株式会社スズヒロ/静岡県浜松市

顧客志向の企業経営の実践

<取材:2018年11月>

 

市場を分析し、発想の転換で
戦わずして競合に勝つ

「アウトドア」をテーマに浜松の魅力を世界に

 

・究極のローカルの仕事にチャレンジする

・市場データを分析し、ターゲットを決め、商品を考える

・浜松をアウトドアのまちとして盛り上げたい

・365日充実した生活が送れる拠点にする

 


 

究極のローカルの仕事にチャレンジする

─不動産業を始めた経緯を教えてください。

 東京でアパレルメーカーに勤務し、店長や商品企画の仕事をしていた時に、中国へ転勤の話がありました。一度海外に出ると、中国の次はカンボジアというように、家族と一緒に赴任できない国へ次々と行かざるを得なくなります。どうしたものかと思案していた際に、社長が“これからはグローバルの時代だから、人とは逆の発想でも自分の思う方向に行くことが大事だ”というメッセージを全社員に向けて流したのです。その言葉の真意はどんどんグローバル化を進めていこうというものなのでしょうが、私は“皆がグローバルに行くのなら、逆にローカルに進もう”と捉えました。

 そこで、究極のローカルの仕事はその土地でしかできない不動産業だと思い、2010年に浜松に戻り、知識を得るため地元の賃貸管理会社に勤めたのち、実家の不動産会社を継ぎました。

 

─賃貸マンションの経営もされています。

 祖母が20年前にRC造の賃貸マンションを2棟建て、どちらもホテルの社員寮として貸していました。祖母が亡くなり私が相続しましたが、東京にいる間はノータッチで関心もありませんでした。しかし、浜松に帰った翌年に、そのホテルから賃貸契約解除の申し入れがあり、その内の1棟24戸が全て返却されてしまったのです。月に100万円以上あった家賃収入が0になり、一方で物件のローンはまだ2億くらい残っていたため、このままでは資金ショートすることが目に見えていました。

 

 

市場データを分析し、ターゲットを決め、商品を考える

─不動産の経験もなく、いきなり厳しい状況でしたね。

 管理会社で働いていたので、賃貸市場の厳しさは痛感していました。特に3点式ユニットバスの物件は人気がなく、家賃は3万円を切り、安くしたとしても稼働率は8割程度です。浜松は供給過剰の状況に加えて、リーマンショック以降入居率が大幅に下がったことから、家賃の値下げ合戦という“出口のない消耗戦”を繰り返し、業界自ら首を絞めて市場を悪化させていました。家賃を下げると収益力が下がり、その結果サービスの質が低下し、入居者が決まりづらくなります。その流れには絶対に巻き込まれてはいけないと思い、①資金計画を立て ②マーケットを調査し ③物件のターゲットを決め ④物件のポジショニングを考えることにしました。

 まず最初に行ったことが資金計画の見直しです。ローン期間を延長し、投資額は家賃収入の2年分以内の1,500万円に収めるという方針と、当時は個人事業だったので、事業計画で赤字が出た場合の繰り越し期間の目安を3年間と決めました。銀行にローンの返済期間の延長をお願いするにあたっては、要望を受けてもらえないなら他行に借り換えると交渉し、結果的に支払い期間を20年延ばすことができました。

 

─マーケット分析からどのようなことがわかりましたか。

 浜松市の人口は約80万人ですが、30年後には66万人になると推計されています。また、浜松市内の賃貸物件戸数は約10万戸で、その内、空き家は常時1.6万戸くらいです。一方、20代の人口は8万人、30代が10万人と合計18万人で、その内6割が未婚です。従って、“単身者向けアパート市場は、潜在的にそれなりにある”と思いました。

 次に単身者市場を掘り下げました。バス・トイレ別の部屋と3点式ユニットバスの部屋を比べると、賃料で1万円程度の差があります。また、ワンルームに住む人は、7対3で圧倒的に男性比率が高く、3点式ユニットバスになると女性比率は1割程度に下がります。さらに、女性は防犯上の懸念から、1階に住む人が1割程度しかおらず、2階以上の部屋でかつ水回りが良く、セキュリティが高い物件を望みます。そのため、男性より3,000~4,000円高い家賃を払っています。そこで、“1階は家賃が安くなる傾向があるので手を打つ必要がある”ことと、“女性を取り込めるかどうかが勝負どころになる”と考えました。

