株式会社絹川商事/石川県野々市市
顧客志向の企業経営の実践
<取材:2018年11月>
「HAPPY SMILE」が
あふれるまちづくり
“善の巡環”を継承し、地域の課題を解決する
地域経済の活性化を考える
─野々市市で三代にわたる老舗企業です。
1970年に、私の祖父がこの地域の発展と農家の暮らしを豊かにすることを目的に、個人会社として創業しました。祖父は農家の人から農業の苦労話や不作による家計の不安などの悩みを聞き、農家の生活が少しでも豊かになるよう、資産である農地にアパートやマンションを建てる提案を行っていました。翌年より法人企業として株式会社絹川商事を始めました。その後、大家から家賃の集金や入居者からの問い合わせ、退去の精算などを依頼されるようになり、1975年に賃貸管理部門を設けました。そして、コンピューターによる賃貸管理システムの導入や24時間管理体制など、業務を拡大していきました。1997年には父が代表になり、2014年から私が三代目社長に就任しました。現在は、不動産売買事業、賃貸仲介・管理事業、不動産コンサルティング事業を行う不動産部門と戸建住宅、賃貸住宅等の建築やリフォーム・リノベーションを行う建設部門の2つを事業の柱にしています。これまで賃貸アパートの建築件数は1,600室以上、賃貸仲介件数は毎年800件を超え、管理戸数は約2,700戸、平均入居率は93.9%です。さらに、2016年から「いしかわ相続サポートセンター」を立ち上げ、相続コンサルティング事業を始めました。不動産管理から資産管理、相続管理へと事業を展開しています。
─野々市市の状況について教えてください。
野々市市の人口は5万2,560人、世帯数は2万3,507世帯、持ち家率は45%で、人口は毎年1%程度増加しています。平均年齢は40.7歳と若く、生産年齢人口比率も65%と高いため、釣り鐘型の理想的な人口ピラミッドになっています※1。また市内には3つの大学と専門学校があり、学生が多く生活しています。その他、女性の平均寿命が全国5番目に高い88.7歳であり、若い方と高齢者がバランスよく暮らしています。
人とまちにHAPPY SMILE !
─経営理念やサービスコンセプトは社長が創ったのですか。
事業承継時に、どのような会社にするかということについて、父や当時の幹部たちと議論しました。その際に大切なこととしたのが、持続的に発展可能な会社にすることでした。当時はまだ会社というより商店に近いところがあり、組織の仕組みを整えつつ、経営理念やサービスコンセプトを決めることにしました。そのベースになったのが、当社が今まで事業を続けてこられたのは、当社を信頼して取引をしていただいたお客様と“このまち”があったからだということです。そこで、お客様や地域の人に対し感謝の気持ちを持ち、その気持ちを社員と共有しながら地域の人を笑顔にするという“HAPPY SMILE”を理念としました。
現在の経営理念は「人とまちにHAPPY SMILE!」です。それは「社会貢献」「社員の幸せの追求」「共存共栄」という3つの要素で構成されています。
HAPPY SMILEがあふれるまちにしたい
─「ルームズメイト」という新しいサービスを始めました。
まちを活性化させるキーマンは、このまちに住む全市民です。よそから来たアパートの住人たちと昔から地元に住んでいる大家などを、同じ市民なのに区別して議論することがよくあります。しかしそうではなく、まちの魅力を高めるためには皆でまちのことについて考えることが大切です。当社もまちのためにできることは何かということを考えました。そして、“もっと市民に野々市のことを好きになってほしい”という想いから、このまちの人とまちの賑わいづくりを目的に「ルームズメイト」というサービスを始めました。
