住まい探しはハトマーク

株式会社フジ開発/熊本県合志市

地域を魅力的にする取り組み

<取材:2017年11月>

 

行政の「信用力」を借りて
社会問題を解決する

空き家対策は壮大な“種まき”

 

・地方の社会問題解決のために投資を呼び込みたい

・まちづくり会社を作り、空き家問題を解決する

・選ばれるまちになるために

・地域の価値を高めるために民間の力を最大限に活用する

 


 

地方の社会問題解決のために投資を呼び込みたい

─地域の空き家対策に取り組もうと思った経緯を教えてください。

 私は京都の大学で地域活性化と都市政策を専攻し、京都太秦地区を“映画のまち”として大学と地域が一体となって再生するプロジェクトの立案を手掛けました。卒業後は都市銀行で法人の融資担当として企業の財務分析や格付け業務に従事し、その後大手不動産会社に転職。出向先の投資顧問会社で、投資一任勘定による資産運用を担当したり、年金基金や機関投資家向けに不動産私募ファンド等を案内する業務に従事していました。しかし、リーマンショックが起こり、不動産そのものの価値の低下ではなくファイナンスがつかないことでデフォルトする現象を目の当たりにし、不動産ビジネスの魅力と怖さを学びました。同時に、投資家には単にリターンを得ればいいというだけでなく「社会的に意義の高いものに投資をしたい」と思っている人も多いことを知りました。それならば、そのお金を地方の社会問題の解決に使うことはできないかと考え、2009年に地元に戻り、父が創業した当社に入社し、翌年社長に就任しました。業務は売買仲介を基本にしながら、相続や土地の有効活用などの不動産コンサルティング業務を中心に据えています。

 地域の空き家問題に取り組むようになったのは、父が大阪府不動産コンサルティング協会の事業に参加し、私もセミナーの受講などを通じて、これからは空き家問題が地域の大きな課題になると気付いたからです。そこで得た知識をもとに、早速、周りの不動産会社や合志市の職員に働きかけましたが、いろいろな壁にぶち当たりました。まず、私たち不動産会社が一般の市民から信頼されていないという悲しい現実です。本来、家のことで困り事があればまず不動産会社に相談すると思いますが、実際にはそうではなく、「相談しても売れといわれるだけだから無駄だ」と思われていたのです。一方、同業者に声をかけても「その仕事はいつ手数料につながるのか」と言われてしまい、儲かる見通しが立たないと同業者も動かないという現実にもぶつかりました。

 行政にも働きかけました。2015年に“空家等対策の推進に関する特別措置法”が施行され、各地方自治体も空き家対策計画を作らなくてはなりませんでしたが、行政の最優先課題は防犯防災の観点で、まちの資産が毀損しているという感覚ではありませんでした。空き家が増えることはまちの価値が下がることになるということを市の職員に伝えても、「過疎の地域とは違い、合志市は人口が増えている」という反応でした。

 

 

まちづくり会社を作り、空き家問題を解決する

─まちづくり会社の役割や業務の内容について教えてください。

 市の職員と意見交換する中で、「当社が空き家の利活用を進めるためにプロジェクトを立ち上げるので、それを支援することはできないか」と相談しましたが、「その仕事は不動産会社の日常業務の延長なので、公平中立の観点からは支援できない」との回答でした。それならば、行政を巻き込み利害が直接発生しない人たちと半官半民の会社をつくり、その会社が市民の相談業務を担えば、公平中立性も担保でき、空き家の問題にも対処できるのではないかと考えました。そして市の職員と構想を練り、市議会の予算承認を経て、2015年4月に市が23%出資し、その他商工会、公共交通会社、ガス会社、銀行、大学など11の団体・企業の出資により「株式会社こうし未来研究所」(以下研究所)を設立しました。利害関係のある不動産関係の企業はあえて出資せず、私が非常勤の運営スタッフであるタウンマネージャーとして参加しています。

 研究所の主な仕事は、①重点土地利用区域のエリアマネジメント ②空き家対策事業 ③PRE(公的不動産)包括事業 で、政策上は行政が行いたいが、収益性を伴うために実施できなかった事業です。そのため研究所は市のシンクタンク兼事業推進のプレイヤーの位置付けになります。そして事業で得た収益を、「合志市のまちづくり」のために継続的に“まち”へ還元し再投資していきます。

