住まい探しはハトマーク

株式会社宿坊クリエイティブ/和歌山県和歌山市

地域を魅力的にする取り組み

<取材:2018年12月>

 

まちの裏側だった水辺をオモテに

点を面につなげ地域全体を魅力的にする

 

・衰退したまちをリノベーションで変える

・自らリスクをとって事業を始める

・点の試みをつなぎ面の活動にしていく

 


 

衰退したまちをリノベーションで変える

─和歌山市のまちづくりに関わった経緯について教えてください。

 和歌山市は住友金属工業(現・日本製鉄)や花王の工場などがある製造業が基幹産業のまちで、昭和50年代までは大勢の労働者が住んでいました。しかし、技術革新による工場のオートメーション化や、生産拠点の移転によって、質の高い雇用が大幅に減少しました。一方で、まちは今でも製造業に代わる新たな産業を生み出せないでいます。私の前職は和歌山県庁の職員で、当時は公共建築物の新築や改修などを担当していました。新たな公共施設の建設は人口が増加し、税収が増えることが見込まれる時代に有効だった手法で、建設費以上に将来大きくのしかかってくるランニングコストを考えると、人口が減少する時代には公共施設も従来と同じ方法では維持することが難しくなります。まちの活性化のために有効な手段が見いだせないまま、まちなかは衰退し地価もどん底まで落ち込んでしまいました。

 和歌山市の「リノベーションまちづくり」については、立ち上げ時から当時の県庁職員の立場というより個人として関わっていました。それ以前には、まちなかでイベントなどが開催されてきましたが、イベント当日にまちに人が来ても一過性の賑わいにすぎず、日常のまちは閑散としたままでした。持続的にまちを活性化していくためにはどうすればいいかと、悶々と悩んでいた時に、当時、北九州市で取り組みが始まった“リノベーションスクール”の存在をインターネットで知りました。これを和歌山で実施したらまちを変えることができるのではないかと仲間たちと想いを共有しました。リノベーションスクールを開催するにあたっては、和歌山市役所の榎本さんが中心になり役所を動かし、我々も役所の垣根を越えて後方支援しました。

2013年に第1回「リノベーションスクールわかやま」が開催され、私も受講生として参加しました。3日間の熱い議論を通じて、それまで和歌山のまちに閉塞感を感じていた参加者たちの中に、“すごい、この方法でまちが変えられるかもしれない”という意識が芽生え、具体的なアクションを起こしていこうと気運が高まりました。

 

 

自らリスクをとって事業を始める

─リノベーションスクールの受講者自身がビジネスのオーナーになりました。

 リノベーションスクールの進め方は、まず行政が空き家のオーナーに“まちづくりのために3日間建物を貸してください”というお願いをして物件を提供してもらい、その物件に対して、受講生たちが3日間で事業計画を立案し、最終日にオーナーに事業提案をするという流れです。私はそれまで市民としてスクールに二度参加しましたが、公務員であるために事業への参加に制約があるというもどかしさを感じていました。やはり自ら事業を立ち上げてまちを変えていきたいという想いが強かったのです。そんななかで参加した第3回のスクールで、和歌山城の外堀にある市堀川沿いの物件に運命的に出会いました。スクール終了後に、事業プランをブラッシュアップし、改めてオーナーに具体的な話を持っていきました。するとオーナーからは“まちづくりのためやったら、やってみなはれ”という了解が得られ、賃貸借契約を結ぶことができました。

 2016年3月末で県庁を退職し、退路を断って、4月にスクールで同じユニットだった仲間2人とまちづくり会社「㈱宿坊クリエイティブ」を立ち上げ、5月に地酒Bar「水辺座」をオープンしました。建物は3月から解体工事を始め、セルフリノベーションなどをしながら2カ月という短期間で改修工事を完成し、店のオープンにこぎつけました。1,600万円程度かかった改修の費用は、自己資金と銀行融資でまかないました。

 

水辺座から川を望む景色

水辺座の店内の様子

「裏を表に」川から水辺座を望む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─どのようなコンセプトのお店にしたのですか。

酒蔵 世界一統

 この建物は、1階が携帯ショップで2階と3階が住宅でしたが、その後、10年以上空き家になっていました。昭和の時代は市堀川の水質が悪く、どぶ川のイメージがあり、この物件や周辺の建物は川に接する面に壁を作っていました。場所は和歌山市駅から徒歩2分のところにありますが、駅を降りても建物に遮られ、近くに川が流れている様子はほとんどわかりません。私もスクールでこの物件に出会うまでは、建物の裏側にこんな絶景があることを知りませんでした。そこでこの水辺の景観を生かそうと、“裏側だった水辺を表にする”というコンセプトでリノベーションし、名前を「水辺座」とした店をオープンしました。今でも地元の人に“こんな素敵な景色があったんや”と驚かれます。さらに、水辺から眺める景色の先に、南方熊楠※1の生家で、今でも“南方”という清酒を醸造している約130年の歴史を持つ酒蔵“世界一統”があることから、地元の地酒をコンテンツにする店にすることにしました。お酒だけでなく食材も和歌山のものを使うことで、地域内でお金が回る仕組みにしたかったのです。

 