「ルームズメイト」は、当社が管理する物件のオーナー、入居者、協力業者を対象に、野々市での暮らしが楽しくなるサービスを提供する仕組みです。当社では4つのサービスを行っています。ひとつめは、不動産、建設、コンサルティング、相続などの暮らしのサポートです。次に、子育て・介護支援・就労支援といった暮らしの豊かさを提供するサービスも行っています。また、エンジョイパーティーとして、楽しい暮らしの提供や地域社会への参加の機会を作っています。なかでもハッピースマイルライスプロジェクトでは、入居者や大家さん、地域の方と一緒に田植えから稲刈りの体験を楽しく行い、食べることや作ることの大切さを伝えています。「ルームズメイト」を中心に、当社とオーナー、入居者、地域の人たちが相互に作用することで、まちの活性化や定住促進、さらに新たなまちの創造へ結び付いていくと考え行動しています。
─「ルームズメイト」の取り組みを教えてください。
●ハッピースマイルサービス(ライフサポート)
当社が管理する賃貸物件に住む高齢者に対し、地域包括ケアシステムとして月1回の訪問サービスをしています。そこで電球交換やエアコンの故障などの部屋に関する困りごとを聞くほか、簡単な健康チェックもしています。そして、当社が窓口になり、粗大ごみの収集や買い物支援等の要請があれば町内会につなぎ、病気や認知症等の相談があった場合は市の職員に連絡しています。また、市職員・町内会役員・当社で3カ月に1度定期訪問し、顔が見える関係を作るとともに、町内会行事への参加の呼びかけや、暮らしの情報などを提供しています。高齢入居者の比率は当社の管理物件ではまだ1割弱ですが、野々市市の世帯数の1割以上の部屋を管理している企業として責任を感じています。高齢者の皆さんにも同じ市民としてまちでの暮らしを楽しんでもらいたいと思っています。
また、店内に子育て支援団体“CURU∞CURU”の「子供服の無料交換所」があります。子どもが成長して着られなくなった服を別の服に交換するというシステムです。子どもを取り巻く環境が少しでも良くなればと思っております。
●ハッピースマイルライスプロジェクト(エンジョイパーティー)
2017年より当社の社員と“稲ほ舎※2”、そしてフットサルプロチームのヴィンセドール白山の選手と一緒に親子で米作りを行っています。今年は110名の参加があり、5月に田植えをし、7月には稲の生育を観察しながら田んぼで生息する虫や生き物について学び、日没後に虫送り※3体験、9月には稲刈りをし、みんなでおにぎりとめった汁を食べました。食べることと作ることを親子で学べるプログラムです。刈り取った稲は精米し、“rooms米”としてオリジナルパッケージに入れ、後日参加者に配付します。このプロジェクトを通じ、協力や支えがあってはじめて食べ物を作ることができるという食育を体験し、その体験が楽しい思い出になったと思います。そのことで大きくなった時に野々市を自分の故郷(ふるさと)だと感じてもらえるようになればいいと思っています。
●大学生との協業(地域社会への参加の機会)
野々市市には大学が3つあり、近隣には2つの専門学校があるため、当社の管理物件の入居者も3割が学生です。そこで、4年前から金沢工業大学の建築学科の大学生をアルバイトとして雇い、設計士のアシスタントの仕事をしてもらっています。学校での学びを社会で実践できる場を作ろうと、大学生と一緒にいろいろな取り組みを始めました。今年は、“在校生が考える新入生のための部屋作り”です。大学生には、入居者の満足、大家の満足、家賃に見合ったコストの条件も満たすようなプランを、と課題を出しました。大学生は、設計はもとより材料選びから見積もりまで行い、最終的には大家さんへのプレゼンまでしてもらいました。私たちが部屋のリノベーションをすると、デザインなど見た目を重視しがちですが、大学生からは“教科書が多いので壁に本棚を取り付け、可動式にすると使いやすい”とか“レポートはパソコンで作るのでインターネットが通っていたほうがいい”などと、彼らにしか分からない意見が出ました。その結果、部屋は満室になり、学生はいい経験になったと喜んでくれ、大家さんからも高い評価をもらいました。私たちも発想の転換が必要だということを大学生から学ばせてもらいました。
