有限会社すべ産業/鹿児島県鹿児島市
地域を魅力的にする取り組み
<取材:2017年11月>
市場(いちば)で人の交わりを創り、
まちを活性化する
人財を育成し地域に新たな産業を興す
市場(いちば)で多様な住人のつながりをつくる
─まちづくりに関わり始めたきっかけを教えてください。
千葉の大学に在籍中、家業を継ぐ前にいろいろな仕事を経験したいと思い、東京ディズニーランドやユニクロで販促の企画立案やスタッフのオペレーションの仕方を学んだり、趣味の音楽活動を通じて舞台の演出やイベントの企画などをしていました。卒業後は大手不動産会社に就職し、東京で7年、福岡で5年、主に新築物件の販売、売買仲介の仕事にたずさわりました。鹿児島に戻り父の会社で働き始めたのが2013年6月です。事業内容は、賃貸仲介、賃貸管理、売買仲介が中心で、不動産コンサルティングも行っています。
故郷に戻るまでは、帰省するのは人で賑わう盆と正月の時期だけでしたのであまり感じませんでしたが、いざ暮らし始めてみると、市の中心部である天文館あたりも閑散としているのに気が付きました。1階が空き店舗になっていたり、ビルが一棟丸ごと空いていたりするのを見ると、今後このまちはどうなっていくのだろうという危機感と不安感でいっぱいになりました。騎射場(きしゃば)の周辺も市場が火事で焼けてしまい、横丁は賃貸マンションに変わってしまうなど、人の数もまち並みも昔の面影はなくなっていました。
危機感はあるものの何から始めていいかわからず、学べる機会はないかと探していたところ、知り合いから教えてもらった賃貸住宅フェアで、青木純氏※1などの先進的な話を聞くことができました。それに感銘を受け、その年の8月に北九州市で行われた第5期のリノベーションスクールに参加しました。それが“まちづくり”に取り組み始めたきっかけになりました。
─騎射場とはどのような所なのですか?
スクールではたくさんの人と出会い、多くのことを教わりました。早速この地域の特長を把握しようと統計情報などを調べました。市電の停留所の名前になっている「騎射場」は、江戸時代に薩摩藩士達の流鏑馬(やぶさめ)の練習場があった所です。そこから半径500mの地域には、人口が約1.5万人もいますが、その内20代前後の若い人は約3,000人おり、鹿児島大学へ通っている学生が約1万人です。鹿児島大の学生が卒業後も鹿児島に残る割合は3~4割程度なので、若い人はいてもまちの姿が見えにくい傾向がありました。一方、歴史的には江戸時代から昭和初期まで異人館と外国人の居留区があり、現在も鹿児島大の留学生会館があることから、県内では外国人が最も多いエリアです。しかも、県庁の近くなので転勤族や医療関係者も多く、このエリアは多種多様な人が住んでいる地域だといえます。しかしほとんどの人たちは、家と学校、家と職場を往復するだけで、住人同士が全くつながっていないことがわかりました。そこで何とかしようと、人と人がつながるための仕掛けをいろいろと試してみましたが、なかなかうまくいかず悩んでいた時に、加藤寛之※2氏からマーケットやイベントで人をつなげることができるということを教えてもらったのです。
─「のきさき市」というマーケットを始めました。
人口の1/3が若者ということは、この地域でマーケットを開けば若い人が参加し、そのエネルギーをまちの中に充満することができるはずです。そこで、東京青山のファーマーズマーケットや福岡県久留米市の日曜市など全国のマーケットの視察に行きました。その中で、京都の五条通りで開かれている「のきさき市」に出会いました。そこでは、商業通りに面しているため土日は閑散としているビルの前の軒先や駐車場などの空き地を借りて店を集め、一日限りの市場を開いていたのです。このやり方にピンときました。この方法を騎射場の商店街の軒先や銀行の駐車場や近くの公園を使って行えば、賑わいをつくれるかもしれないと考え、のきさき市の仕掛け人である石川秀和氏※3に軒先の使い方や運営方法についてアドバイスをもらいました。
─視察の半年後には第1回開催にこぎつけています。
