阪井土地開発株式会社/岡山県岡山市
地域の安全性を確保する取り組み
<取材:2017年12月>
本人の希望を尊重し、
自分らしい生き方を支援する
社会問題の解決と利益の創出を両立させる
20年間に及ぶ精神障がい者への住まい探し
精神障がい者をはじめ、社会的支援が必要な人たちが地域で暮らしていけるよう、住まい探しの仕事を始めて約20年が経ちます。これまで、延べ1,000人以上の入居支援を行い、今でも約450人以上の方が私たちとともに地域に暮らしています。私が最初に出会った心の病の方は、もともと入居者の1人だった上場企業の支店長でした。その方が精神科の病院に入院されたことで、後日病院から入院患者の退院後の住居斡旋を頼まれました。それを機に精神障がい者を中心に住まい探しを始めましたが、その実態を目の当りにすると驚くことばかりでした。当時はまだ今より偏見も強く、社会的弱者のために部屋を貸してくれる家主は多くありませんでした。そのため彼らは、一度退去すると住所がなくなってしまうという恐れから、部屋とは名ばかりの、とても人が住めないような劣悪な環境での生活を我慢していたのです。
そこで、医師や弁護士、福祉や行政などとネットワークを組み、日常的に入居者をサポートする体制を整えるとともに、「NPO法人おかやま入居支援センター」を立ち上げ保証人制度を作りました。また、住宅を恒常的に確保するために、一般の居住者と混在型の「サクラソウ」(総戸数54戸)や長期入院者のための「ときわそう」(総戸数16戸)といった物件を自ら購入しました。さらに、県内の不動産会社にも取り組んでもらいたいということから、岡山県宅建協会の中に居住支援委員会を立ち上げ、「住宅確保要配慮者入居円滑化マニュアル」の作成に協力しました。
自ら物件を購入し、シェアハウスとして利用する
─社会的弱者のための物件を精力的に増やしておられます。
ここ数年間で、岡山市内で「ふたば」と「てぃーだ」、岡山県北部の津山市で「あおば」という物件を取得し、住宅確保要配慮者用のシェアハウスとして利用しています。
津山市の物件は、高等専門学校や大学の学生向けのアパートで、家主が1億円以上のお金をかけ、長期ローンを組んで建てた物件です。大学の市内回帰などで空室が埋まらなくなり、任意売却の相談がありました。最近は新築の賃貸物件が増えていますが、その一方で既存物件中心に採算割れの物件も増え、市場に出回るようになり、当社も取得することが可能になりました。
(1)「あおば」について
1988年築の学生向けのアパートで、全17室と10室の2棟の建物があり、学生の利用が激減したため所有者は自宅とアパートを売却せざるを得なくなりました。それを取得して、男性用、女性用のシェアハウスにしたのです。各部屋にはバス・トイレがついており、男性棟には男女共用の食堂を設けました。所有者は既に年金生活者でしたので、その後の生活が成り立つよう物件の維持管理をお願いし、家賃と相殺することにしました。賃料は津山市の住宅扶助額の月3万円で設定し、2年強で投資回収できる見込みでしたが、30年間ほとんどメンテナンスがされていなかったため、改修費に2,000万円程度かけました。
この物件には、緊急避難用の一時利用(シェルター)など、多種多様に使える部屋を設けました。そのようにした理由は、県北には緊急避難者を受け入れられる場所が非常に少なかったことと、緊急避難者のための物件であっても人が暮らす場所として、窓や最低限の広さがあり相部屋ではなく1人1部屋を確保したかったからです。やはり人には自分だけの時間が必要で、自分らしく生きる権利があり、それを尊重しなくてはなりません。一方、既存の更生施設は自立に必要な指導や支援等を行う場所なので、施設の支援者と入居者との関係が対等ではない面が多いような気がします。さらに、岡山県といっても岡山市内と他市では風習や生活習慣も違います。やはり住み慣れた地域の近くで生活できることも大切な事だと思います。
