株式会社磯野商会/東京都中央区

地域を魅力的にする取り組み

<取材:2017年12月>

 

米軍ハウスを再生し、
「ずっと住みたい未来のまち」を創る

入居者と価値観を合わせ、景観を維持しコミュニティを育てる

 

・米軍ハウスを生かしたまちづくり

・コミュニティを大事にするまちづくり

・「ずっと住みたい未来のまち」を目指して

 


 

米軍ハウスを生かしたまちづくり

─米軍ハウスを再生した『ジョンソンタウン』(埼玉県入間市)が話題になっています。

タウン内には約15店の飲食店があり、ジャンルも多種多様

社長 ジョンソンタウンは、最近はメディアにも取り上げられ、多くの方に知られるようになり店舗も増えてきましたが、ここは観光地ではなくあくまでも住宅地です。その考えで運営してきましたし、今後もそのつもりでやっていく予定です。タウンの特長としては、古い米軍ハウスを中心にしてまちをつくってきたことと、全ての物件が賃貸で、定期借家契約ということです。賃貸を貫いてきたのは、この土地と建物は戦前父が手に入れたもので、それを私の代で売り飛ばすことはできませんでしたし、しっかり管理して次の世代につなげていきたいという気持ちがあったからです。また、当社は大家ですので、まちづくりに関して私たちの考え方を反映することができるという良さがあります。ただあまりにも制約が強いと住みにくくなりますし、入居者の自由に任せすぎるとまちの良さが崩れてしまいます。両者のかじ取りが難しいのですが、当社では2つのことを重視してタウンマネジメントをしています。

 1つ目は「いいコミュニティをつくりたい」ということです。分譲住宅のように隣の家の間に塀を立て、隣人が誰だか分からないという関係はよくありません。そのため、隣との境に塀はつくらず、住人同士が仲良く過ごせることを大事にしました。

 2つ目は「まちなみの美観を大切にする」ということです。米軍ハウスを中心にしたまち全体の景観を私たちがしっかりと管理し、イメージを維持していくことが大切だと考えました。そこで、建物の外観については当社のルールを厳格に守ってもらい、植栽も背の高い樹木については当社が全て管理をします。

 そのために管理事務所をタウン内に置いていることも特長です。経営効率としては悪いとの指摘もありますが、心のかよったテナント様対応ができますし、タウンの品質向上には不可欠であるとの思いから敢えて置いており、営繕や工事担当など4人(非常勤含め6人)を常駐で配置しています。そういった付加価値のお陰もあり、家賃を周辺相場より高めに設定してもご入居いただけているものと考えています。

 

─ジョンソンタウンが生まれた歴史的経緯について教えてください。

常務 ジョンソンタウンの歴史は、1936年に先代社長が、農場経営を目的に広大な土地を取得したことから始まります。その2年後、近隣に日本陸軍の航空士官学校が開校し、国からの要請を受け将校用の住宅として50戸の日本家屋を建設し、賃貸業をスタートさせました。

 第二次世界大戦後に航空士官学校は米軍に接収されジョンソン基地となり、その後朝鮮戦争による基地増強に伴い米軍属の住宅が不足したため、今度は米軍家族向けの住宅整備の要請がありました。そこで敷地内に24棟の米軍ハウスを建設し、賃貸したことが現在のジョンソンタウンの原型になっています。

 1978年にジョンソン基地が日本に返還され、居住していた米軍家族は国に帰りました。周辺にあった600~700棟の米軍ハウスはほとんどが取り壊されましたが、当社は日本人向けの賃貸住宅としてそのまま残しました。しかし1939年の地代家賃統制令によって家賃が低く抑えられたため改修費もままならず、建物の老朽化や入居者の高齢化が進み、徐々にスラム化していきました。

