の6つの特徴があげられます。
①宅建協会上田支部内に「空き家バンク部会」を設置
上田市との協定は宅建協会上田支部が締結しましたが、収益事業が存在するため、支部内に「空き家バンク部会」という任意の事業団体を発足させました。そこに、空き家バンクの物件を取扱いたいという業者を募集し、研修を受けてもらい、無作為の抽選で順番に物件を担当することにしました。当初は全158会員中50会員が手を挙げてくれましたが、今は39会員となり、あまり商売にならなくてもこの問題に熱心に取り組もうという業者が残っています。当然物件によっては価格が高いものも低いものもありますが、不満が出ないよう入会時に誓約書を書いてもらいます。また、部会員は年会費を払い、さらに成約した場合、その報酬の3%(賃貸の場合は、一律1,000円)を協力金として部会に収めてもらい、研修会や相談会への講師の派遣の日当等の原資に充てています。
空き家バンクは行政が窓口になっているので、部会員は宅建士とし、宅建士賠償責任保険に入ってもらうなど、細かい規定も作っています。そして、部会員育成のために年に4、5回研修を行っています。多くは私が講師となり、問題やトラブルが起きた実際の案件を題材にしながらその原因を検証することで、部会員の資質を常に高いレベルで維持するようにしています。外部から講師を招くという考え方もありますが、実務の実態に即したものにしないと知識として身につきにくいと思っています。最近では、家族信託を組んだ事例について、実際に使った信託契約書や登記情報などを見せながら研修を行いました。このような勉強会をもう10年近く行っています。
②空き家対策に関する市役所内の部署を統一
既にお伝えしたように、空き家対策の担当課は、最初は農政課にありましたが、移住交流推進課に移してもらい、空家特措法ができたタイミングで、住宅課や空き家対策室を一本化し、住宅政策課にまとめてもらいました。このように、役所の配置にまで意見をしています(笑)。
③民間からの市役所への職員の出向
市の職員は早いと3年、長くても5年で異動になってしまいます。中には資格を取るような熱心な方もおられますが、せっかくノウハウを覚え宅建業の仲介業務をできるくらいになったとしても異動となり、またゼロから仕事を教えなくてはなりません。そこで、私が代表をしている(同)信州うえだ移住支援センターで社員を雇い、2名(うち1名は宅建士)を市の空き家バンクの窓口として出向させています。その結果、安定した業務ができるようになりました。これが、上田市のスキームの最も特徴的なことだと思います。
この2名は、空き家バンクの登録の受付をし、登録依頼があった場合、直接現地に行き物件調査をし、受託可能な物件になるかどうか精査をします。相続が終わってなければ相続手続きをしてもらい、再建築不可の物件であれば道路関係をクリアにしないと登録できない旨を所有者に伝えます。また、購入希望者も登録し、その情報管理をします。彼女たちがいるおかげで精度の高い物件が集まり、登録済の購入希望者とマッチングもしますので、他の市町の空き家バンクより多い成約数があげられるのだと思います。
出向者の人件費は、福利厚生費も含め上田市からの業務委託費で賄っています。市としても、直接雇用するのに比べ国からの助成金を入れられるので経費が圧縮できます。
④行政の担当職員と部会員との合同研修会
さらに、年2~3回程度、必要に応じて、市の担当職員と部会員の意見交換会と合同の研修会を行っています。空き家バンクの運営上の問題点を話し合う運営会議は、上田市以外にも、協定を結んでいる千曲市、東御市、坂城町でも開催しています。
⑤地域住民に対する各種相談会への部会員の派遣や研修会への講師派遣の実施
空き家の掘り起こしや空き家の予防対策として、地域住人向けの空き家相談会を各地域で実施しています。市町が開催通知を出し、自治会から声をかけてもらい、自宅の処分に関して悩みのある人や、実際に空き家を持っている人に参加してもらい、そこに部会員を相談員として派遣しています。相談会は夜に開催されることもあり部会員も大変ですが、各地域に行き、おじいちゃんやおばあちゃんが一人暮らしなのか、将来住まいをどうするつもりなのかについて直接話を聞きながら空き家予備軍を発掘し、空き家バンクへの登録を促したり、意識改革を地道に行っています。また、東京で行われる移住相談会にも必ず相談員を派遣しています。
⑥行政による空き家―リーフレットの作成
