和歌山市役所
地域を魅力的にする取り組み
<取材:2018年12月>
空間資源を活用し、
教育と雇用機会を創出する
公共と民間の遊休資産を一体的に活用し、まち全体を活性化させる
・【事例紹介】リノベーションまちづくり まちづくりのために公と民をつなぐ役割を果たす
まちなかの商業の衰退に立ち向かう
─和歌山市の歴史と昨今の状況について教えてください。
和歌山市は大阪府の南に隣接する和歌山県の県庁所在地で、人口は35.8万人、世帯数15.5万世帯の地方都市です。江戸時代には御三家の一つである紀州徳川家が治める紀州藩の城下町として、戦後から高度成長期にかけては住友金属工業※1(以下「住金」)の企業城下町として繁栄し、ピーク時には関連会社含め住金関係の従業員が3万人いるといわれていました。しかし、需要の低迷とともに鉄鋼の生産が縮小し、それに伴い和歌山市のまちの活力も衰退していきました。
人口規模からすると和歌山市は中核都市で、JR和歌山駅と南海和歌山市駅というターミナル駅が2つあり、その2駅と和歌山城で囲まれたエリアを“まちなか”と呼んでいます。商圏範囲は大阪南部から御坊市辺りまでの50万人といわれ、昭和50年代には映画館が5つ、百貨店が2つもあり、“ぶらくり丁”商店街を中心に大変賑わっていました。しかし、住金の規模縮小とともに和歌山市駅の乗降客数は1/3近くになり、市の人口も1985年をピークに減少し、なかでもまちなかの居住人口は1979年をピークに半減してしまいました。その結果、最盛期には500店舗あったぶらくり丁商店街も250店舗にまで減り、通行量も最盛期の1/20程度となり、今では空き店舗率が36%という状況です。したがって、人口減少やまちなかの商業の衰退は当市では今に始まった問題ではありません。
そのような状況を打開しようと、2007年から5年間、「認定中心市街地活性化基本計画」に基づき59の事業を行いましたが、結局は上手くいきませんでした。その理由は、商業の衰退という課題に対して、再開発して商業ビルを入れるなど、再度商業でまちを活性化しようとしたことにあります。既に成熟社会となり、人のライフスタイルが変わりましたし、関西空港までの道路が開通した結果、泉佐野市のりんくうタウンのプレミアムアウトレットモールやイオンモール、和泉市のららぽーとなど大型商業施設の商圏範囲に含まれ、人の流れが変化したことで市内の百貨店は軒並み倒産したり、撤退に追い込まれました。当然それにつれて土地の価格も下落し、ぶらくり丁商店街で1997年に路線価が178万円だったところが、2013年には17万円になってしまいました。その結果、まちなかは空き店舗だけでなく、空き家や空き地、空き駐車場などがあふれ、面積の約50%が使われていない遊休不動産という状況になっています。
─人口減少に対してどのような対策をしてきたのでしょうか。
和歌山市の政策として、中心市街地の居住人口を回復させるという方針をたてました。そのためには教育と就業環境を整え、従業・就学人口を呼び戻すことが必要です。そこでまず、生徒数が減っている市内の1つの中学校と3つの小学校を統廃合して、伏虎義務教育学校という小中一貫校にしました。そして、残った3カ所の跡地について、旧校舎をリノベーションするなどして活用し、東京医療保健大学和歌山看護学部、和歌山信愛大学教育学部、県立医科大学薬学部の3大学を誘致。2018年から順次開学し、10年後には約1,300人の学生がまちなかに集まる計画です。さらに和歌山市駅の駅舎の建て替えに伴い、南海電鉄㈱と共同で駅前再開発を行い、市民図書館を移しホテルやオフィスビルを建て、企業を呼び込みます。また、まちなかにはファミリー世帯向けの賃貸住宅の供給が少ないことから、市街地再開発事業を行い、既存のオフィスビルを住宅に転用したり、民間によるマンション開発を誘導し、約400世帯の住宅を供給する予定です。
公共と民間の遊休資産を一体的に活用する
─リノベーションまちづくりを積極的に推進されています。