やはり、このままではまちが衰退してしまうという危機感が強く、5年後の2020年までには何らかの形にしないとまちがもたないと思ったので、視察に行ったその年の11月には第1回のきさき市を開催することにしました。運営スタッフは知り合いのデザイナー2人、切り絵の作家、飲食店経営者と私と妻の6人です。準備期間は実質3カ月くらいしかありませんでしたので、ほぼ毎日徹夜状態でしたが、SNSと口コミだけで70~80店が集まりました。
場所の確保については、騎射場中央通り会の会長と鹿児島市市役所の産業支援課が協力してくれ、3人で商店街を回り、オーナーに軒先を貸してもらえるようお願いをしました。商店会の会長は地元愛の強い方で、市場の話しをすると「すぐやれ」と言ってくれて、自ら「須部君が騎射場を盛り上げるためにイベントをするから、ぜひ場所を貸してあげて欲しい」と回ってくれました。また市の職員からも「市も後援するので大丈夫です」と言ってもらい、オーナーを説得しました。
人を育て、地域に雇用を生む
─マーケットの開催で地域にどのような影響がありましたか。
のきさき市は今年で5回目※4を迎えますが、100店舗以上が出店し、1万人以上が集まるイベントになりました。最初の2年間はメディアへの露出を増やすために年2回の開催にし、集客のターゲットを毎回設定しました。1回目は20~30代の女性、2回目は家族連れ、3回目は学生、4回目は離島の人と年配者、5回目は留学生や外国人、という具合です。このイベントを開催する目的は、まちの財産である人と人とをつなげ、まちづくりについて当事者意識をもった仲間を見つけることでしたが、実際、2つの小学校のおやじの会がつながったり、実行委員会にも学生や社会人など職種も年齢も様々なバラエティに富んだ人材が集まるようになりました。
のきさき市の実行委員会は、今ではコアメンバー5名、実行委員10名、ボランティアキャスト30名の規模の組織になりました。実行委員では6回の講座を設け、学びながらワークショップ形式で企画を詰めていきます。企画は、“やりたいことがイベントのコンセプトに合致しているか”“費用を含めた実現性”“社会的に意義があり求められていることなのか”という視点から選ばれ、イベント終了後には委員の卒業式も実施します。チームビルディングから企画立案、資金調達、プロモーション、メディア戦略まで多岐にわたる経験ができるので、学生にとっては学校で学ぶことができない内容をまちの人と一緒に学べるまたとない機会になります。
これまでの5回の開催を通じて、“地域の人がつながる”という面では一定の効果がでたことから、来年からは“人材育成の場にする”ということに比重を移すつもりです。そのために開催を年1回にして鹿児島大学の学園祭と同時に行い、学生の中から新たにビジネスを作ることができる人材を育て、地域に雇用を生んでいけるような場にしたいと思っています。
イベントを通じて物件のコミュニティを作る
─磯浜ビルのリノベーションのプロジェクトについて教えてください。
鹿児島駅から車で5分程北に行った磯地区には、薩摩藩主島津氏の別邸と庭園があった仙厳園、「明治日本の産業革命遺産」に登録された旧集成館があります※5。そこからほど近いところにある、私の同級生が相続した賃貸物件が「磯浜ビル」です。既に築年数は40年以上経ち、ひび割れがあり、隙間が空き、雨漏りもしていて、赤錆や白蟻の害も見られました。そのため6室中3室が空いており、入居者からのクレームも多い状況でした。管理会社は建て替えを勧め、大手ハウスメーカーからは解体費込みで1億円の見積もりが出ており、そのタイミングで同級生から私に相談がありました。知り合いの建築士に物件を調査してもらったところ3,400万円程度でリノベーションできそうだったので、大きな借金をするのではなく、リノベーションをして賃料を現在の4万円から7万円にし、18年で返済する提案をしました。結果的にその提案が通り、募集と管理を当社に任せてもらいました。
