株式会社蒲生商事/北海道函館市
地域を魅力的にする取り組み
<取材:2018年10月>
観光地ではなく、
暮らしの場として地域を面白くする
小商いする仲間を増やし、まちを豊かに!
古い建物が地域の資源になる
─古い建物の活用を思い立ったきっかけを教えてください。
ワーキングホリデービザでのオーストラリア生活を経て東京で7年ほど仕事をし、30歳手前で函館にUターンしました。当社がある地域は函館市の旧市街地で、西部地区といいます。
家業を手伝うようになってから、たまたま当社の管理物件で長く空いていた賃貸物件が気になりました。それを見に行くと磨けば光る感じがしたので、セルフリノベーションで内装を変えてオープンルームを開催したところ、2日目で成約しました。そこで、リノベーションした物件は一定のニーズがあるのではないかと思い、いくつかの部屋を手掛けました。そのような経験から、西部地区には古くても味わいのあるとてもいい素材がたくさん眠っているので、それを生かすことができないだろうかと考えるようになりました。
─箱バル不動産を立ち上げた経緯はどのようなものだったのですか。
帰省をするたびに、古い建物や魅力的な建物がどんどん壊されていて、もったいない、なんとかできないかと思っていました。しかし、建築の専門家ではないので自分一人では内装のリフォームくらいしかできず、それ以上手を加えるのは難しいと感じていました。
幸い、Uターンをしたタイミングで建築家の富樫※1と知り合い、自宅を見せてもらうとリノベーションした素敵な家で、話をすると自分と感覚が一緒だと感じました。さらに私の家の近くには、市から伝統的建造物に指定された建物を、陶芸家の父のギャラリーとパン屋にリノベーションして暮らしている苧坂※2という同級生がいました。そこで2人に声をかけ、西部地区に限定して古い建物を地域資源として生かす活動をしようと、「箱バル不動産」という任意組織を立ち上げました。
移住・定住と空き家をマッチングする
─早速、「函館移住計画」というイベントを実施しました。
西部地区にはいい建物がたくさんあるのに流通していない理由は、“古い建物は手を入れることで魅力的な資源に変わる”ということに地域の人が気付いていないことが原因なのではないかと考えました。そこでまず、富樫や苧坂の自宅を巡る“空き家ツアー”を箱バル不動産の活動として始めることにしました。しかしその企画の内容を議論しているうちに方向性が変わりました。エリア外にいる人は地元の人が気付かないまちの魅力を上手く見つけてくれるので、まず外の人に一定期間空き家に住んでもらい、このエリアに何があり、どのような生活環境なら移住したいと考えるのか、そのヒントをもらおうと、移住体験モニターということで募集をすることにしました。
早速、物件探しをしましたが、いきなり大家さんに交渉しても警戒されてしまい、こちらの主旨をまったく理解してもらえませんでした。困っていたときに、私たちの上の世代で、この地域に同じように思い入れがあり、数年前に空き家を活用してアーティスト・イン・レジデンスの活動をしていた人が、協力してくれる大家さんを紹介してくれました。その他、近所のパーマ屋さんが紹介してくれた大家さんと、私の親族が所有していた貸家の3軒が確保できたので3組募集することにしました。
1回目は、2015年7月に企画の実施を決めてから、その月の半ばに募集を開始し、同時に物件を探し、9月には宿泊体験をするという無茶なスケジュールでした(笑)。物件が見つかったあと、ペンキを塗ったり掃除をするためにSNSで手伝ってくれる人を募集したところ、自分たちの活動などあまり知られていないのにたくさん集まってくれました。一方、移住体験者の募集もSNSで告知し準備の様子などもアップしましたが、こちらはなかなか集まらず、函館市の観光サイトが告知協力してくれたことで、3日前にやっと6組の応募が集まりました。その中から、子どものいる家族2組と30代前半の独身男性を選び、1週間で、空き家見学ツアー、函館のはしご酒イベントの“バル街”※3への参加、既に移住している方との交流食事会などのイベントを行いました。