しかし、行政が居住人口を増やそうとして箱だけ作っても、産業が興らないと人は住んでくれません。しかも、再開発が本当に採算が取れて成功するのは東京や大阪などの一部の都市圏に限られます。そこで当市の地域活性化の方針としては、①まず、既存の建物を活用して新たな使い方をし、ある程度資金が回るようになった時点で再投資する方法をとること ②次に、行政の財源を使うのではなく、民間の投資を呼び込み、民間主導の活動を行政が支援する形をとること ③さらに、事業について素人の行政が審査する補助金方式ではなく、金融のプロが事業内容をチェックして融資する方式にすることの3点を基本にし、「リノベーションまちづくり」を推進することにしました。
リノベーションまちづくりは、「家守(やもり)会社」と呼ばれるまちづくり会社が、遊休不動産を持つ不動産オーナーとスモールビジネスの事業オーナーをマッチングさせ、地域に賑わいをつくり、地域の魅力を高めていく方法です。一般的なスキームとしては、まちづくり会社が不動産オーナーから物件を一定の期間借上げて、リノベーション投資をしてビジネスオーナーに転貸し、転貸差益で投資回収するモデルです。さらに道路や河川、公共施設など行政が所有する大規模な不動産の利活用(大きなリノベーション)と家守会社が主導する小さなリノベーションを組み合わせて一体的に活用し、まち全体の賑わいを創出していきます。
リノベーションまちづくりを進めるにあたり、その担い手を育成するために「リノベーションスクール」を開催しますが、当市では2013年から2018年までの6年間に7回開催し、合計で約200名が受講しました。リノベーションスクールでは、行政職員、NPOのメンバー、建築士、宅建士、学生など多様な参加者がグループを組み、ユニットマスターを中心に3日間議論し、実際の遊休不動産に対する利活用の方法と事業計画をまとめ、最終日にそのオーナーに対してプレゼンテーションをします。スクールからは既に家守会社が5つ生まれましたが、3日間寝ずに侃々諤々の議論をするので、参加者同士の垣根がなくなり、お互いが同じ目的に向かって進むために、事業を行うための会社がすぐに立ち上がります。
スクールで行政が果たす大事な役割は2つあります。まず参加者集めです。普通に募集しても人は来ませんし、最終的に成果に結びつかないと意味がありません。そこで日頃からまちにアンテナを張り、これはという人を勧誘し参加してもらいます。行政マンは給料は低いですが(笑)、まちの人と飲みに行き、まちの人とつながることが大切だと常日頃メンバーには言っています。2つ目が、不動産オーナーの説得です。まちづくりのためといってもやはり行政が行かないと信用してくれません。スクールを行政が主体で開催するのもそこに意味があります。
教育を誘致し、雇用機会を創出する
─具体的な成果について教えてください。
リノベーションスクールの成果として、スクールでの対象案件を事業化したものが7件、スクール受講生やまちづくり会社が携わったものが10件となり、まちなかにコンテンツが充実しつつあります。さらにその波及効果として、スクールの受講者たちが商店街や道路、河川を活用したイベントを開催したり、商店街の空き店舗でも新たな事業が起こり始めています。例えば、ぶらくり丁商店街で2014年から毎月第2日曜日に開催されている「 ポポロハスマーケット 」 は、7,000~10,000人が集まるイベントになっていますが、主催者はこのイベントで人を集めることだけを目的にしているのではなく、この商店街で“商売できる”ということを可視化し、ビジネスオーナーを呼び込もうとしているのです。このような動きがスクールから生まれてきました。
家守会社が立ち上がり、徐々に事業化した案件が増えてきた段階で、リノベーションまちづくりの今後の方向性を示すために、大学教授や不動産会社、家守会社などを委員とする「わかやまリノベーションまちづくり構想委員会」を開催しました。全6回の会議には一般市民にも参加してもらい、その結果を踏まえて2018年3月に「わかやまリノベーション推進指針」を策定し、指針の方向性として2つテーマを設けました。