 ①については、2017年3月に「合志市空家等対策計画」をまとめました。合志市はここ数年人口が増えていますが、昭和50年代の高度成長時代に利便性の良い場所に分譲された大規模団地の建物と、居住者の老齢化が同時に進む一方で、若い子育て世代がその周辺部に住むという現象が起きています。このままでは行政はいつまでもインフラ整備をし続けなくてはならないことから、老朽化した大規模団地の空き家に若い世代を呼び込み、新陳代謝を進めるというものです。さらに、空き家の予防対策の重要性も計画の中で明確化しました。2013年の総務省の住宅土地統計調査では、合志市のその他住宅の空き家は740件だったのに対し、市が実施した実態調査では260件でした。その差は“荷物や仏壇がある”“盆や正月などで使う”という理由で放置されている住宅で、空家特措法上の「空き家」とは定義されず市場にも出てこない「空き家予備軍」です。このような予備軍を空き家にしないように、今から徹底して予防対策にウエイトを置かなくてはなりません。

ファーストプレイス合志

 ②に関しては、「ファーストプレイス合志」という雇用促進住宅の利活用を進めています。この物件は雇用・能力開発機構が求職者用につくった団地で、市に払い下げの要請がありました。規模は5階建ての建物が2棟、総戸数80戸で、各住戸の広さは2DK・40㎡です。その際に機構から提示された条件が2つありました。1つは既存の入居者に限り既存の賃料設定を維持すること、もう1つは施設を10年間は維持することです。また、既存の入居者からも、市に取得してほしいという要望があったため検討したところ、この物件を市が行政財産として取得すると、公営住宅の適用を受け、エレベーターの設置など何千万円単位の改修費が必要になることがわかりました。そこで、市が普通財産として取得し、研究所に貸し付け、研究所がそれをサブリースすることにしました。研究所としては、リノベーションのモデルケースとして空き室を活用しエリア価値の向上につなげる試みをするとともに、事業収益も期待できます。市は賃料が入るうえ、職員の人件費も含めた管理コストが削減され、修繕費の負担もありません。地域にとっても、バリューアップした物件に魅力を感じ、新たな入居者が入ってくればコミュニティの活性化が期待できます。既に一部リフォームをして募集を開始していますが、2018年にはリノベーション協議会熊本支部と提携し、5室をリノベーションしてモデルルーム的に使い、入居者を募集します。最終的に建物を壊す可能性もあることから入居者によるDIYも可にしています。

「ファーストプレイス合志」事業スキーム図

 ③については、総務省が公共施設等総合管理計画に基づいて、各地方自治体に対して所有する公共施設の更新コストの試算を求めました。その結果、施設や設備の修繕のための財源が不足していることが判明し、そのためには公共の不動産や施設を2~3割程度削減しなくてはなりません。地域の最大の不動産オーナーは実は自治体です。PRE※1の観点からも行政は無駄な部門を合併したり、機能の統廃合が必要になります。現在、研究所では行政機能集約に伴う庁舎統合で利用されなくなる西合志庁舎(旧西合志町役場)の利活用検討を進めています。西合志庁舎は地域の象徴的な建物(トロフィービル)であり、200人以上の職員が働いていたオフィスビルから人がいなくなれば、エリアの価値を毀損してしまう可能性があります。そのため、公共は維持管理コストを削減し、民間事業者によるアイデアを導入してエリアの価値向上につなげる利活用方法を検討しています。いろいろな民間事業者と対話するマーケットサウンディングを通じて、地域の課題である「子育て支援」「文化・学習の交流」「雇用の創出」などを解決することができる、最適なテナントミックスを提案していきたいと考えています。その結果として、西合志庁舎の改装費用はテナントの賃料で捻出する「独立採算制」を想定しており、遊休化した公共施設利活用の好事例にしていきたいと思います。

 

─まちづくり会社として具体的に取り組み始めたことを教えてください。

 市は2017年の6月から空き家相談専用の市民ダイヤルを設けましたが、職員では専門的な対応ができないため、研究所が受託し、地域おこし協力隊※2で宅建士の有資格者を1名採用し、相談にのっています。また空き家バンク事業においても、多くの自治体は移住定住にウエイトを置いていますが、合志市の場合は人口を増やすことではなく、現在管理されていない空き家を1件でもなくし、将来的に管理されなくなるであろう空き家を1件でも多く市場に流通させることを目的にしていますので、不動産会社からの問い合わせや客付けを可としています。行政という信頼の窓口を使って、空き家やその予備軍を掘り起こし、宅建業者が商品化し案内や契約まで行う仕組みを構築しました。自分1人では作れなかった仕組みが行政との協力でようやく出来上がり、その主旨に宅建協会や宅建業者が賛同してくれています。