リノベーションをするにあたり、3室が入居中だったので、工事中は他の部屋に移動してもらいながら6カ月かけて改修をしました。物件の目の前は錦江湾で、桜島と海が一望できる一方で、近くにはコンビニが1軒あるだけということから、募集にあたってはターゲットを海が好きな県外の移住者としました。また、既存の入居者はお互い仲が良く、コミュニティが既に形成されていたので、DIYのワークショップを行って、そのコミュニティを可視化することにしました。「薩摩切子」文様の外壁塗装と1階の芝張りのワークショップには合わせて80名が参加し、休憩時間には近所で有名な“ぢゃんぼ餅”の食べ比べを行いながら参加者のコミュニケーションをはかりました。また、女子がヘルメットを被り外壁を塗る姿にはテレビの取材も入り、参加者もフェイスブックで拡散してくれました。その結果、空いていた3室が完成と同時に決まり、プロフィールも北海道と東京からの転勤族やウインドサーフィン好きの人というように、狙い通りの結果になりました。完成後は住人同士がバーベキューや音楽イベントなどを行うなど、人が集まり、人のつながりがある物件になりました。
─“コミュニティ創り”がキーワードです。
これからは“物件にコミュニティを創ることが価値になる”と思います。先日も2棟募集中の新築戸建ての開発現場で、オープンハウスをしながら「まちかど縁日」という販促イベントをしました。駐車場の敷地で地元のおやじの会の人に餅つきをしてもらい、知り合いのジャグラーを呼んで地域の家族や子どもたちを集めました。地域に新しい家が建ち、既存の住人と新しい住人が交わるイベントを行うことで、参加した人は“地域住人の様子がよくわかり、溶け込みやすい雰囲気だ”と感じてくれたようで、2棟ともすぐに成約しました。そのためにかけた広告費は実質0で、経費は餅米代とお茶代だけです。
最近は新築賃貸マンションや建売住宅が盛んにつくられていますが、オーナーは大きなリスクを抱えます。そこで、人が交わる仕掛けをすることで、地域住人と入居者、そして入居者同士がつながってコミュニティを生むことができれば、それが物件の価値となり、入居者を決めやすくなります。しかし、そのような仕掛けやイベントを企画できる人が不動産業界にはあまりいません。イベント会社に依頼すると彼らはイベントそのものの出来栄えや集客数しか考えませんが、私の目的はコミュニティづくりやその先の物件や地域のファンづくりです。そこで近いうちに、入居者の募集にあたって販促イベントを企画し、マネジメントする仕事を作りたいと思っています。不動産の取引の仕組みを知っている人間が行うことに意味がありますし、いずれはこの業界にもそういう事ができる人材を育てていきたいと思っています。
10年後を見据えた仲間づくり
─異業種交流会なども積極的に行っています。
福岡で仕事をしていたときは、異業種のビジネスランチ交流会に参加して人脈づくりに役立てていました。しかし、鹿児島に戻ると知り合いの社長は同級生くらいしかおらず、地元にいながら疎外感を感じていたことと、参加者でいるより主催者になった方が自分を知ってもらえる機会が増えると思い「ビジネスランチかごんま会」を2013年に立ち上げました。会は“信頼・感謝・成長”をコンセプトに、「信頼関係を作ってからビジネスしよう」ということをスローガンに掲げています。鹿児島にも異業種の交流会はいくつかありましたが、昼に開催しているものがなく、毎月第3木曜の昼に実施したことで、参加者の4割は女性になりました。内容は私のあいさつの後、昼食をとりながら参加者全員が1分間スピーチを行い、昼食後に興味がある者同士で名刺交換をするというシンプルなものです。毎回40人程度が集まりますが、今年で48回※4となり、延べ400人以上の経営者が参加しています。
─同業者の勉強会もいくつか企画しています。
まず、「不動産会社の未来をつくる勉強会」を実施しています。仲のいい同業者約10社が集まり、毎月参加者の1人が担当となり、リノベーションや買取再販のノウハウなど各社の得意分野について話をしたり、現地見学会や物件情報の交換などを行います。
さらに、2017年の11月には「リノベーションスクール@鹿児島」を開催しました。目的は“仲間づくり”と“行政を巻き込むこと”です。私は全国各地へ赴きまちづくりについて知見を得ていますが、まちづくりに関心はあってもどう動いていいのかわからないという人が多いので、知識レベルを一緒にすることで、私がやろうとしていることについての理解を深めたいと思いました。スクールに参加した人が「これは須部さんがやっていることと一緒ですね」と思ってくれれば、共通の言語で共通の会話ができる仲間が生まれます。また、開催にあたり鹿児島市が腰を上げてくれたことにも大きな意味があります。市の若い職員と“これから開かれたまちをつくる”ということを今から共通認識として持っておけば、10年後には彼らは出世し、まちづくりを推進してくれることになります。スクールはそのための関係作りであり、下地作りのためのツールです。