まず“教育高品質なまち”を目指すということです。和歌山市には、江戸時代に徳川吉宗による藩校「講釈所」が設置され、学問が栄えてきた歴史があります。市は大学の誘致や市民会館の建て替え、図書館の移転などをしてきましたが、民間の力も借りて空間資源を活用しながら質の高い教育機会と子育て環境の創出をしていきます。2つ目が“コンテンツのあふれるまち”で、雇用機会の創出と都市型産業を興すことを目指します。ぶらくり丁商店街がシャッター通りになったのは、行きたいと思うような、時代に合った店がなかったというだけのことです。まちなかの遊休不動産を使って、人が行きたいと思えるコンテンツをたくさん作っていき、雇用の確保と多世代の交流を促進したいと思います。
─まちづくりを推進する上でさまざまな規制がハードルになります。
指針で掲げた方向性の実現に向けて、店舗の住宅へのコンバージョン、水辺空間の活用、市営駐車場の利用、道路の歩行者空間化などを含む11の戦略を立て、規制緩和については県や警察などとも協議を開始しています。さらに、2016年に都市再生特別措置法が改正され、市町村による3%の出資要件の撤廃等、都市再生推進法人の指定要件が緩和されました。都市再生推進法人には社団・財団法人、NPO法人、まちづくり会社がなれますが、市町村から指定を受けるとまちづくりの担い手として公的位置付けを付与され、都市再生整備計画を提言したり、都市利便増進協定や低未利用地利用促進協定を結ぶことができます。都市再生推進法人は2018年12月末時点で全国で50法人ありますが、和歌山市からは最多の9団体が認定されています。これは、民間によるまちづくりへの関与度合いが全国的に見ても高いということの表れだと思います。
2018年の6月にはJR西日本和歌山支社と、10月には南海電鉄㈱と協定を結びました。リノベーションまちづくりについては、まちなかのエリアは市が主体的に行いますが、郊外は鉄道会社と連携しようと思っています。具体的には、JR西日本とは所有している社宅の活用を、南海電鉄とは加太エリアでのリノベーションスクールを共催する予定です。鉄道会社も私たち公務員も、まちの活力がなくなり、まちが消滅してしまえば仕事がなくなります。公務員にとっての公務はまちを維持することです。組織の壁をとっぱらい、和歌山市を人が集まる魅力的なまちになるようにしていきたいと思います。
※1 2012年10月に新日本製鐵㈱と合併し、新日鐵住金株式会社となる(2019年4月1日に日本製鉄㈱に社名変更)。
まちづくりのために公と民をつなぐ
役割を果たす
和歌山市市長公室政策調整部 政策調整課 竹家正剛 氏(左)
榎本氏、竹家氏と連携しながらまちなか再生を担当する、
都市建設局都市計画部都市再生課まちなか再生班 成瀬正規 氏(右)
─公共の事業に民間の力を活用する事業が増えています。
地方自治体はどこも一緒だと思いますが、公共施設の老朽化が進む一方で、財源が不足している状況があります。今後インフラを整備するうえで、市の負担をできるだけ軽減するために行政もいろいろな手段を研究する必要があります。他方、当市の特長として「リノベーションまちづくり」を推進しており、公民の連携による人の交流が進み、まちづくりに関する共通の価値観が醸成されつつあります。
市では「わかやまリノベーション推進指針」に基づいて、新しく整備を検討している公共施設が何カ所かあります。例えば、和歌山城の外堀で市の歴史的な水辺資源にもかかわらず、長く有効活用されていなかった市堀川を生かして、まちの賑わいを創出しようとする京橋親水公園の整備計画があります。また、市内には駅前を除いて市営の地下駐車場が3カ所ありますが、赤字のため2カ所が閉鎖されており、その活用が求められています。