 世の中をもう少し俯瞰して見るためにPEST分析を行いました。浜松は工業のまちで、生産拠点が海外に移転したり海外から安価な製品が輸入されると、経済は地盤沈下し所得が減っていきます。そうなると、“実家暮らしの若者(パラサイト)”が増えます。また、今の若者は節約志向であまりモノに執着しないことや、東日本大震災以降、人とのつながりを重視する傾向にあることから、これからは“家や車を皆でシェアして豊かに暮らす”という生き方が大きな流れになると考えました。

 

─そこからどのような戦略を導いたのですか。

 この物件の打ち手を考えるために3C分析を行いました。まず、競合分析です。直接的に競合するのは浜松市内の単身者向けの賃貸物件ですが、間接的には実家暮らしの単身者ということになります。ボリュームを調べると、単身者の若者のうち、概ね7割が実家暮らしで、特に女性が多いことがわかりました。20~30代の人口が約18万人で、6割が未婚、その内7割が実家暮らしとなると、対象は8万人弱です。次に、顧客分析です。顕在的なニーズは、物件の立地、家賃、間取りなどの条件になりますが、潜在的ニーズで、浜松ではまだ掘り起こされていないという点を考えると、“わくわくする住まい方”とか“面白い住まい方”というものがあると思いました。最後に自社分析ですが、強みは特になく、一般の物件を管理した経験もありません。3C分析では、顧客のニーズと自社の強みが重なっているところに新しいサービスが生まれますが、今振り返ると、従来の賃貸業や不動産業の常識がなかったことが逆に幸いして、柔軟な発想ができたのかもしれません。以上の分析の結果、物件のターゲットを、“20代、30代の社会人の男女、男性は転勤して浜松に来た人、女性は実家暮らしの人”としました。

 最後に、出口のない消耗戦に巻き込まれず“競争せずに勝つ”ための物件のポジショニングを考えました。機能的価値に注目すると、古い物件は部屋をリノベーションして、新築に近づけようとしますが、共有設備は古いままです。そのため、中古物件でも“共有設備の機能が高ければ競争相手はなくなる”ことになります。一方、情緒的価値に注目し、安心感が強いのとワクワク感が強いのとではどちらが差別化しやすいかを考えました。デザイン性の高いリノベーションをすると、おしゃれでワクワクしますが、競争しないようにするためには“デザインを凌駕するようなワクワク感”を感じる物件にすることが必要だと思いました。

 

─具体的にどのような物件にしたのですか。

 方向性はシェア型賃貸住宅にすることを決め、仕組みは首都圏の先進事例をネットで研究しました。次に、事業の収益性を組み立てました。今後人口が減少し、賃貸の空室が増加する傾向が続くことを考慮すると、稼働率は良くても9割程度で、24室の物件なら常時2~3部屋が空室の状態になります。しかし家賃を下げて稼働率を無理やり上げても、グロスの賃料収入は、家賃×稼働率で計算されるために増えません。そこで発想を逆転し、“空き部屋がある前提で考える”ことにしました。特に1階の中住戸は空く可能性が高いので、そこを皆のシェアスペースにすることで物件の価値を上げて賃料をアップし、さらに女性や実家暮らしの人を惹きつけることで稼働率をアップさせ、物件全体の収益を上げようと考えました。

 部屋の改修は、ミニキッチンをワイドなIHキッチンに交換、インターネット無料、TVモニター付きインターホンなど、女性に必要な水回りの改修とセキュリティ機能を強化しつつ、費用がかかるので3点式ユニットバスはそのまま残しました。一方、そのデメリットを消し、プラスアルファの価値を付けようと1階の2部屋をつぶし、共有のリビングと大きなお風呂(シェアバスルーム)を作り、コミュニティの機能をもたせました。

 