それ以外にも、石川県立大学の大学生と、地元の農産物で新しい特産品を作り、商品化しようという取り組みもしています。学生時代という貴重な時間の中で、地域の人たちと一緒になって活動した経験や、地域の人たちから「ありがとう」と喜んでもらえた経験は、社会生活でも必ず役に立つと思います。そして、地域に対する愛情が生まれ、“野々市で働こうかな”“野々市に住んでみたいな”と思ってもらえれば幸せです。これからも、大学生と一緒に行動し、地域の課題を解決していきたいと思っています。
また、地元のフリーペーパーとコラボして「NONOICHIスタイルブック」を発行しています。これは部屋探しをする人に野々市暮らしの魅力を伝えることを目的として、お店の紹介や住人のインタビューなどを載せたマガジンです。さらに地元のスポーツチームを応援しようと、プロフットサルチーム“ヴィンセドール白山”のスポンサーになっています。私はエグゼクティブアドバイザーとして、市長訪問など、運営のサポートもしています。選手もコーチも野々市に住んでいる人が多く、そのうち何人かの選手を正社員として雇っています。その他、今秋には市内の空き地を使って地元の農家と野菜マルシェも行う予定です。このような一つ一つの動きが地域の魅力につながっていくのではないかと思っています。
働く社員と家族、協力企業を大切にする
─「社員の幸せ」の実現のために取り組んでいることを教えてください。
私は、社員は対等なパートナーだと思って一緒に仕事をしています。会社のミッションとして、“社長のための会社ではなくて、当社で働く社員とその家族を大切にします”“協力企業や取引企業パートナー、そして地域社会の持続的発展可能なまちづくりを通じてHAPPY SMILEを広めるために会社は存在しています”と宣言しています。
また、ミッションとともに大事にしていることとして「rooms宣言」があります。“この地域やこの国の未来に希望をつくろう”ということを掲げています。同じ気持ちを持って働く社員がいて、彼らが働きがいを感じ、笑顔で生き生きと輝けば、その笑顔がお客様や協力業者など、パートナーや仲間たちを笑顔にし、その笑顔がまちをHAPPY SMILEにする、という考え方です。
社長と社員がお互いをあてにし、あてにされる信頼関係をどうやって構築するか、社員のHAPPY SMILEをどう実現するか、ということについて日々考えています。そのために大切にしていることが“対話を重視した会社づくり”です。経営者と社員、社員同士が信頼できるパートナーになることを目指しています。2014年からは、“コミュニケーション”というテーマで、社員全員の討論会、部門を越えてのクロスミーティング、朝礼の改善、年2回の社長との直接面談、入社4年目までの社員とのランチ会などを行っています。情報公開も積極的に行い、毎月の全社会議では売上や利益、経費の内容も全て社員に伝えています。
職場環境の整備という側面では、就業規則や社内ルールを見直し、アニバーサリー休暇を設けたり、残業削減のためにITの環境を整えています。働く喜びを感じてもらうために、人事評価基準を明確にし、給与規定の見直しもして、働く社員の幸せを考えた企業づくりを行っています。
私たちの業界も、今まではお互いが競い合う関係でした。しかしこれからは、“共創”関係になっていく必要があります。社員教育も同様に、“社員共育”という考え方が必要で、愛情を注いで成長させることで人材を“人財”にしていかなくてはなりません。
当社では5年ごとに経営理念に基づいたビジョンを策定しています。2015年に発表した“絹川商事新ビジョン2020”では、HAPPY SMILEを人と人をつなぐ大切な言葉とし、①椿※4のまちでHAPPY SMILEな暮らしづくり=お客様満足の向上 ②社員が主役のHAPPY SMILEな会社づくり=企業品質の向上 ③未来に向かってHAPPYSMILEなまちづくり=地域への貢献、を掲げました。