シェルターは、異性から虐待を受けたなどの事情がある方に利用されます。最近は男性の利用も多くなりました。また、女性の場合でも配偶者暴力相談支援センターなどでは、12歳以上の男の子は子どもであっても母親とは別に児童養護施設に入らなくてはなりません。この件で私には苦い経験があります。あるとき、家庭内暴力から男の子と女の子を連れて逃げてきた女性に、一時的に当社の管理物件に入居してもらいました。しかし、その後センターに移る際、男の子は母親とは別に児童養護施設に入れられてしまい、結局、悪さをして少年院に入ってしまったのです。後日、本人に話を聞いたところ、「お母さんに捨てられたと思ったから」ということでした。このように、法令に基づく制度では年齢や性別などによる制約があることも少なくありません。そのために、子どもと一緒に入れる民間のシェルターをつくりました。また、前科22犯のおじいさんとの出会いもありました。彼は知的障がいもあり、お金の稼ぎ方がわからず、万引きや無銭飲食をして刑務所で暮らすという事を繰り返していました。しかしある時、国選弁護人が本人の自立を考えた方がいいと、執行猶予の判決を出したのです。それは本人にとって非常に誤算で、どこにも行き場がないという状況になってしまったため、国選弁護人に今日からの生活をどうしたものかと相談されました。仕事を得るにも福祉の支援を受けるにも、自立した生活を送るためには住まいが必要です。このこともシェルターをつくったきっかけになりました。
(2)「てぃーだ」について
元学生用寄宿舎で、東京の大学教授が東日本大震災の避難者の受け入れ先として所有していた木造の建物を購入しました。500万円の改修費をかけてシャワー室の増設や防水工事を行い、バス・トイレ・食堂・リビングが共同のシェアハウスにしました。部屋数は20室で、長期入院者の退院訓練用の部屋4室を除き、16室が一律月1万円の賃料です。ここには生活保護を受けている人は入居できず、自分の力で生きたいという思いのある人たちのための家です。住んでいる方の多くは50~80歳代のおじさんばかりですが、年金だけで生活している人や、年金を受給しながら仕事をしている人たちです。彼らに「なんで生活保護を受けないの?」と聞くと、「わしは死ぬまで武士でいたい」「お上の世話には絶対なりたくない」という回答で、皆さんは自信と自分の哲学、それに寛容な気持ちを持っています。昔はその哲学を無視して無理やりアパートに入れてしまったこともありましたが、本人には「自分の生き方を否定された感じになった」と言われ、やはり社会的弱者の支援においても、本人の意思を尊重してあげることが大事だと気付きました。
家賃を1万円にしたのは、以前にもこのような物件を運用した経験があるからです。ホームレスのおじさんに1カ月の収入を聞くと、空き缶の収集で5万円くらいとのこと。そこから1日1,000円で生活したとすると生活費が3万円。「残りの2万円で畳の上で住めるのなら、そりゃありがたい」と言われたので1万円で入れる部屋を探しました。その後、そこに入居した人たちは住所ができたので履歴書を書くことができ、そこからいろいろなところへ就職できるようになりました。まさにその家が社会にでるための入口になったと感じました。
─シェアハウスにしているのはなぜですか?
シェアハウスを手がけるきっかけになったのは、スーパーや病院に車でしか行けない不便なところにある8LDKの戸建住宅に、1人で住んでいる認知症のおじいさんからの相談でした。遠方に住む息子が心配し、老人ホームへの入所を勧めていたらしいのですが、やはり本人は自宅に住み続けたいし、骨董品などの荷物もあるということで悩んでいました。そこで、大事な荷物は1部屋にまとめて鍵をかけ、残りの部屋を学生に一緒に住んでもらえばいいのではないかと提案しました。当時、親からの仕送りでは家賃や生活費が足りず、苦労している大学生が多いという話を聞いていましたので、おじいさんの見守りを条件に家賃1万円程度にすれば、入居希望の学生はいるだろうと目論みました。早速私が信用できる学生を3人選んで声を掛けたところ快諾してくれたので、おじいさんとの共同生活がスタートしました。すると「わしがちゃんと見てやらんとこの子ら生活が大変なんじゃ」とおじいさんに生きがいが生まれたのです。その結果、認知症がよくなり、やめていた畑仕事も再開するほど元気になり、家族もすごく喜んでくれました。人間は役割や生きがいができるとこんなにも元気になるのだ、とシェアハウスによる相乗効果を実感しました。
