株式会社スペースRデザイン/福岡県福岡市

地域を魅力的にする取り組み

<講演:2019年11月>

 

リノベーションに頼らない、
地方都市における賃貸経営の実践

外構デザインとDIYワークショップで物件の価値は向上できる

 

・リノベーションで家賃が上げられない!

・コミュニティデザインを学び、実践する

・コミュニティデザイナーと団地DIYデザイナーの誕生

・入居者の「共感」が高まれば、団地の価値も高まる

 


 

リノベーションで家賃が上げられない!

コーポ江戸屋敷の外観

 2015年に“コーポ江戸屋敷”という、昭和53(1978)年築のRC造4階建て、南北方向に3棟連なる全48戸の団地型の賃貸住宅を購入しました。立地は福岡県久留米市の、西鉄久留米駅から約2.5kmほど南に行った住宅地の中にあるバス便の物件です。よくあることですが、困ったことに、売却のために家賃を下げるなどして無理な満室になっていましたので、購入後時間が経つにつれて空室がでてくるようになりました。これまでの経験から当然の対処方法として、1部屋当たり200万円程かけて5部屋のリノベーションを実施し、募集家賃も月額5万円から7万円に上げることにしました。その結果、購入時は月額の家賃収入が約190万円だったものが、リノベーションを実施して約200万円まで一時的に上がりました。しかし、多くの入居者はここに住む必然性がなかったと思われ、退去者が続出しました。さらにこの辺りは月額6万円台でローンを組めば新築戸建て住宅が購入できるため、家賃を上げるのにも限界があり、しばらくすると家賃収入は約185万円まで落ちてしまいました。退去者が続く一方で、リノベーションにお金をかけても改修が困難となる悪循環が続き、経営的に非常に困った状況に陥りました。

 

 

コミュニティデザインを学び、実践する

 私たちが福岡市内で行ってきたリノベーションは、家賃を上げて長期経営のための大規模改修の投資を回収するための技術ですが、地方都市ではこの方法が成り立たないことがわかりました。そこで発想を転換し、どうせ空き部屋があるのならそこを団地活性化のヒントを学ぶ場にしようと、東京から㈱チームネット代表の甲斐氏※1を講師として招き、「コミュニティデザインカレッジ」を始めることにしました。2016年から8回にわたる講義には、久留米市などの筑後を中心に大阪や東京からも参加があり、延べ300人以上の人が“コミュニティデザインとは何か”“コミュニティを生かすにはどうすればいいのか”などについて学びました。

 そこで学んだことは、コミュニティを生かすことと仲良くすることはまったく別物だということ。そして、幸せな暮らしを実現するにはその人の自己肯定感を増やすことが必要で、そのためには、入居者の間に持続的な相互承認ができる関係性が生まれるような建物にすることが重要だということです。そこでヒントとなるのが「コミュニティベネフィット」という考え方です。それは、住人同士が無理に仲良くするという設定をしなくても、管理者が住人にとって利益(ベネフィット)があるという共通の価値観が生まれる状況を作れば、コミュニティが自然と形成され、豊かな環境を育み、結果的に建物の価値が上がるという考え方です。そして、その共通の価値観を生むためには「アフォーダンス」という考え方を取り入れます。それは、暑い時には木陰に人が集まるように、生理的に心地よい環境を作れば、人は無意識にその場所に集まり、自然とつながりを作っていくという理論です。

コーポ江戸屋敷の活動年表

 そのような考え方をもとに、参加者みんなで何をすればいいのか考えました。その結果でた答えが「外構(ランドスケープ)」のデザインをDIYで創り続けるというものでした。今までは一生懸命部屋の中のリノベーションを行っていましたが、そのよさがわかるのはその部屋の入居者だけです。コミュニティ形成のために重要な場所は、むしろ専有部とまちをつなぐ敷地の共用部にあります。「外構」を整えることで建物の住人だけでなく、近所に住むまちの人たちにも豊かさを感じてもらえることが外構のデザインの効果であり、団地の価値につながるのではないかと考えました。そこで、“みんなで木を植えて、ウッドデッキを設置して、ピザ窯を作り、まちの人たちも自由に使える、外構でつながった素敵な団地にしよう”というコンセプトを創り、7年後の実現を目指しました。