─イベントの効果はどうでしたか。
ツアー参加者の話を聞くと、移住のネックとなるのはやはり仕事でした。そのことは想定していましたが私たちは仕事を紹介できませんし、空き家の活用が主目的だったので、2回目は空き家を活用してビジネスをしたいという人にターゲットを絞ることにしました。そのため募集は1組で、期間を1カ月にし、募集の呼びかけも“1カ月の滞在期間で自分のスキルを生かして函館で仕事をしてみませんか”としました。古い建物を上手に使って仕事をしている魅力的な人の移住がきっかけになり、その人に続く人がやってきて、芋づる式に人が集まってくる状態を作っていくのが理想的だと考えたのです。
「函館移住計画」は3年で終了しました。理由は私たちが宿泊施設を運営し始めたからです。宿が移住希望者の入り口になれば、イベントとしてやらなくても365日受け皿の役割を果たせるのではないかと思いました。また、何も外からわざわざ人を呼ばなくても、既にこの地域に住んでいる人が空き家を活用して小商いにチャレンジしてくれればいいですし、むしろその動きを後押ししていきたいと考えました。
西部地区は函館の中で観光客が最も訪れるエリアであるにも関わらず、実は最も少子高齢化が進んでいるエリアです。しかも空き家率は全国平均よりも高い数字です。つまり、このエリアは観光地化はされているものの、暮らしの場としてはどんどん衰えてしまっているのです。そこを復活させないと、結局は人々の暮らしが根付いていない面白くない観光地になってしまいます。そうさせないためにも、地域に小商いをたくさん増やすことが重要です。
地域に“小商い”をたくさん増やす
─現在の「箱バル不動産」の活動内容を教えてください。
箱バル不動産は西部地区のプロモーションの役割をしています。この地域に限定して空き家となった古い建物を紹介し、使いたい人とマッチングすることを目的にホームページを作ったり、イベントを実施したりしています。そして、具体的に売買や賃貸の話になった場合には、宅建業者の蒲生商事が取引をします。ホームページから問合せが入れば一緒にまちを案内し、建物の改修のことは富樫が相談に乗ります。その人がやりたいビジネスがわかれば、地域に根付いて商売をしている苧坂が直接話を聞いたり、相談に乗ってくれる人を紹介します。このように、まちの入り口になって、まちのことやまちに住む“人”を紹介する役割を担うのが「箱バル不動産」です。
─具体的に古い建物を活用して小商いが行われている事例を紹介してください。
地域の人、特に空き家のオーナーに、私たちの活動や、オーナーが所有する古い建物がいかに地域の資源として価値を持つものかということを浸透させるために、できるだけ多くの事例を作り、紹介しています。
●「BOTAN」
西部地区で既に花屋を営んでいた方が、店舗兼住居物件を探していました。ちょうどその頃、土地は売りたくはないけれど建物を活用してほしいという所有者が、市の空き家相談に来られたという情報を市役所の方からもらいました。さっそく物件を見に行ったところ気に入ったということだったので、所有者との交渉から手伝うことにしました。土地は借地のままにしておきたいオーナーと、建物と土地を所有したいという買主の条件は平行線で、1年以上時間がかかりましたが、地道に交渉した結果、条件をまとめ土地建物を売買することができました。改修は私たちも手伝いながら、解体や床の塗装などハーフセルフビルドのような形で進めました。残置物も結構あり、その中から古くていいものはできるだけ残して活用しました。
●「Au deux HOUSE」