人財育成をして地元で産業を育んでいく
─物件を探しに来た人には、物件ではなく、まず地域の案内をしています。
住まいはお部屋も大事ですが、それ以上に周りの環境が重要です。当社に物件を探しに来た人には、まずその人の仕事や生活スタイルを聞きます。そして、一緒にまちを歩きながらエリアの紹介をしつつ、その人のスタイルに合いそうな人に会ってもらいます。そうして、ある店が気に入ればその近くの物件を紹介したり、職種によっては同じ仕事をしている人の周りの物件を探します。当社ではまちや人が先で、物件の紹介は最後にします。このような案内方法ができるのも、この地域に精通し、どこに誰が住んでいるのかを把握しているからです。のきさき市の効果も徐々に現れ始めており、「騎射場が面白そうだから」という理由で移住してくる人も何人も出てきました。
─まちづくりについて今後の展望を教えてください。
理想は大阪の丸順不動産の小山社長※6が進めているようなまちづくりです。歩ける範囲に欲しい店が全て揃っていて、しかも地域の人とお店、そしてお店同士の関係性が見える中で商売が生まれ、成り立っていくのが理想です。まちの中に今はない産業を興していくには、例えば“私がカフェをやるのでパン屋をやってくれませんか”というような関係性が生まれることが必要だと思います。そのためには、まず人を集め、人をつなげて化学反応が起きる場づくりが必要で、のきさき市はそのために行っています。
まちおこしだけを目的にするなら空き店舗に出店する事業者を外から集めればいいわけですが、それでは一過性になってしまいます。大学があるまちということを最大限に利用して、のきさき市の運営を通じて学生にビジネスのノウハウを学んでもらい、卒業後は地元で起業して欲しいと思います。一方地元を離れて、東京や大阪で起業する人たちがいてもいいのです。大切なことは、一緒に学んだ者同士がつながり、地元の外と中でお互いに仕事をアウトソーシングし合う関係を持ち続けることです。地元で楽しい思い出をつくり、外に出た人がいつでも帰ってこられる環境をつくり、外にいたとしても地元に恩返しすることができる流れをつくりたいと思います。
※1 株式会社まめくらし 代表取締役 。株式会社都電家守舎 代表取締役。大家業としてカスタマイズ賃貸やDIY型賃貸のパイオニア。
※2 都市計画家。㈱サルトコラボレイティヴ代表取締役。
※3 ㈱HLC代表。本社:京都市下京区。
※4 2017年12月時点。
※5 2015年「明治日本の産業革命遺産」として「旧集成館」〔旧集成館機械工場(現・尚古集成館本館)、旧鹿児島紡績所技師館(異人館)など〕が世界遺産に登録された。
※6 丸順不動産㈱代表取締役。本社:大阪府大阪市阿倍野区。
須部貴之 氏
1978年生まれ。明海大学(千葉県浦安市)不動産学部不動産学科卒。
ディズニーリゾート、ファーストリテイリング勤務を経て、2002年より三井不動産グループにて東京、福岡で11年勤務する。2013年6月に鹿児島へUターンし、人口減少問題、空き家問題、地域コミュニティ衰退の現状を目の当たりにし、現在は不動産業をしながら地域コミュニティ活性化活動に取り組んでいる。イベントを地域で開催し、これからの社会で必要なことを地域で学ぶ人財育成プログラムを構築している。
有限会社すべ産業
代表者:須部 純範
所在地:鹿児島県鹿児島市下荒田4丁目46番23号
電 話:099-253-2000
H P:http://www.sube.co.jp/room/
業務内容:鹿児島市で不動産の売買、賃借、仲介、管理、調査、コンサルティングを行う傍らで、イベントを通じて地域のコミュニティを形成。さらに地域の活性化のために「のきさき市」の開催やリノベーションスクールの誘致などを実施している。