─入居者のプロフィールを教えてください。

CHERRY COURTの外観

 物件名を「シェアライフ賃貸CHERRY COURT」とし、モデルルームを3部屋作り募集を開始しましたが、反響はまったくありませんでした。家賃は、共有スペースにした2部屋分をほかの部屋の家賃に乗せたので、共益費等を含めると5万3000円~の設定になりました。これは普通のワンルームよりも1万円程度高いチャレンジ価格だったのですが、不動産会社に資料を持参しても物件の企画意図は理解されず、ただ“高い”と言われるだけでした。4カ月経ってようやく男性2名、女性1名が入居したので、友達を呼んでもらい食事会を開いたところ、“シェアハウスってこんなに楽しいんだ!”という反応がありました。その時に感じたのが、“この物件は直接来て体験してもらったら決まる”ということです。そこで何回かイベントをしたり、出会いの場を提供すると、入居者が決まりだし、5カ月後には満室になりました。

 入居者のプロフィールは、20代と30代が合わせて8割、女性が6割、前住居は実家暮らしの人が4割、転勤者が3割、賃貸からの住み替えが3割と、当初想定していたとおりになりました。3点式ユニットバスの物件でも、発想を転換することで女性に人気の物件になり、付加価値があれば競合と戦わずして勝てるということがわかったのです。

 入居者はつながりも強く、皆でハイキングに行ったり、マラソン大会や音楽フェスを開いたりなど、学生のような楽しみ方をしています。実家暮らしの人も、ありきたりの賃貸物件に住むのはもったいないと思うけれど、人生が豊かになると思える物件なら実家を出ることを知りました。

 

 

浜松をアウトドアのまちとして盛り上げたい

─2棟目の物件はどのような企画なのですか。

 もう1棟の物件も、やはりホテルとの契約が解除になり3年半以内に全て退去するということになりました。各部屋は18.9㎡のワンルームですが、広い共有スペースがあったのでこちらもシェア型賃貸住宅にするつもりでしたが、総戸数が50戸と多いのでしっかりしたコンセプトを持たないと難しいと思いました。ちょうどその頃“リノベーションスクール”が開かれ、浜松市民憲章のことを教えてもらいました。それを読んで、改めて浜松は山と川と海と湖がある自然に恵まれた美しいまちなんだと気付き、感動しました。その時に浮かんだのが「アウトドア」という言葉です。アウトドアを物件のコンセプトにし、ワクワクするようなコンテンツを入れ、将来的に浜松が“アウトドアのまち”であることを発信できる拠点にしたいと考えました。

 

アウトドアリビング

アウトドアテラス

ボルタリングの壁

 

 早速、42畳の共有スペースをアウトドアリビングとして、アメリカの西海岸風にインテリアを統一し、天竜区春野町の松を梁にしてハンモックを吊るし、キャンプ用品をレンタルできるようにしました。中庭には本格的なボルタリング用の壁を作り、屋外テラスでは、テントを張って泊まったりバーベキューを楽しむことができます。さらに、ダイニングエリアには大型キッチンを置き、大きなシェアバスルームや音楽スタジオを設けました。

 また、物件の規模が大きいため住む人だけをターゲットにしたのでは厳しいと思い、事務所として使う人や泊まる人も対象にし、1階を事務所向け賃貸、2階以上を住居としました。この物件を「365BASE」という名称にして2015年7月にオープンしたところ、募集してから7カ月で満室になりました。

 

─ゲストハウスも物件内に併設しています。

365BASE OUTDOOR HOSTE

 宿泊希望者には、マンスリーマンションのように、1カ月以上の賃貸借契約を結んだうえで部屋を貸していましたが、1週間から利用できるショートステイをスタートすると、外国人がたくさん来てくれるようになり、入居者との交流も生まれ始めました。ちょうどオープンから2年程経った頃、1階の2部屋が隣同士で空いたのでそれをつなげ、2段ベッドを5台入れてドミトリーにし、旅館業の免許を取得しました。その後稼働率が6割を超えたことから、1階のテナントには全て2階以上へ移ってもらい、ベッド数を32、ダブルルームを4部屋まで増やし、2017年8月に「365BASE OUTDOOR HOSTEL」としてゲストハウスをオープンしました。ホテル事業はシーズン性に影響されるので、工事費用は稼働率が3割でも1年で回収できる金額に抑えました。

 2つの物件を通じて、共有スペースを作ることによって家賃を上げられるということがわかりました。今までの賃貸経営の考え方では収益効率を高めるためにレンタブル比を上げて部屋数を増やしていましたが、非レンタブルのスペースを2割設けたとしても、そこに付加価値が付けば、家賃に2割以上転嫁できたのです。