また、あるシェアハウスには少年院から出てきた20歳の男性が住んでいますが、彼は小さい時に両親を亡くし、中学在学中から土木仕事を手伝わされてほとんど学校に通っていませんでした。そのため字が読めず、年長者に教えられた悪さでお金を得ることを覚え、社会常識を身に付ける機会がないまま成長してしまいました。退所後は当社のシェアハウスに入り、同居している高齢者たちから「そんなことしちゃだめだよ」とよく叱られ、そのたびに騒いでいましたが、最近は少しずつ周りの人から社会常識を教わりながら何とか生活しています。シェアハウスには、そんな副次的効果も生まれると感じています。
─一方で、シェアハウスは入居者管理が大変だと思います。
当社ではシェアハウスには特に管理人を置かず、代わりに入居者の中でリーダーをお願いしています。入居者は高齢者や精神疾患のある人、刑余者などさまざまですが、皆さん普通に生活しています。例えば統合失調症の人でも、調子が悪いのは生活時間の中の5%だけで、95%は普通の人と同じです。むしろ気持ちが繊細だから病気になっただけで、私たちより優れている部分がたくさんあります。そのようなことを踏まえて入居者の中から目配りできる人を見つけリーダーをお願いすると、まんざらでもないような顔をしてすんなり引き受けてくれます。皆さん誰かの世話を焼きたいし、何かの役割を果たしたいのだと思います。社会や人の役に立ち、「ありがとう」の言葉がうれしいのだと思っています。
そうして毎日顔を合わせながら生活していると、家賃を滞納することもほとんどありません。そのようなことがわかりましたので、シェアハウスでは保証人は不要にしています。
空き家と住宅確保要配慮者をマッチングする
─「NPO法人おかやまUFE」の活動内容について教えてください。
日本では精神科病院にまだ多くの長期入院患者がいます。退院が可能な状態であっても地域に帰ることができなかったり、家族が受け入れないため退院できないなど、いわゆる社会的入院の方が少なくありません。少しでもこのような状況を無くし、精神科病院の長期入院患者を地域で受け入れ、地域で共に暮らすことを実施するために、イタリア・トレントの先進的な取組を勉強しようと、現在のおかやまUFEのメンバーが集まりました。そして、疾患や障がいがある人々をはじめ、すべての人が安心してその人らしい生活を送ることができる地域づくりを目指して、2015年に「NPO法人おかやまUFE※1」を立ち上げました。具体的にはシェルター事業のほか、空き家等の所有者と住まいの確保に困っている方の相談窓口である「住まいと暮らしのサポートセンターおかやま(すまサポおかやま)」と、「よるカフェうてんて」の運営を行っています。
岡山県では空き家の戸数が14万戸になり、住宅総数に占める割合は約16%で全国9位と高い水準にあります。一方で高齢や障がいなどを理由に入居を断られ、住宅の確保が難しい人が多くいます。そこで空き家と住宅確保要配慮者をマッチングするための総合相談窓口をつくろうと、「すまサポおかやま」を2017年に立ち上げました。住まいに関する様々な相談や困り事に対し、宅建士をはじめ、弁護士、社会福祉士、行政書士、社会保険労務士の資格をもつ相談員が対応し、相談の内容に応じて、社会保障や居住福祉が専門の大学教授などの専門家を紹介したり、成年後見、権利擁護、福祉や建設、リフォーム、金融機関など外部の専門機関とも連携しながらワンストップで相談にのれるようにしています。
相談内容は、住まいの確保に困っている方からの相談が2/3程度で、空き家の取扱いに困っている所有者や「社会的弱者を支える大家になりたいから物件を探してほしい」という購入希望者など、売買や管理に関する相談が2割弱です。このほか、家庭での虐待やホームレスなど、一時的に避難して生活できる場所を求めてシェルター利用の相談なども1割程度ありました。
─他にはどのような取組を行っていますか。
おかやまUFEのもう1つの取組が、「よるカフェうてんて」です。精神に疾患のある人は、寂しくなる土日の夕方から夜間にかけて体調を崩す傾向があります。この時間帯は病院や事業所等が開いていないことが多く、不安になることも多いのです。そこで、精神疾患のある当事者や家族が困り事を持ち込めるように“居場所”をつくることにしました。“夜”と“寄る”をかけて「よるカフェうてんて」と名付けています。やはり心に病を持つ人にとって“居場所”はとても大事で、ちょっと一休みして話ができると孤立が防げます。昔はその役割を地元の八百屋さんや公民館が果たしていましたが、今はなくなってしまいました。人それぞれ好き嫌いがありますので“居場所”は1カ所ではなく、これからたくさんつくることが必要です。