嬉しいことに、戦略やビジョン、会社運営の体系づくりなどを策定する過程で、“会社とは皆でつくりあげるものであり、そのなかでお客様の喜びを感じ、自分が成長できる大切な場なんだ”と言ってくれる社員も出てきました。
─「共存共栄」についての取り組みを教えてください。
当社のビジネスパートナーには、オーナー、協力業者、関連子会社、弁護士、会計士、各種業界団体などがあります。不動産オーナーのための「絹川グループ友の会」や、建設業者・協力業者のための「ルームズ会」を25年以上運営しています。
また、社会貢献、社員の幸せの追求、共存共栄という経営理念に基づいた経営のあり方が評価され、2015年から4年連続で企業品質賞を受賞し、2018年は最優秀賞※5をいただくことができました。
「善の巡環」の考え方を継承する
─今後の取り組みについて教えてください。
まちにはいろいろな困りごとや課題がたくさんあります。まちを良くするためには市民と一緒になって、種をまき、耕し、成長させなくてはなりません。その活動を通じて、はじめてまちの人たちと信頼関係を築くことができます。地域をもっと良くしたいという想いで活動すれば、地域が活性化していきます。そうなれば人が集まり、家が必要になります。私たちの役割はそのお手伝いをすることです。
─そのような地域のためのボランティア精神はどこからくるのでしょうか?
祖父が創業した時から伝えてきた、「他人の繁栄を考えなくして己の繁栄はありえない」という「善の巡環」の考えが、当社の行動規範になっています。私は祖父と父から事業を引き継ぎましたが、“私たちは何のために事業をしているのか”“何を大切にしたいのか”という創業の精神も引き継いでいます。祖父は農家を助け、地域の人に喜んでもらいたいと事業を始めましたが、私も自分たちの利益というより、住まいや暮らしの提供を通じて多くの人たちを笑顔にしたいと思ってやっています。当社は祖父が残した「人間は健康にして自己の仕事を通して社会に貢献し、勇気と根性をもって人生行路を楽しく愉快に生きていくものなり」という教えを社訓にしています。この精神を継承し、これからも謙虚にお客様や地域の声に耳を傾け、社員や市民と一緒になって課題を解決していき、野々市を笑顔あふれるHAPPY SMILEなまちにしていきたいと思います。
※1 人口等の数字は全て2018年11月末時点。
※2 農事組合法人北辰農産(石川県白山市) 代表理事:舘 喜洋
※3 虫送り(むしおくり)は、日本の伝統行事のひとつ。農村において、農作物につく害虫を駆除・駆逐し、その年の豊作を祈願する呪術的行事。
※4 野々市市は、昭和49年6月19日に市花木を「椿」に制定した。
※5 (一財)経営革新審査支援機構。「日本経営品質賞(Japan Quality Award)」を中堅・中小企業向けに普及すべく、2005年度に全国企業品質賞(GBEA: Global Business Excellence Award)を創設。
絹川善隆(きぬかわ よしたか) 氏
1970年石川県野々市市生まれ。大学卒業後、関西積和不動産(現積和不動産関西)に入社し、不動産の基礎を学ぶ。1995年阪神大震災を経験し、同年に帰郷して株式会社絹川ハウス工業へ入社。2014年より代表取締役就任。賃貸仲介、管理、建設、コンサルタント事業を行っている。現在3つの会社代表を務め、まちづくり・地域づくり事業を行い、地域の活性化に努めている。
株式会社絹川商事
代表者:絹川 善隆
所在地:石川県野々市市住吉町9-32
電 話:076-248-2150
H P:https://www.kinukawashoji.com/
業務内容:野々市市・金沢市南部を中心に、新築戸建住宅・賃貸住宅の建築およびリノベーションを行う建設事業と、売買・賃貸仲介、賃貸管理を行う不動産事業を柱に事業を展開する。2年前から不動産コンサルティングに力を入れ、相続相談の窓口として「いしかわ相続サポートセンター」を開設した。