借地に建つ築80年以上の建物を売買した物件です。通り沿いの目につく場所に立つこの建物は、日頃から私たちの間で話題になっていました。謄本をあげて所有者を調べたこともありましたが、ある日、苧坂の奥さんがその前を通ると中から音楽が聞こえたので、思い切って挨拶しに入ったといいます。そこにはおじいさんがいて、ここは元歯科医院で、父の代で廃業してから本人だけが住んでいるとのこと。家の中にはいい造作が残っていましたが、本人はちょうど建物を壊して地主に土地を返そうと思っていたとのことでした。そこで、建物を使いたいと交渉したところ快諾してくれ、しかも地主にも本人から連絡してOKをとってくれたおかげで、苧坂の奥さんを買主として建物の売買をしました。
この建物にカフェを入れることは決めていましたが、誰にやってもらうかが問題でした。そんな時たまたま、苧坂のところに“移住することだけ決めてきました”というIターンの人が部屋探しの相談に来ていて、聞くと東京でカフェの店長を勤めた経験があり、ソムリエの資格も持っているとのこと。そこで1階をカフェにしてその方と賃貸借契約をしました。
●「大三坂ビルヂング」
ここは昔からずっと気になっていた建物で、いつかこの建物の再生に携わることができればいいなと思っていました。第1回の函館移住計画が終わったタイミングで、このビルの所有者から、“新聞を見ましたよ。うちにも古い建物があり、今後のことを話し合っているので一度見に来ていただけませんか”と連絡がありました。このビルは100年程前に仁寿生命保険会社が函館支店として建てた建物です。オフィス棟の奥には住居棟があり、生命保険会社が移転してからは住居棟だけを夫婦で使っていました。しかし、だんだん維持も大変になり、かといって伝建地区にあるので壊して新築にすることも難しく、どうしたものかと悩んでおられました。
ビルは日本の道百選に選ばれた「大三坂」に面していて、路面電車からもその存在が確認できるため、まち並みの景観を維持するという点でも重要度が高い建物です。また、内装も当時の状態で、天井一杯まで縦長窓が連続し、銅板の打ち出し天井や、建具・照明器具はどれも素晴らしく、当時の金融機関の重厚感が残っていました。私たちは絶対このままの状態で残したかったので、建物を改修して新しく生まれ変わらせ、次の世代に引き継ぐという考え方を前提にし、オーナーに何度も会って提案内容を吟味してもらい、不安要素を解消していきました。最終的に私たちに建物の未来を託してもらい、蒲生商事が土地建物を購入しました。取得後は躯体部分は全て当社の負担で補修し、スギの床張りや漆喰壁塗りはDIYで進め、多くの人に当事者になってもらうためにクラウドファンディングも募集しました。そして、物件名を「大三坂ビルヂング」とし、給排水設備の位置可変、内装自由の状態で、テナント募集をしました。利用方法については、まちの入り口として機能する宿の入った複合施設にすることにし、テナントも地域の人が日常的に利用できる店に入ってもらうことにしました。私たちが望む人たちに入ってもらいたかったので、ポータルサイト等ではあえて募集せず、自分たちでプロモーションビデオを作り、ホームページで紹介しました。ビデオはなるべく地域の暮らしのイメージができるよう、まちの古い建物を活用している西部地区の人たちに登場してもらいました。また、改修費用も15年で回収する低い家賃設定にし、できるだけ個人の事業主が入れるようにしました。
現在は、旧住居棟をSMALL TOWN HOSTEL(小さなまちの宿)という名の宿にし、箱バル不動産が借り上げて運営しています。旧事務所棟は1階にアメリカ料理のカジュアルレストラン、2階はオフィス運営会社がシェアオフィスを開きました。シェアオフィスは、お店を始める前の人たちが、ポップアップショップとして一定期間場所を借りられるようなスペース貸しもしています。また、旧土蔵棟には制作体験もできるキャンドルショップが入りました。テナントのオーナーは函館や近郊の出身者で、Uターンや二地域居住での開業になりました。
その後、函館市役所とも連携し、2016年7月に函館市で63番目の伝統的建造物に指定を受けることができました。この建物を、多くの人に西部地区を楽しんでもらい、旅で訪れた人と地域の人の交流が生まれる場所にしていきたいと思っています。
地域内に人と情報の循環をつくる
─建物の所有者の理解は進みましたか?