構造上の強化をし、再建した米軍ハウス

 1996年に現社長が家業を継ぎ、老朽化した住宅の現状を見て、2000年頃から本格的に復興の検討をします。その過程で建築家の渡辺治※1氏と出会い、一緒にまちづくりの検討を進めた結果、2003年に「米軍ハウスを残したまちづくりをする」という決断をしました。米軍ハウスは建物をスケルトン状態まで戻し、基礎や土台まで改修するという大規模なリノベーションを行う一方で、昭和に建てた日本家屋は取り壊し、米軍ハウスのDNAを引き継ぐ新たな“平成ハウス”として35棟を建て替えました。

 当初この住宅地は“磯野住宅”という名称でしたが、おしゃれなまちなみを目指す中で、入居者からも“改名しましょう”という機運が高まり、2009年に「ジョンソンタウン」と命名しました。

 その後マスコミに取り上げてもらう機会も増え、賃貸事業も順調に稼働し、2015年に都市景観大賞「都市空間部門」大賞、2017年に「日本建築学会賞(業績)」、「キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞(優秀賞)」をいただきました。

 現在ジョンソンタウンは、敷地面積2.5万㎡、約7,500坪の中に、米軍ハウス23棟、平成ハウス35棟、日本家屋4棟、セキスイM1が7棟、そのほか10棟と合計79棟の建物が建ち、130世帯、210人が住んでいます。最寄りの西武池袋線入間市駅から徒歩18分と、賃貸物件の立地としては有利とはいえませんが、古き良きアメリカンスタイルが好きな人たちを中心に口コミで広がり、大半は東京からですが、カメラマンやライターなどのクリエイターや自営業の方が入居しています。

 

 

コミュニティを大事にするまちづくり

─タウンの運営面ではどのような取り組みをされていますか?

常務 2003年から現在まで取り組んできたハードの整備と同時に、「ずっと住みたい未来のまち」ということをまちづくりのコンセプトにし、ソフト面での充実を図っています。そこで、①子育てしたくなるまち ②何かやりたくなるまち ③仲良くなれそうなまち ④どんな人も住めるまち ⑤のんびり静かに住むまち ⑥大きな犬と住めるまち ⑦文化活動あふれるまち という7項目をタウンの目指す方向として掲げ、その実現に向けて取り組んでいます。

 “仲良くなれそうなまち”では、やはり塀を設けていないということが大きな要素になります。塀が無いとお互いの様子がわかりますし、心の垣根も取り払われます。その結果、自然発生的にご近所付き合いが生まれ、タウン内で一緒に食事をしたり、バーベキューをしたりしています。また、“大きな犬と住めるまち”と掲げているように、ペットは原則自由にしています。最近はペット可の賃貸物件が増えたといっても大型犬などを飼えるところはまだ少なく、それが理由でタウンに入居希望される方もいます。タウン内ではペットのコミュニティも生まれており、苦情やトラブルは今のところありません。

 

社長 私たちは、入居申し込みの引き合いがあった時から、本人や家族とできるだけ多く会うことにしています。いろいろなお話をするとその方の価値観がわかります。やはり、コミュニティ作りのためには、大家と入居者そして入居者同士の価値観が合っていることが大切です。また、ジョンソンタウンは基本的に定期借家契約にしていますが、この方式を導入することで、価値観が合わないと思われる人とは再契約せずに済みますので入居者の価値観のレベルを合わせやすくなりました。

 賃貸は分譲と違い、住人にも終の棲み処という感覚が薄く、腰掛程度の場所に過ぎないと思っている方が多いと思います。それではいいコミュニティは築けません。やはり賃貸でも「わがまち」という意識を持ってもらうことが重要です。

 そのためにタウンでは、塀をつくらないことに加えて“リビングポーチ”をつくることにこだわりました。建物の外に屋根付きのデッキやテラスを設け、外でお茶を飲めば、道を行き交う人とコミュニケーションが生まれ、お互いの顔が見える関係ができます。

 

─タウン内でイベントも開いているのですか?