上田市では“信州うえだ空き家バンク登録の手引き”というリーフレットを作り、市の空き家相談窓口への来訪者等に配布したり、いろいろな施設に置いてもらっています。内容は、空き家バンクへの物件の登録及び利用者登録の流れやQ&A集、解体費用の補助金等が記載されていますが、そこに空き家バンク協力企業として部会員の屋号と連絡先も載せてもらっています。当部会のいいところは全日の会員にも参加してもらい、宅建協会の会員と同じ扱いにしています。
─空き家の流通に関して補助金等のバックアップもあるのでしょうか
まず、「老朽危険空家解体補助金」があります。当初の予算は500万円でしたが、昨年から20件/1,000万円まで増額してもらいました。市内の空き家の購入者は賃貸からの住み替えの方が多く、価格が安いうえに解体費も出るとなると土地を買ったことと同じになり、新築が建てられます。さらに、空き家バンクの物件の購入者には、引っ越し費用と改修工事費用の1/2(上限20万円)まで、県外からの移住者については50万円まで補助されます。ここにも1,000万円の予算をつけてもらいました。
さらにユニークな制度として「空き家セカンドユース事業補助金」というものがあります。市内の空き家を不動産業者が買取り、リフォームを実施して5年間移住希望者にお試し賃貸として貸し出す事業に対して、50万円を上限に改修費用の1/2を補助してもらえるというものです。空き家が解消され、かつ優良な賃貸物件を移住者に提供できるという一石二鳥の制度です。この制度には200万円の予算が付き、昨年は4件執行されました。今年は、所有者が直接リフォームして賃貸する物件もOKになり、予算も10件/500万円まで増額してもらいました。
このような補助金を含め、人口16万人弱、予算規模が700億円程度の上田市において、空き家対策だけで1億円もの予算が付いています。いかに市長や行政の職員と宅建協会との間に信頼関係があるかという証だと思います。
─空き家バンク以外の市との協定事業について教えてください
空き家バンク以外にも市とはいろいろ取り組んでいます。「市有地等の売却及び賃貸借に係る一般媒介に関する協定」を結びました。これは、上田市が所有する普通財産を公売にかけて応札者がいない場合、売却を宅建協会に委託されて会員は客付けすることができます。ここ3年間で15件の売却ができました。また、「中心市街地空き店舗情報バンク制度に基づく空き店舗の媒介に関する」協定も結んでいます。これは、商工観光課と商工会議所と宅建協会が3者協定を結び、中心市街地の空き店舗を解消するというものです。年2回程度まちなかの空き店舗見学会を行い、そこに会員業者を派遣して、オーナーやテナント希望者をアテンドし、契約書等のアドバイスをしながら、4年間で75軒の空き店舗を解消してきました。
それ以外にも、年に2、3回程度市の職員が参加する業務研修会を行い、担当部署で出た問題点について私が講師になって研修会を行ったり、担当部署からの業務に関する相談も年間50件以上受けています。その結果、空き家バンク事業も安定し、市との信頼関係も強化されます。
このように、一連の取り組みはボランティアの要素も多いですが、官の力を借りて民の力を提供し、両輪で市民のため、県民のためになるように事業を組み立てるということを主眼に取り組んでいます。
商売のためでなく、自分の勉強のため、地域のために取り組む
─他の地域では、空き家バンクの物件は価格が安く市場で流通しにくい物件も多いので、積極的に取り組む業者は少ないと聞きます。上田支部の場合は、樋口社長始め、何故皆さん積極的に取り組まれているのでしょうか
部会に入会する際は、市との協定事業なのでボランティアの気持ちで取り組んで欲しいと最初に説明します。ただ、実際に収支が合わないというのは事実です。さすがにコンサルフィーをいただくのはハードルが高いですが、報酬告示の改正で売主から承諾を得られれば調査費用を手数料と合わせて18万円までもらえるようになりました※1。媒介契約取得の際にも、事前に業務内容を説明し、調査費がかかる旨理解してもらった上で結ぶように指導していますが、実際は18万円でも持ち出しのケースもあります。
それでも、皆が取り組むのは、「勉強になるからです」と言ってくれています。宅建業を始めて2、3年のキャリアの浅い業者は最初から媒介契約を確保するのは大変です。しかし、空き家バンクなら物件は順番に回ってくるので、その時に物件の調査の仕方、重説や容認事項の書き方などを教えてもらうことができます。確かに儲かる場合は少ないですし、権利関係等の複雑な物件もありますが、不動産の取引の勉強になります。そのために部会に入りたいという会員もいます。ただ儲けたいだけという業者は部会には入っていませんし、入ってもすぐ辞めてしまいます。