前者についてはそれと関連して、市堀川に面した飲食業者が運航するカフェボート運行の社会実験をし、水辺空間の活用の検討が始まりました。後者については、その内の1カ所で指定管理者をプロポーザル方式で募集したところ、民間企業と組んだまちづくり会社が、地上にある公園の活用と一体で受託しました。月極駐車場を増やすことで安定的な収入を得ると共に、公園でイベントを開催することで利用者を増やしています。公共には民間のような経営のノウハウがありませんし、“儲ける”ことだけを主眼にした運営がしづらいところを民間に任せながら、公共空間の有効利用を図っていこうとしています。
─和歌山市は国交省の「クラウドファンディング等を活用した不動産証券化手法による支援対象事業者」に選ばれました。
当市では都市再生推進法人として9法人が認定され、まちづくりのために道路や公園などの利用がしやすくなりました。その一方で、まちづくり会社はまちに対する想いから立ち上げた会社が多く、資金力に乏しいのも事実です。そこで、行政から資金調達方法についていろいろアドバイスができれば、彼らにノウハウがたまり、取り組みのスピードがアップすると思い、私たちの勉強の意味も兼ねて国交省の支援対象事業に応募しました。
また、当市の場合はリノベーションスクールで構築された人的プラットフォームがありますので、応援してくれる人を募るという意味ではクラウドファンディングと親和性が高いと思います。ただその場合、事業者が投資家を勝手に募集してしまうなど、法的な観点から見ると危うさを感じることもあります。不動産特定共同事業法や金融商品取引法など、法制度について行政も理解し、事業者たちの相談にのることで彼らのリスクを軽減したいと思います。
─地域の活性化のために、今後の公民連携の方策について教えてください。
私は和歌山市の出身で、大学から県外に出て建設会社に勤務した後に、Uターンして市役所に勤めました。リノベーションスクールは第1回から参加しましたが、それまでの価値観がひっくり返るような衝撃を受けました。その後も毎回参加していくと、いろいろな人とつながりをもてたり、市役所においても公民連携の橋渡しをするようなポジションに配属されるようになりました。スクールで一緒のユニットだった人が、“和歌山市が衰退していくのを感じていても、自分に何ができるかわからなかったけれど、スクールに参加して自分の力で何かを始めるきっかけと武器をもらった”と言っていましたが、まさに同じことを感じています。
今後市民とまちづくりを進めていくうえで重要になるのは、市民の当事者意識をどう高めていくかということです。そのために最も効果があるのが、お金を絡めていくことではないかと思っています。まちで生まれる事業に投資をし、まちが良くなっていくことによって配当を享受できると、自分のまちの魅力をもっと他人に伝えたくなるでしょうし、まちへの関心が強まるはずです。そのような仕組みについてもこれからは考えていきたいと思っています。
リノベーションスクールでは、行政は民間のマインドを、民間はパブリックマインドをそれぞれ持ち、お互いの良さを発揮していくことが大事だと教わりました。今後まちづくりのために公民連携を進めるなかで、お金を稼ぐという民間のマインドを理解したうえで法制度や公共性も担保できる、公と民をつなぐ接着剤役、あるいは翻訳者のような役割を果たしていきたいと思います。
榎本和弘(えのもと かずひろ) 氏
1970年生まれ。和歌山市出身。大学卒業後、1999年に和歌山市役所入庁。2009年人事交流で和歌山県商工振興課へ出向。2011年に市へ戻り、まちおこし推進課、商工振興課に配属。北九州で開催されていたリノベーションスクールを和歌山市でも開催するように働きかけ、2014年2月に第1回リノベーションスクールを開催した。和歌山市リノベーションまちづくりの火付け役。2018年リノベーション推進専門員として任命を受け、都市再生課に配属。
和歌山市都市建設局都市計画部都市再生課 リノベーション推進専門員