住まい探しはハトマーク

太田垣章子 氏/司法書士

地域の安全性を確保する取り組み

<取材:2018年4月>

 

人と向き合い、人に寄り添い
賃貸トラブルを解決する

コミュニケーションと泥臭い仕事にビジネスチャンスがある

 

・家賃滞納者の現状について

・家賃滞納者への対処で必要なのは寄り添う気持ち

・高齢者の入居を支援する『R65+』を設立

・高齢者の入居を促進するためには法制度の見直しが必要

・泥臭い仕事が管理会社の付加価値を上げる

 


 

家賃滞納者の現状について

 私は2001年に司法書士試験に合格し、不動産の領域で仕事をしていましたが、翌年の司法書士法改正で簡易裁判所での訴訟代理権が認められたことなどが契機となり、滞納家賃の回収や建物の明け渡しなど賃貸トラブルに関する業務に深く関わるようになりました。この分野は他の司法書士がほとんど取り扱わないために、ここ15年で問題を解決した家主の数は2,000人を超えました。

 賃貸を取り巻く状況は、ここ10年で大きく変わりました。家賃の滞納が増加している背景について、これまで対処してきた経験から以下のポイントがあげられます。

(1)賃貸物件と家賃保証会社の増加

 低金利や相続税の増税などの影響で、ここ数年、新築物件を中心に賃貸の物件数が大幅に増加しました。特に投資用のアパートやワンルームマンションは、家賃保証会社を入れることが当たり前になり、経済的基盤がない人も容易に部屋が借りられるようになったのです。昔は、自立できるまでは親元から通い、やがて徐々に経済的基盤ができ、親などに連帯保証人になってもらいながら初めて部屋を借りることができました。大家や不動産業者側もいざという時は連帯保証人しかいないので、しっかりと入居審査をしていました。

 それが、家賃保証会社ができたことにより、特に投資用物件のオーナーなどは、いざとなれば家賃保証会社が支払ってくれるからと、審査も他力本願になってしまいました。

 

(2)家賃保証会社の制度が未整備

 家賃保証会社は、2017年から任意の登録制度ができましたが、基本的に資本金等の規制がありません。やはり、物件競争が激しくなれば審査も甘くなり、事故も増えます。また、信用情報や事故の情報が会社間で共有されないために、同じ人に複数の会社が被害を被るケースが出ています。

 

(3)家族関係が希薄になった

 社会状況の変化とともに、家族関係がとても希薄になっています。本来であれば、親は経済的に子をサポートし、親が高齢になれば逆に子が面倒をみます。しかし、高齢の入居者に滞納が起きて緊急連絡先の子どもに電話しても、“何年も前に縁を切ったから知らない”と言われたり、若い子が滞納した場合に親に連絡しても、“何年も前に家出をしたのでもういいです”などと言われてしまうことがあります。お互い責任を負うのが嫌なのか、家族関係が希薄になり、社会全体のモラルが著しく低下していることを感じます。

 

(4)審査逃れのテクニックの多様化

 事故案件を受託すると、私たちは戸籍や住民票を追っていきますが、今は戸籍の名前を簡単に変えられるようになったので、本人の特定が難しくなることが多々あります。さらに、極端な話ですが偽造の技術も向上し、印鑑証明書や住民票が本物と偽物の区別がつかないほどの精巧なものもありました。

著書『賃貸トラブルを防ぐ・解決する安 心ガイド』(日本実業出版社)

 また最近多いのは、審査の通らない人が、いわゆる替え玉を使って契約するケースです。賃貸の客付け会社と管理会社が違う場合などは、契約者と違う人が入居していてもわからない場合がでてきます。昔は自主管理が多く、大家は直接入居者に部屋を案内していましたし、賃貸借契約書も直接交わしていました。しかし、最近は管理会社に丸投げなので、大家は借主の顔を知りません。契約者と入居者が違えば家賃保証会社は免責されることがあるので、大家は家賃保証会社を入れると安心だと思っていても、実際は全く保証されないということが起こります。これも大家が仲介会社や家賃保証会社に丸投げした弊害だと思います。