 また、空き家予備軍対策のためには所有者の意識を変えることが必要です。そこで研究所のタウンマネージャーとして相続問題を含めた所有者向け勉強会を開催し、啓蒙活動を始めました。各所有者が自分の利益や都合ではなく、地域をよくするために家のことを考えてくれるようになれば空き家問題は良い方向に向かうと思います。

リノベーション後の部屋

 さらに、今年で3回目になりますが、私が講師兼モデレーターになり合志市の職員研修も行っています。テーマは「遊休公共施設をどう利活用するか」です。市の職員に具体的な公共施設を指定して、エリアの価値を上げるためにその施設をどう再生し、どのようなテナントを誘致すればいいのかについて、収支計画を踏まえて考えてもらいます。税金が原資である公共不動産を保有する地域最大の不動産オーナーとして、行政職員には、施設や空き地をどう使えば地域の魅力が向上するかを議論する機会を通じ、“オーナーは地域を良くする役割がある”という意識を強くもってもらいたいですし、志を同じくする仲間づくりをして欲しいと思います。

 

 

選ばれるまちになるために

─これから期待される成果が楽しみです。

 父からは「本業はどうするんだ」とよく言われます(笑)。空き家対策のプロジェクトは結果が出始めればその延長線上で当社にも何らかの恩恵はあると思いますが、そこに至るまでは時間がかかり、なかなかお金になりにくい仕事です。

 しかし、私が行政や同業者を巻き込んで行っていることは壮大な“種まき”だと思っています。私たちのまちが20年後に住みたいまちとして選ばれなくなってしまえば、私の仕事はなくなります。父の代から40年以上続いている不動産会社として、このまちを捨てて他で商売するようなことはしたくありません。このまちの価値が維持され、さらに向上していくことが私たちのビジネスの発展につながります。このまちが良いまちになれば、結果的に私たちに還ってきます。「まちの活性化なくして、本業の発展なし」です。

 

─他の自治体や不動産業者からいろいろと相談が来ると思います。

 不動産業者から相談がきた時は“地域と行政を巻き込むように”と伝えています。本当に地域を良くしたいと思うなら行政の協力は不可欠です。行政からもらうのは補助金等ではなく「信用力」です。自分がやるべきだと思う事と行政の課題が一致しているのなら、行政をどんどん巻き込み、信用力を借りてマーケットを作ればいいのです。

 行政の中には必ず志の高い職員がいます。民間の感覚を持ち、地域をなんとか良い方向に変えていきたいと思っている方と地域の課題を共有し、政策に落とし込んでいけば、やりたいことが必ず現実化していきます。

 

※1 Public Real Estateの略で「公的不動産」をいう。地方自治体等が保有する各種の不動産の管理・活用を合理的なものにすべきという認識を背景につくられた用語。

※2 都市から地方に生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱。隊員は一定期間地域に居住して、地域おこしの支援や地域協力活動を行いながら、その地域への定住・定着を図る総務省による取組。

 

 

地域の価値を高めるために
民間の力を最大限に活用する

濵田善也 氏

熊本県合志市副市長 

株式会社こうし未来研究所代表取締役

熊本第二高校-熊本商科大学卒。1979(昭和54)年に合志町事務史員として入庁。2011年政策部長、16年政策監、17年合志市副市長に就任。

 

─合志市の現状と課題について教えてください。

 合志市は2006年に旧合志町と旧西合志町が合併してできた市で、広さは約53㎢、人口は約5万9,000人、世帯数が約2万2,000世帯です。しかし、市街化区域は1割ほどしかなく9割が市街化調整区域です。しかも、市街化区域には商業や工業地域がほとんどなく住宅用途地域がメインで、そこに市民の7割が住んでいます。市は熊本市の北側に面し、大きな山や川がないことから、熊本市の住宅建設地域が外延化する過程で、昭和46年(1971年)に決定した熊本都市計画を受けて、地区計画により市街化調整区域の宅地開発が行われました。

高齢化率と空き家の状況(行政区別)

 特に昭和50年代から急速に団地の開発が進み、市には800~1,000区画もある大型団地が7つもあります。その所有者の多くは団塊の世代で、ここにきて急に高齢化が進んでいることから、これらの団地を新しく生まれ変わらせることが市の大きな課題です。実際、2015年に「合志市空家実態調査」を行ったところ、空き家が260件あり、その内24件が特定空き家候補でした。