残念ながら、まだ将来のまちのビジョンを語っても響かないオーナーが多いのも事実です。貸したら面倒くさいし、リノベーションすると費用がすごくかかると思っている人も多く、換金するためには更地にした方が有利ということから、いつの間にか建物が取り壊されていることもあります。
しかし私たちの先人たちは、既に30年前に赤レンガエリアの古い倉庫群を残し、リノベーションして資源として活用するといった先進事例を作ってくれました。先輩からのパスを受け取って、古い建物を活用し、価値を高める事例を作り、次の世代に引き継いでいきたいと思っています。
─箱バル不動産ではイベントなども精力的に仕掛けています。
マルシェイベントは、日ごろ西部地区に馴染みのない人たちにも来てほしいという思いで開催しています。また小商いの担い手になることを促すようなシンポジウムも定期的に行っています。やはり、持続的なまちになるには地域内の経済の循環を作ることが大事だと思います。そのためには“人”が一番重要で、建物だけを直しても中に人がいなければ意味がないし、そこで事業をする人の顔が見えてこなければ建物の良さも生まれません。魅力的な人がいる店には何回も行きたくなります。人が人を紹介し、エリアの中でパス回しのように情報が循環し、人がつながっていくようにしたいと思います。SMALL TOWN HOSTELが入口になり、この地域を訪れた人にお薦めの場所を紹介し、その先でまた次の場所を紹介してもらうといった連鎖が生まれ、その人たちがホステルに帰ってきたときには、逆に私たちが知らない新しいお店を教えてもらう、というような循環ができれば面白いと思います。そのためには、小商いの店がたくさん必要ですし、お店がたくさんあれば人や店に会うために訪れる人たちが増えると思います。
また、ホステルに来るお客様からお薦めの店を聞かれるときに、ガイドブックに載っていない場所を紹介してほしいと言われることが多いことから、西部地区「箱」マップを作りました。ここに載っているお店は全て、この地域で生活する私たちが普段行くところです。
─どのようなまちづくりを進めていきますか。
若い人が一度自分の育ったまちから出ていくのは賛成です。逆に一度外に出て新しい視点を持った人が、帰ってきたいと思えるようなまちづくりをしたいと思います。しかし、古い建物をリノベーションして箱だけ用意するつもりはありません。やはり基本的には好きだからやっているわけで、その延長がまちづくりや地域の魅力づくりになっていけばいいと思います。私は古い建物が好きですし、私たちが日常で訪れる場所の選択肢がもっと増えたら生活が楽しくなる、ということが仕事の原動力です。これからも「好きなこと」を大事に活動していきたいと思います。
※1 富樫雅行氏 建築家。弥生町の古民家をSOHOとして自らリノベーションし富樫雅行建築設計事務所を主宰。
※2 苧坂淳氏 元町大三坂にある天然酵母でパンを焼くtombolo店主。箱バル不動産ではイラストやアートディレクションを担当。
※3 函館で年2回行われるはしご酒のイベントで、お客さんは5枚綴りのチケットを買うと、マップに掲載されている参加店で、ドリンクと小皿料理が食べられる。
蒲生寛之(がもう ひろゆき) 氏
1983年北海道函館市生まれ。中学時代に同市内旧市街地へ引っ越したのをきっかけにまちのポテンシャルを意識し始める。海外や他県で生活を送るなかでさらに故郷を深掘りしたくなり、2013年函館へUターン。不動産会社で宅建士として従事する傍ら、同志である建築家、パン屋の店主とともに空き家再生事業を展開。2017年冬には宿泊施設の運営も開始した。
株式会社蒲生商事
代表者:蒲生 千加子
所在地:北海道函館市末広町18-25 大三坂ビルヂング2階E
電 話:0138-83-6691
H P:http://hakodategamo.com/
業務内容:函館市で中古住宅および中古マンション、店舗や住宅用地売買の仲介を手掛けるほか、リノベーション物件の賃貸を行う。不動産売買やオーナー業を通して、新たな地域価値を創造していく事を目標としている。