 このようにここ十数年の間で、賃貸経営のあり方が大幅に変わりました。昔は大家が入居者を審査し、契約し、入居後も通い帳のようなものを持って家賃を取り立てに行き、入金すればハンコを押すといった入居者との最低限のコミュニケーションがありました。しかし投資用物件も増え、募集は仲介会社、管理は賃貸管理会社、連帯保証の代わりに家賃保証会社を入れ、家賃は自動引き落とし、というように、貸主と借主の関係性がなくなってしまいました。また、借主側も家族関係が希薄になり、家賃保証会社の審査さえ通れば簡単に家を借りられるので、匿名性が強くなった分モラルも低下し、トラブルも増えてきたと思います。

 実際に、滞納していたお嬢さんの親に電話をすると「もう部屋を貸さないで欲しい」といわれることもありました。簡単に部屋を貸してもらえると、女性は風俗などすぐ働ける場があるので、自宅に連れ戻してもスマホ1つ持ってすぐ出て行ってしまうようです。また、私がこの仕事を始めた頃は、滞納して明け渡しになった方は申し訳ないという気持ちで、“せめてきれいにしてお返しします”と掃除をして出ていく方が多かったのですが、最近の強制執行の例では、執行直前まで部屋でコーヒーを飲んで、家財を全て残しそのままの状態で出ていくようなケースもありました。

 

 

家賃滞納者への対処で必要なのは寄り添う気持ち

 滞納家賃を100%回収することは非常に難しく、仮に裁判で強制執行となっても大半は差し押さえるべきものがありません。一方、事故の解決が遅れると滞納賃料が毎月加算されるため、家主の負担も大きくなります。つまり家賃の回収は時間との戦いで、彼らに1日でも早く出ていってもらうことが重要です。

 確かにこちらは法律上家賃滞納者に退去を求めることができる立場ですが、権利を主張すると必ず反発されます。そこで一番いい方法は、裁判所への申し立てと並行して本人と交渉し、出て行ってもらえれば裁判は取り下げるというやり方です。そうすることが、彼らにとっても強制執行というペナルティが付くことを避けられ、その後の人生をやり直すチャンスにもつながります。

 そのため裁判の申し立ては必ず行います。家賃滞納の場合、借金と違って督促が厳しいわけではないので、滞納者も普段と変わらない生活を送ることができます。やはりお尻に火をつけて、返さないといけないという気持ちを持たせる必要があります。その一方で彼らと人間関係や信頼関係を構築して「大家さんにごめんなさいして、退去して少しずつでいいから毎月返していこうよ」「借金を踏み倒したままで人生なんて回らないから、清算して人生リセットしようよ」と、相手の懐に入って交渉した方がスムーズな退去につながり、滞納家賃の回収率もすごく上がります。絶対に力だけで押しては駄目で、寄り添うことが大切です。

 それに、滞納者の中には高齢者やシングルマザーのような追い詰められた人たちもいます。その人たちを力ずくで追い出すことはやはりできません。その時は、一緒に不動産会社を回り、家賃が安い部屋を探します。また、精神疾患がある人の場合などには、サポートしてくれるNPOの人と次の部屋を探すこともあります。大家も入居者もwin-winの形にするには、何度も現場に足を運び、滞納者に寄り添いながら交渉し、場合によっては転居先も一緒に探すという地道な作業の積み重ねが、結果として早期解決につながります。

 

 

高齢者の入居を支援する『R65+』を設立

「R65+」に集まったメンバー

 賃貸トラブルの問題に取り組むようになり、ハウスメーカーなどから建て替え時の立ち退き交渉の依頼をいただくようになりました。新たに建築の契約をしても立ち退きがうまくいかずに塩漬けになっている案件が多く、交渉を不動産会社が行うと非弁行為になるし、弁護士に頼むと裁判になり立ち退き料が法外な金額になります。ただ、立ち退き交渉の案件は、高齢者がそこに住んでいる場合がほとんどです。しかし彼らは“引っ越しはもう嫌だ”“病院が近くにある”などの理由で動きたがりませんし、それまで家賃の滞納もない、いい入居者です。そのために、足しげく通い、頭を下げて、今と環境が変わらないところに部屋を見つけることで、やっと移ってくれます。しかしそのような物件を見つけるのは宝くじを当てるより大変です。