 幸い合志市は熊本市のベッドタウンとして、また多くの企業が進出する産業都市として人口・世帯ともにここ数年増えており、“住みよさランキング※1”でも常に上位に位置し、“快適度”と“安心度”の面でも全国トップクラスの評価を得ています。したがって、やり方によってはまだまだ魅力的な地域にもなり得ますし、古い団地の世代交代をうまく進められれば長く成長できるまちになると考えました。そこで、人口が増えて需要のある間に空き家対策の仕組みをしっかりと作ることにしました。

 

─具体的な空き家対策の取り組みについて教えてください。

 空き家が増えると地域の価値が下がります。一旦価値が落ちれば人口減少がそこに輪をかけ、さらに価値が落ちるというスパイラルに陥ります。市のスローガンである“稼げる町、健康都市合志”を実現するためには、生産年齢人口を確保するためのエリア価値の向上が必要になります。実際に自治会で話を聞いても、「隣近所で維持管理ができていない空き家が少しずつ増えている」と市民は高い関心を持っていますので、行政課題としてもきちんと対応する必要があります。

 ただ、空き家問題の解消を目標に掲げても、実際に新しい住まい手と契約までできないと対策としては不十分です。そこで、行政がやりたいけれど制度上できない事業を推進するために、まちづくり会社、「株式会社こうし未来研究所」を2015年4月に立ち上げました。出資者は市のほか、地域づくりに関連する地元企業11社です。

空き家対策の推進体制

 まちづくり会社ではまず、まちづくりを進める上での重点区域土地利用計画を策定しています。熊本都市計画をたてた昭和46年とは社会環境が大きく変化しましたので、まちづくり会社にシンクタンクの役割をもたせ、新たな計画を立案します。2つ目が、公共施設の総合管理計画に基づく公有施設の管理受託事業です。具体的には、市が払い下げを受けた「ファーストプレイス合志」という雇用促進住宅のサブリース事業や、図書館の指定管理の受託です。3つ目が2017年に策定した「空家等対策計画」に基づく空き家の相談業務です。2015年の実態調査でわかったことは、“空家法の定義では空家等にはならないが、事実上は居住実態がない建物”、つまり「空き家予備軍」が多く存在していることです。さらに、空き家の位置と高齢化率を重ね合わせると、高齢化率が高い地域は空き家の予備軍が多いことが推測されました。そこで、「空き家等対策計画」では、その方針として、①発生の抑制 ②管理不全の解消 ③有効活用 ④推進体制の構築 を掲げ、調査結果をもとに「空家利活用重点対象エリア」と「空家予防重点対象エリア」を定めて、対策推進のための仕組みを整備しています。

 

─地域の活性化という目的のために民間の力を利用されています。

 市では2017年の6月から空き家の相談窓口を設けましたが、月に10件程度の相談が入ります。市の職員では不動産の専門的な内容について答えられませんし、その結果、売りたい・貸したいとなった場合でも契約まで関わることができませんので、まちづくり会社が相談業務を受託しています。まちづくり会社が“課題解決や収益事業”といった行政として持てなかった部分と、“信用力”という民間企業では持てなかった部分を補完する役割を果たし、所有者と民間企業をつなぐことで、不動産会社を介して空き家を流通市場にのせることができますし、行政は特定空き家の対策に専念できます。

 民間の力を借りて空き家を利活用し、そこに若い世代が流入すれば地域が魅力的になります。そうなれば地域の財産価値が上がるので、人が住みたいまちになり、持続可能なまちになります。そのような正のスパイラルを作るために、まちづくり会社にそのハブの役割を期待しています。

 

※1 東洋経済新報社発表。住みよさランキング「九州・沖縄」で、合志市は2014年〜2016年3年連続でトップ。2017年は福岡県福津市に続き2位。“快適度”は全国で13位、“安心度”は同12位。

 

 


 

上田耕太郎 氏

1982年熊本県生まれ、合志市出身。2005年立命館大学産業社会学部卒業。株式会社UFJ銀行(現 株式会社三菱UFJ銀行)、野村不動産株式会社勤務を経て、2010年に熊本へ戻り、家業である株式会社フジ開発に入社。合志市を含めた11団体で設立したまちづくり会社である株式会社こうし未来研究所のタウンマネージャーを兼務し、地元自治体と共に空き家利活用や公共施設利活用を進めている。

 

 

 

 

株式会社フジ開発

代表者:上田 耕太郎
所在地:熊本県合志市須屋1984-2
電 話:096-345-1800
H P:http://www.fuji-kaihatsu.com/
業務内容:熊本県合志エリアおよび熊本市北部エリアにて、不動産売買・仲介をはじめ、相続や土地有効活用についてのコンサルティグなどを行う。