 外構デザインの最初の具体的な取り組みとして甲斐氏からもらったアイデアは、“ゴーヤで緑のカーテンを作る”というものでした。入居者に対して「エアコンの要らない生活をしよう」というテーマを設定し、ワークショップでゴーヤを植えて緑のカーテンを作り、室内の温度変化をデータで見ながら涼しくなる体感をしてもらいます。すると、次から「ゴーヤ植えをしましょう」と呼びかけると自然と人が集まるといった関係性ができました。このことから、管理者の役割として、テーマをどう設定するかがコミュニティ形成のうえで大事なポイントになると思いました。

 

 

コミュニティデザイナーと団地DIYデザイナーの誕生

 団地運営のサポートを地元久留米市で賃貸経営をしている半田啓祐氏と満氏※2(以下、半田兄弟)に依頼しました。彼らには「団地コミュニティデザイナー」として週2日団地に通ってもらい、入居者との日常の会話を通じて要望を吸い上げ、私たちがこの団地で実現していきたいことを伝えるとともに、団地内のイベントやワークショップへの参加を促し、入居者同士の交流の輪を広げる役割をお願いしました。また、2カ月に1回ほどのペースでニュースレター「コーポ江戸屋敷だより」を発行し、エントランスに掲示したり各戸に配布することで、そこで集めた情報やイベント、工事の案内を伝えています。

BASEから外につながるデッキ

 「コミュニティデザインカレッジ」には半田兄弟の誘いで、大工、電気工事、左官、造園等の久留米市内外の若手の職人たちが参加していました。すると、その勉強会で“職人のシェアオフィスを作ってはどうか”という提案が彼らから出てきたのです。彼らはクリエイティブな仕事をしたいという想いと現状の下請けの仕事の限界に悩んでいました。そこで、施工会社の下請けから元請けに転換するというビジョンを掲げ、職人産業をもう一度復活させるための部屋を作ろうと考えたのです。そして、さまざまな業種の職人たちが集まって総合職人チーム「VOICE」を形成し、2017年には団地内に「BASE」というシェアオフィスを作りました。当社としては団地内の補修工事がたくさん必要なのでいつでも頼めるようになりますし、職人たちは団地を動かしていけるという可能性を感じながら、DIY等の新たな技術や、元請けになるための技術が磨けるということでwin-winの関係が生まれました。

 VOICEは今では10人以上のチームになり、窓口の職人が受けた仕事をチームの横のつながりで完成させるという、企画から施工までの一連のプロジェクトを工務店抜きで請け負えるように活動をしています。また、BASEはベランダ側に外に続く階段を設け、デッキとパーゴラを作り、専有部でありながら入居者も自由に出入りできるようにすることで、パブリックとプライベートの境目を取り払ってくれました。さらに、2019年11月には、当初の計画より大幅に早く団地と道路をつなぐウッドデッキが完成し、DIYワークショップでベンチを作り、シンボルツリーとしてナンキンハゼを植樹しました。

 このように団地内に「団地コミュニティデザイナー」という職能と、職人の新しいスタイルである「団地DIYデザイナー」という2つの職能が生まれたことで、新たなつながりがわかりやすく見えるようになり、入居者の意識も大きく変化してきたのです。

 

外構DIYで造ったウッドデッキと植樹したナンキンハゼ

団地内のパン屋さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入居者の「共感」が高まれば、団地の価値も高まる

 勉強会に参加していた大阪のURの方との交流から、ガーデニングのヒントをもらいました。デッドスペースになっていた敷地の西側のスペースを「みどりの小径」として入居者や市民の皆さんと整備し、造園職人の指導のもと、“たねダンゴ”という手法で種を植えました。そこはほんの小さなスペースですが、パブリックなスペースを地域に開放してDIYを行うことによって、その後いつの間にかマルシェが開かれたり、お店などまったくなかった住宅街の団地にパン屋さんがオープンするという夢のようなことが起こり始めました。

 このように外構のデザインを整えDIYワークショップを繰り返すことによって、団地の魅力が“見える化”してきました。入居者にアンケートをとると、外構のDIYワークショップを始めてから2年目の2019年の調査では、“入居者と管理者の間にまったく接触がない”と回答した割合が2015年は100%だったのが、ワークショップを行う前の2017年は65%、2019年は5%と大幅に減少しました。また、“声かけや会話がある”という入居者の割合は、2017年の11%から37%に、“イベント参加”の経験は13%から35%。そして“「共感」あり”と感じている人の割合は15%から40%まで増えました。このように外構DIYワークショップを続けることで、入居者と管理者の間、ひいては入居者間のコミュニケーションの密度が格段に高まりました。