常務 定期的に開催しているのは、月1回、第1日曜日のフリーマーケット“ワンデーマーケット”です。また昨年は、住民とテナントが一堂に会したクリスマスパーティを初めて開催しました。タウン内の住人同士はコミュニケーションがとれているとはいえ、年に1回程度、皆が集まる機会を設けるのもいいのではないかと思いました。

 

─その他、特徴的な試みを教えてください。

2017年から広報誌「ジョンソンタウンスタイル」を発行

常務 家の外回りは規制がありますが、家の中はかなり自由にDIYができます。もともと米軍ハウスにはDIYの文化がありましたので、当社としても「センスある入居者がDIYしたほうが、当社でリフォームするよりも価値が出るだろう」と考えました。基礎的な構造部分の改修・修理は当社が行い、柱などの構造体をいじらない限り、内装はDIYで自分好みに仕上げていいことにしています。また、事前に相談してもらいDIYのイメージがお互いに合えば、原状回復はしなくてもいいことにしました。建て替えで廃材となった昔の建屋の外壁材や梁材などを保管していますので、希望があればそれらを提供し活用してもらっています。

 また、タウンの情報発信や入居者の募集はホームページやフェイスブックで行っています。新たに始めた試みとしては、コミュニティ冊子「ジョンソンタウンスタイル」の発行です。渡辺氏やカメラマンに参加してもらい“ジョンソンタウンクラブ”を社内で立ち上げ企画を練っています。昨年発刊し、年4回を3年間、計12巻発行するつもりです。

 

 

「ずっと住みたい未来のまち」を目指して

─最近は店舗も増え、観光地として訪れる人も増えています。

常務 タウンが有名になるにつれて店舗や来訪者が増えましたが、課題もできました。まず店舗の看板です。テナントが看板や商品を外に並べる場合は申請制にして、当社が承認した物だけ可としていますが、感性が豊かなテナントが多い中でどれだけコントロールをすべきなのかという迷いもあります。ある程度自由な発想を大切にしながら、統一感を保てる方法を模索しているところです。

 また外部からの訪問者が多くなり、入居者から不安視する声が増えてきました。ジョンソンタウンは観光地ではなく住宅地だと考えていますので、タウン内のセキュリティ確保も課題です。

 

─これからジョンソンタウンが目指す方向を教えてください。

常務 「ずっと住みたい未来のまち」を目指していますが、賃貸物件なので入居者の入れ替わりは避けられません。できるだけ長く住んでもらうためにはどうすればいいかということを常に考えています。立地は変えられませんので、多少不便でもこのまちがいいと思ってもらうために、付加価値をどうつけていくべきかについて日々検討を重ねています。

 

社長 やはりまちの魅力は、コミュニティの形成や、まちなみの美観の維持によってつくられます。そのためには、入居者にもまちづくりの方針に共感し管理に協力していただかなくてはなりません。これからも入居者に「わがまち」という意識をもってもらえるようタウンの魅力を高めていきたいと思います。

 

※1 建築家 株式会社渡辺治建築都市設計事務所所長。

 


 

磯野達雄 氏(右)

1938年東京都生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーに就職。1996年に家業である株式会社磯野商会を引き継ぎ代表取締役に就任。事業の1つであった磯野住宅の再生に取り組み、現在のジョンソンタウンを創る。

磯野章雄 氏(左)

1976年東京都生まれ。大学卒業後、家業である株式会社磯野商会に就職。当時スラム化していた磯野住宅を社長の達雄氏とともに立て直しを担当。現在、同社常務取締役。ジョンソンタウンの責任者としてより良いまちづ
くりに取り組んでいる。

 

 

株式会社磯野商会

代表者:磯野 達雄
所在地:東京都中央区日本橋室町1-12-14
電話番号:03-3241-0561
H P:http://johnson-town.com/
事業内容:アパート、マンション、ビルの賃貸・管理。埼玉県入間市の一区画をアメリカの郊外を想わせる街並みに整備し、ジョンソンタウンとして維持。同タウンは2017年「日本建築学会賞」「キッズデザイン賞(優秀賞)」を受賞。