─はじめて事業を始めるうえで何が課題でしたか。

 初期投資をもう少し抑えられればよかったと思います。かけるべきところにお金をかけたことに後悔はしていませんが、事業費が想定より膨らんでしまったことは反省点です。

 融資の際に担保を必要とされるという状況も、課題となります。今回の事業では、銀行からの融資の担保として個人保証を付けていますが、事業をいくつか展開しようとすると、この個人保証を担保とするスキームでは限界があります。新たな金融スキームとして、事業性や公益性のある事業について審査し、無担保・無保証で融資していただけるような制度融資などの仕組みが求められていると思います。

 

 

点の試みをつなぎ面の活動にしていく

─和歌山市ではリノベーションスクールから具体的な事業が次々に生まれています。

 スクールを契機に、すでにまちづくり会社が6社ほど立ち上がっています。スクールには意欲の高い地元の人が参加していることもありますが、それを行政がいい形で支援してくれていることも大きいと思います。行政の支援は、従来のように補助金を出すということではなく、志のある不動産オーナーさんに参画いただける環境を整えたり、新しく立ち上がった事業の広報に協力したりしてもらっています。

石窯ポポロ

 まちなかの、ぶらくり丁商店街には、スクールの第1号案件で、ユニットメンバーが「紀州まちづくり舎」という家守会社を立ち上げてリノベーションし、「NPO法人にこにこのうえん」が運営する「石窯ポポロ」という農園レストランができました。さらにその商店街では毎月第2日曜日に、手作り雑貨や有機野菜を使ったフードやドリンクなど約100店が出店する「ポポロハウスマーケット」が開催されています。

スクールの開催も7回を数え、まちなかに面白いコンテンツが増えたことで人が集まるようになり、完全に底は脱したと思います。これからは点在するコンテンツだけでなく、水辺や公園などの公共空間もつないで線や面にし、地域全体の賑わいをつくることが必要です。和歌山市が魅力的なまちになるために、リノベーションスクールで共に学んだ人たちや行政と横の連携をとりながら、相乗効果を生み出していきたいと思っています。

 

 

─まちづくりにおいて不動産業者はどのような役目を果たすべきでしょうか。

 和歌山市では、まだリノベーションまちづくりに積極的に関わっている不動産会社は少ないように思います。最近このあたりも借りられる空き店舗が少なくなっている状況がありますので、今までは行政がリノベーションスクールの対象物件を探し出してくれていましたが、市場に出回っていない空き家が借りられるように不動産オーナーを説得する役割、不動産オーナーと事業オーナーを繋げる役割を不動産業者さんが担っていける可能性を秘めていると思います。

 行政は中高一貫校を作り、大学を誘致するなど教育を充実させ、まちなかに子育て世帯を連れてくることで飲食店やまちのコンテンツを増やし、地域の活力を取り戻そうとしています。さらに、南海電鉄は和歌山市駅ビルを建て替え、そこに図書館やホテル、商業施設が入ります。このように、徐々にまちなかに住むというニーズが高まっていますが、まちなかにはファミリー世帯が住める賃貸物件が少ない状況があります。一方で、まちなかのオフィスビルを借りていた和歌山支社が閉鎖されて大阪支社に統合されるなど、まちなかでのオフィス需要が減ってきています。そこで、オフィスを住居にコンバージョンしてファミリー向けの広めの賃貸住宅を供給していこうとする「タウンメイド※2」というプロジェクトも開始されました。

 様々なコンテンツがリノベーションによって生み出され、新たな住まいも供給されていく段階で、これからますます不動産業者さんの活躍の場が増えていくと思います。

 

─まちづくり会社としての今後の事業展開について教えてください。

The Smile Chocolate

 まちなかの新たなコンテンツとして、2019年2月にまちなかの空きテナントをリノベーションし、働く人も買いに来る人も笑顔になる店をコンセプトにThe Smile Chocolateという和歌山発のチョコレート店をオープンしました。私以外のメンバーが異なるため別法人を立ち上げて事業化しましたが、こちらも水辺に面した物件です。地元の老舗お茶屋さんがセレクトした抹茶、ほうじ茶、玄米茶のコラボレーション商品などが好評です。

 これからも歴史ある水辺を拠点に和歌山に魅力的なコンテンツをどんどん作り、まちの価値を上げていきたいと思います。

 

 

※1 和歌山県生まれの博物学者、生物学者(菌類学)、民俗学者。世界の植物学・民俗学に大きな功績を残した。

※2 タウンメイドホームページ http://townmade-wakayama.com

 


 

武内 淳(たけうち じゅん) 氏

1983年京都市生まれ、和歌山市育ち。大阪大学大学院工学研究科博士前期課程修了(まちづくり・都市計画)。2008年和歌山県庁入庁(建築職)。空き家対策、民間住宅施策等を担当し、2016年3月に退職。同年4月に㈱宿坊クリエイティブを設立し、南海和歌山市駅前の空き家を活用した和歌山の地酒Bar「水辺座」をオープン。また、2019年2月にはまちなかの空きテナントをリノベーションし、チョコレート店をオープンした。

 

 

 

株式会社宿坊クリエイティブ

代表者:武内 淳
所在地:和歌山県和歌山市元博労町53
電 話:050-3709-4964
H P:https://www.facebook.com/mizubeza/
業務内容:和歌山市のまちなかを活性化するプロジェクトを手掛ける企業として2016年4月に設立。第1弾リノベーション事業として、同年5月に和歌山市駅前の空き家を活用し、和歌山の地酒と料理がたのしめる地酒Bar『水辺座』を直営でオープンした。