 

経営の数字が変わった

他のコミュニティに影響が波及していく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その結果、経営の数字も変わりました。リノベーションという投資をしても翌年には売上が落ちていたのが、外構DIYワークショップをすることで家賃収入が回復してきたのです。リノベーションを行わなくても、入居者との接点が持てる取り組みを継続し、それを“見える化”することによって入居者の「共感」を得られ、建物の価値が蘇っていくことを実感しました。

 「コーポ江戸屋敷をどうすればいいのか」ということをオーナーと管理会社がじっくり考え、そこに「団地コミュニティデザイナー」と「団地DIYデザイナー」が関わることで企画がどんどん生まれ、新しい仕事が地方都市に起こってくる可能性を感じています。さらに、久留米工業大学や久留米市役所とのコラボレーションの企画が生まれ、それが飛び火して地域のまちづくりに取り組む他のグループや、大阪のURの社員やUR団地の入居者へと関係性が広がっていきました。

 福岡ではリノベーションデザインというハードを改善する方法で、居住者やテナントとの共感を生み、市場を創っていくことで経営が成り立っていましたが、地方都市ではその方法は通用しませんでした。地方都市では、DIYという手法で外構をリノベーションし、時間をかけてつながりを形成し、入居者の共感を得て(DIYデザイン)、それをさらに時間をかけて重層化、ビンテージ化していき(リレーションデザイン)、その動きが他の地域に広がっていく(マーケットデザイン)というような、3つの経営デザインを同調させることによって経年賃貸団地の市場が動いていくのではないかと思います。

 では、その基点となるDIYという手法でなぜ共感が起こるのでしょうか。それはDIYに人を巻き込む力があるからです。DIYイベントをするとオピニオンリーダーが生まれます。そのイベントを広報することで共感者が生まれ、彼らがファーストフォロワーになり、そこから入居者や移住者が生まれます。このサイクルを強い意志で時間をかけて回し続けていくと、輪が大きくなり、それが広がっていき、大きなお金をかけなくてもマーケットを変えることができるのではないかと思います。地域を再生したい、元気にしたいという熱量をもったパイオニアがまちに生まれ、DIYという手法を組み込めば、必然的に大きな変化が起こるということをコーポ江戸屋敷の取り組みで学んでいます。

 

地方都市において市場を動かす3つのデザイン

DIYでソーシャルムーブメントを起こす

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※1 本報告書50ページ参照

※2 H&Amanagement 福岡県久留米市 平成28年3月全宅連発行「RENOVATION2016」参照

   https://www.zentaku.or.jp/cms/wp-content/themes/zentaku2020/assets/pdf/research/estate/research_project/archive2015/case2-1-12.pdf

 


 

 

吉原勝己(よしはら かつみ) 氏

株式会社スペースRデザイン/吉原住宅有限会社 代表取締役
1961年福岡市生まれ。九州大学理学部卒業後、旭化成で医薬品の臨床研究を17年間行う。その後、賃貸ビル経営管理の吉原住宅に入社。2006年NPO法人福岡ビルストック研究会設立、2008年にスペースRデザイン設立。老朽ビルの再生が、資産価値向上と人のつながりを深める手段となることを確認する。2016年、経産省「先進的なリフォーム事業者表彰」など受賞歴多数。

 

 

 

株式会社スペースRデザイン

代表者:吉原 勝己
所在地:本社 福岡市中央区大名2-8-18天神パークビル
冷泉荘サテライト 福岡市博多区上川端町9-35 A12号室
電 話:092-720-2122
H P:https://www.space-r.net/
業務内容:不動産経営再生コンサルタント、不動産管理・仲介、工事監理、空間デザイン・WEBデザイン、損害保険代理業

 

 

 

吉原住宅有限会社

代表者:吉原 勝己
所在地:福岡市中央区大名2-8-18天神パークビル
電 話:092-721-5530
H P:http://www.tenjinpark.com/
業務内容:福岡都市圏でオフィスビル・駐車場・賃貸住宅のプロパティマネジメント(経営管理)

関連団体:NPO法人福岡ビルストック研究会、ビンテージのまち株式会社(両社共通)