さらに、「株式会社かいしゃ」を2015年に立ち上げました。住宅が確保され生活が安定すると、次は働こうと考えます。しかし履歴書に空白の期間があり、精神科に入院したとわかると一般の会社への就職が困難になり、ハローワークに行っても同じことを聞かれ、作業所を紹介されるだけです。しかし、病気の方の多くは普通に暮らしており、なかには能力の高い人もいます。そこで、当社の管理物件の周辺の草刈りや清掃といった日常管理や「よるカフェうてんて」の管理・運営など、当社や関係法人に関する仕事を「かいしゃ」の仕事として精神障がい者に担ってもらっています。
─資料館を設立されました。その目的を教えてください。
「カイロス」という建物に精神医療の歴史を知るための資料館をつくりました。精神の病気のことを皆さんにもっと知ってもらわないと理解が進まず、恥ずかしいとか隠そうということにつながります。建物内には昔の薬や海外の施設の写真の他、座敷牢も原寸大で作りました。やはり、歴史の中で精神障がい者がどのような生活をし、社会から排除されてきたのかについて知ることを通じて、虐げられてきた人たちの社会の現実について私たちはちゃんと向き合う必要があると思います。精神の病気もその他の病気も同じ病気なのに、精神の病気になった人は「当事者」、その他の病気の人は「患者」です。何かおかしいと思いませんか?
CSV※2 の考え方で事業と社会の課題を解決する
─他の不動産業者が取り組むにはどのようなことが必要ですか。
当社では、「あおば」や「てぃーだ」、そして最近購入した「トリエステ」という物件がありますが、いずれも経営的に利益を確保しています。社会的弱者に対して住宅を提供することは決してボランティアではなく、適切な改修を行い適切な家賃水準で賃貸することで不動産のビジネスとして立派に成り立つ仕事です。今では岡山県内からも私の後に続いてくれる若い不動産会社が何社もでてきました。
しかし、一方で残念なことに、社会的弱者に住宅を提供する者の中には、立地が悪かったり、居室が狭隘で設備が十分でないといった質の低い物件を、生活保護の住宅扶助水準の上限額に家賃を設定して貸したり、転居の際に支給される扶助額の満額を入居者に返済されない礼金として徴収するなど、本人の暮らしの自立を無視した、搾取ともいえるようなケースもあると聞きます。
私たちが改めて認識しなくてはならないことは、住宅は命の次に大切なものだということです。社会的弱者の方も自分が住みたいところを自由に選ぶことができるよう、私たち不動産会社は、本人の生き方をできるだけ尊重し、どこに住みたいか、どんな家がいいのかを聞き、本人の気持ちに寄り添いながら、一緒に住まい選びを考えていくことが大切です。
※1 UTENTI FAMILIARI ESPERTI、イタリアでは精神科病院の病床をなくして入院患者をゼロに近づけようという理念のもとに、患者やその家族が専門家(UFE)として、地域・精神・保健・医療・福祉の各分野で重要な役割を果たしている。
※2 Creating Shared Valueの略。社会問題の解決と利益の創出を両立させること。ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・E・ポーター(Michael E. Porter)教授が提唱。
阪井ひとみ 氏
<現職>(一社)岡山県宅地建物取引業協会 本部理事、(一社)岡山県宅地建物取引業協会西支部理事、岡山県精神障害者家族連合会(通称:NPO岡山けんかれん)常任理事、NPO法人おかやま入居支援センター 理事、NPO法人おかやまUFE 副理事長。
<受賞歴>平成26年 NPO精神障害者支援機構 支援部門「リリー賞」、平成27年 シチズンホールディングス「シチズン・オブ・ザ・イヤー」、平成27年(公社)全国宅地建物取引業協会連合会 会長表彰、岡山県保護観察所長 所長表彰。
阪井土地開発株式会社
代表者:阪井 ひとみ
所在地:岡山県岡山市北区下中野325-105
電 話:086-241-5757
H P:http://www.sakaitotikaihatu.jp/
業務内容: 不動産の賃貸・仲介・管理、不動産のコンルティング。また、精神障がい者をはじめとする住宅確保要配慮者の入居支援を行い、常時約450人の社会的弱者を受け入れている。