私は、研修の資料を作ったり、行政との会議に出たり、講師等をしていますが、部会には入らず、空き家バンクの物件の配給は受けていません。たまたまいい物件に当たり誤解を受けてしまうのもいやなので、実質ボランティアの立場で事業に参加しています。そのような活動が認められたのか、宅建協会から推薦してもらい、一昨年国土交通省大臣表彰をしていただきました。
─その様な姿勢だから会員や行政から信頼されているのですね
部会の研修では、現在の税制や、不動産登記法、成年後見制度、家族信託制度、それ以外にも農地法、建築基準法、都市計画法などを教えています。現場での実務経験があるから話せることも多いので、その経験を教えることによって会員が育てばいいと思っています。実際に経験の浅い会員は共同仲介する機会も少ないので、他社がどの様な方法で物件調査をし、をどのように重説を書いているのかなど、そのノウハウが得られません。空き家バンク物件を題材にしてそのノウハウを開示し、共有しています。開業支援セミナーを行っているところは多いですが、大事なのは開業後のフォローです。開業後すぐに仕事を獲得するのは大変です。そこで、彼らのために仕事を教え、仕事を出すところまで行っているのが私の取り組みです。
─スタートアップの宅建業者はとても助かると思います
ここ10年にわたり、宅建士の試験対策の講座も開いています。4月から10月の半年間の毎土曜日の午前中、20回以上に及ぶ講座で、授業料は無料にし、予想問題は私が作るのでそのコピー代の1,000円だけもらっています。これまで30名以上の合格者を出し、そのうち8名は協会に入会しているので、究極の新規入会対策です(笑)。しかも、独立したいという人には免許申請や、お金の借り方まで教えます。やはり「業界の発展は底辺の拡大が必要だ」と思ってやっています。
このように、地域に貢献し、行政に貢献し、協会に貢献しながら人を育てることをしていると、不思議と仕事が回ってくるものです。「樋口さんならなんとかしてくれると聞きました」と、営業を全くしなくてもお客様が来られます。
会社ではなくクライアントを守る事業承継を目指す
─まさに、業界全体の事業承継に取り組まれています
私のクライアントに、全国に300ヵ所以上展開する大手ホテルチェーンがあります。そこの会長が「私は樋口君のことを信用して仕事を依頼している。もし、あなたが事業承継し、息子さんに代わったとしても、そのまま受け入れるとは限らないよ、評価するのは私たちだから。あなたと同じように仕事ができる人を連れてきて欲しい」と言われました。残念ながら、私の2人の息子は事業を継ぎませんが、評価するのがクライアントであれば、引き継ぐのは社外の人間でもいいのではないかと考えました。そこで、「会社を守るのではなく、クライアントを守る」という前提で、事業承継を組み立てることにしました。事業承継を経済的な承継と技術的な承継に分け、経済的な承継は最終的に会社を解散、清算すればいいですが、クライアントに迷惑をかけないという技術的な承継が最も大切なので、冒頭述べたアウトソース先の6社、つまり弟子を今育てているところです。
─お弟子さんたちはいい師匠に恵まれて幸せですね
売買でも賃貸の場合でも、契約と引き渡しが終わり、最後の精算のタイミングで彼らを呼びます。その時、お客さんは「よくしていただいて本当にありがとうございました」と菓子折りを持って来られます。彼らには「結果的に媒介報酬をいただいたけれど、感謝の言葉をもらえたことが最も重要で、そこを目指せるかどうかだ」と伝えます。そして、そう感じてもらえたお客様は必ずリピーターになり、他のお客様を紹介してくれます。そこを彼らに学んでもらいたいのです。そのような商売のコツをわかった上で、不動産の仕事は、社会貢献に資するやりがいのある仕事だ、ということを感じてもらいたいと思っています。
※1 2024年3月時点
樋口盛光 氏
学歴 立教大学経済学部卒
職歴 サラリーマン
1990年7月アインエステイト設立
株式会社アインエステイト
代表者:樋口盛光
所在地:上田市中央西2丁目1-8
電 話:0268-26-3210
業務内容:宅地分譲、売買・賃貸仲介、管理企画を主たる事業にしていたが、2009年4月に本社を移転し、不動産コンサルティング(個人、法人)、開発企画に事業転換した。