365BASEの見取り図

 

─地域にはどのような影響が出始めましたか。

 シェア住宅に入っている人たちが物件周辺の飲食店を開拓し始めました。そして“あの店良かったよ”と私にも薦めてくれます。ゲストハウスの宿泊客にそのお店を薦めると、どんどん地域の店に行くようになり、逆にお店からも“この間も外国人が来たよ”とお礼をいわれます。このように入居者と地域のお店がつながり、地域にお金が落ちるようになりました。旅行者も地元の人とコミュニケーションがとれ、とてもいい体験ができたと喜んでくれます。今後新たなお店が生まれ、地域に雇用が生まれてくれればいいと思います。

 

 

365日充実した生活が送れる拠点にする

─「365」がテーマになっています。

365BASEの外観

 不動産業以外に、2015年から「365LIFE」という浜松の不動産の検索サイトを運営しています。私たちがまちを回りながらセレクトした物件を詳細なレポートとともに紹介することで、月間のユニークユーザー数は3万人になりました。ネーミングの由来は、私が独立した時のテーマ「365日、充実の日々」です。「365LIFE」は、“365日、毎日充実した暮らしを実現しよう”、「365BASE」は“365日ワクワクする秘密基地”という想いを込めています。

 

─入居者とはどのように関わっているのですか。

 フェイスブックのグループ機能を使って、入居者専用のグループを作っています。そこで入居者同士、入居者と私たちがコミュニケーションできるようにしています。一般的な賃貸物件は隣に誰が住んでいるのかも知らず、何かあると管理会社に電話をします。しかもクレームの多くは、“隣の人がうるさい”というものです。しかし、隣との壁を取り払い、お互いが顔見知りになれば仲良くなり、楽しく暮らせます。今は「賃貸は人生をつくる場所だ」ということを実感しています。

 入居審査は全て直接行います。当社の物件の入居者は人生に対して前向きで、ポジティブな精神をもった人が多いので、合わないと思ったらお断りをすることもあります。

HOLSTEE社のマニフェスト

 入居時には、入居のしおりを渡し時間をかけて説明します。「365BASE」の場合は、物件の説明と共に、冒頭のページに、この物件は“入居者同士のコミュニティがあり、程よいつながりのなかで助け合い、時間を共有することができます。1人暮らしができる期間は人生のうちでほんの一瞬です。その大切な時間を365BASEの仲間たちと共有しながら、1人暮らしライフを楽しんでください”と書いています。

 しおりの最後には、コミュニティの中で生活する心構えとして、ニューヨークのデザイン事務所HOLSTEE社のマニフェストを引用しています。“人生とは、あなたが出会う人々であり、その人たちとあなたが作るもの。だから、待っていないで作りはじめなさい”。私はこの言葉が大好きです。いろいろな人に出会い、豊かな暮らしを感じながら365日充実した人生を送ることができる。そのような拠点をこれからも作っていきたいと思います。

 

 


 

古橋啓稔(ふるはし ひろとし) 氏

1975年静岡県浜松市生まれ。大学卒業後、カジュアル衣料品の製造小売りをする会社に入社。店長、商品企画の仕事を経験し、2010年に地元浜松の賃貸管理会社に転職。不動産の基礎やマネジメントを学び、2015年に株式会社スズヒロの代表取締役に就任。不動産のセレクトショップ『365LIFE』を立ち上げ、若年層に支持される不動産メディア(仲介)を運営する傍ら、シェア住居事業、宿泊業、レンタカー業、リノベーション工事業などを通して地域の活性化に力を入れている。

 

 

 

株式会社スズヒロ

代表者:古橋 啓稔
所在地:静岡県浜松市中区曳馬2-1-25 365BASE1F
電 話:053-411-6008
H P:https://365life-realestate.com/
業務内容:浜松市でシェア型賃貸住宅「CHERRY COURT」と、ゲストハウス併設の賃貸住宅「365BASE」を経営する。また、個性的な物件を紹介するメディア「365LIFE」を運営し、不動産とリノベーションをワンストップで提供する商品「RenoCiao!」をローンチ。