 このような問題を通じて、高齢者やシングルマザーといった社会的弱者が借りられる物件が非常に少ない現実にも気付きましたし、「R65不動産」という65歳以上の高齢者の住宅斡旋を専門にやっている山本透氏※1とも知り合いだったことから、仲間のFPなどが集まり情報交換をするようになりました。そこで、借主だけでなく家主側が安心して貸せる仕組みも必要ではないかという話になり、「R65不動産」にプラス要素を加えて「R65+(プラス)」という会社を2017年に設立しました。同社が間に入り、高齢者でも可という部屋を家主から借り上げて転貸する仕組みです。一般的に賃貸物件は1階の部屋が埋まりにくいですが、高齢者はむしろ1階に住みたい人が多いので、空き室の解消にもなります。また、高齢者の孤独死により物件の価値が毀損することを心配する大家のために、地域の介護事業者と連携した見守りサービスや遺品整理業務なども請け負います。

 

 

高齢者の入居を促進するためには法制度の見直しが必要

─高齢者の入居を拒む本当の理由

 大家が高齢者に部屋を貸したくない最も大きな理由は、“賃貸借契約が相続される”という民法の規定です。孤独死を理由にする大家もいますが、実際は40~50歳台の独身男性が最も多く、高齢者はヘルパーや福祉の方が出入りするのでむしろ病院で亡くなる人のほうが多いのです。

 入居者が死亡すると、その瞬間に賃貸借契約も部屋の遺留品も全て相続人に引き継がれます。すると、大家は相続人を探しあてて賃貸借契約の解約の手続きをしなくてはなりません。しかし、一人暮らしの高齢者の場合、過去に何かにつまずいてしまった人も多く、親子関係が希薄な場合が多いです。また、入居の際には連帯保証人や緊急連絡先をとりますが、電話がつながらないことも多いですし、役所に行っても個人情報の問題で連絡先をなかなか教えてもらえません。子どもの連絡先がやっと見つかっても子どもたちは相続放棄することがほとんどで、明け渡し訴訟を起こしたくても被告不明では申し立てられませんし、相続財産管理人をたてようとしても報酬がもらえる見込みがなければ辞任してしまいます。そうこうしている内に、家賃が払われず、滞納の期間は増えて、大家からすると踏んだり蹴ったりの状態になります。その結果、大家もその間に入る仲介会社も高齢者は死亡後が面倒くさいから斡旋はしたくないという事になってしまいます。人口が増加した高度成長時代は確かに賃借権は財産でしたが、これだけ空き家が増え、高齢者が増加する状況を踏まえると、“一代限りの賃借権”を認めるなど、法制度を抜本的に変えていく必要があると思います。

 

─社会的弱者を救出する仕組みが必要

 高齢者の問題と共にこれからの10年を考える上で留意すべき点がいくつかあります。まず、増加する外国人に対する住宅斡旋の問題です。GTN※2のように外国人専門の家賃保証会社が出てきましたが、まだ大家の理解は低い状況です。また、精神に疾患を抱える人たちも社会の中で放置されつつあり、NPOや福祉の人たちが必死で支援しています。しかし、その人たちの住宅を民間のオーナーだけに依存するだけでなく、行政も所有者不明の建物などを利用してグループホームにするなどの打ち手が必要でしょう。

 シングルマザーも経済的にも精神的にも追い込まれ、貧困の連鎖から抜けきれない現実があります。家賃補助がある公営住宅に入ろうとしても、3親等以内の保証人を求め、中には非課税世帯は除くという条件がつく自治体もあります。そのために彼女たちは、年収制限にかかり審査に通りません。本来対象にすべき人が入れず、収入の多い人が家賃補助を受けて入居できるという矛盾が生じています。そのために、例えば、行政が空き家を借り上げて、子育ての期間や経済的に自立できるまでは安い賃料で生活できるような手を打って欲しいと思います。

 

 

泥臭い仕事が管理会社の付加価値を上げる

 不動産業界にもIT技術が浸透し、これからはAIで代替される業務は人間の仕事からはなくなっていくと思います。司法書士の仕事も登記などの業務はもっと簡略化されていくでしょう。そうなると、最終的には泥臭い部分だけがビジネスとして残り、そこでしかお金がもらえないようになると思います。

 これから不動産会社や大家が生き残っていくために最も重要になるのがコミュニケーションだと思います。大家は緊急連絡先や連帯保証人への連絡を定期的に行えば、入居者の状況がわかり保証人側も安心します。保証人も、いきなり大家から“滞納があります、何とかしてください”と言われてもびっくりします。家主と入居者の間についても、トラブルの有無は日頃からのコミュニケーションの密度に比例します。そのためにはまず、大家自らが積極的に入居者に声をかけて心の距離を縮めていくことが大切です。

 管理会社も、管理を請け負ったら定期清掃をして済ませるだけではなく、こまめに現場に足を運んで物件の小さな変化やクレームの有無などを定期的に報告書にまとめれば、大家に対していいアピールになります。よくセミナーでは、エントランスや駐輪場、共用部などを定期的に同じ角度で写真を撮ることを勧めています。定点撮影は変化を捉えますから、トラブルを未然に防ぐことができます。さらにその写真をデータ化し、報告書に加えていくのです。そのように日常業務の中にプラスαの仕事を加えていくだけでも他社との差別化になりますし、そこに入居者とのコミュニケーションが加われば完璧です。

セミナーの様子

 私はこれまで家賃滞納の明け渡しを2,000件以上行い、問題のある物件ばかりを見てきました。したがってトラブルになる物件の共通点がわかります。それを皆さんに伝えたくて著書にしました。犯罪者が狙うのは、管理が行き届いておらず、大家も管理会社も顔を出さない、死角の多い物件です。ポストにチラシもたまっておらず、ごみステーションもピカピカで、入居者同士があいさつする物件には犯罪者は寄ってきません。

 そして借主も、物件を探す際にはいい人がいる物件に住みたいと思います。管理が行き届いている物件は入居者がすぐ決まり、その入居者が生きた広告塔になりまた新たにいい人を呼ぶという好循環が生まれます。さらにそこにコミュニケーションが生まれれば、物件の価値が上がります。そのような好循環を管理会社が実現できるのであれば管理料を10%にしても安いと思ってもらえるはずです。その意味でビジネスチャンスがやってきたと思います。そして、管理会社も意識改革し、手間ひまかけることを厭わないようになるべきだと思います。

 私はシングルマザーとして、苦労して仕事と子育てを両立してきました。その中で感じたことは、やはり親が元気じゃないと健全な子どもは育っていかないということです。そして、それには住む場所は非常に重要な要素になります。そのためにこれからも人と向き合い、賃貸トラブルをなくし、幸せな人を増やしていきたいと思います。

 

※1 株式会社R65 代表取締役。本社:東京都杉並区

※2 株式会社グローバルトラストネットワークス 代表取締役 後藤裕幸氏。本社 東京都豊島区

 


 

太田垣章子 氏

神戸海星女子学院卒業後、オリックス・ブルーウェーブ球団の広報を経て、平成13年、司法書士に。司法書士事務所に4年半勤務したのち、平成18年10月大阪市中央区で独立開業。平成24年5月事務所を東京に移転。登記以外はもちろん賃貸トラブルの訴訟も得意とする。特に家賃滞納による建物明渡し訴訟は、延べ2,000件を超えて受託。実務を通しての講演には定評がある。また、社会的弱者の支援にも力を注いでいる。著書に『2000人の家主さんを救った司法書士が教える 賃貸トラブルを防ぐ・解決する 安心ガイド』(日本実業出版社)