公益社団法人広島県宅地建物取引業協会
地域の安全性を確保する取り組み
<取材:2019年11月>
「平成30年7月豪雨災害」を振り返る
災害対応はスピード重視:大家と行政の協力を取り付け、1日で引き渡しまで完結させる
2018年7月5日から8日にかけて、台風7号および梅雨前線の停滞の影響で記録的な豪雨が発生し、広島県は土砂災害や家屋の浸水など大きな被害を受けた。公益社団法人広島県宅地建物取引業協会(以下、広島県宅建協会/会長:津村義康氏)は災害発生翌日から広島県との災害協定に基づく協力に向けて動き始めた。広島県宅建協会と会員の活動について記録する。
・平成30(2018)年7月豪雨災害に対する広島県宅建協会の対応状況
平成30(2018)年7月豪雨災害に対する広島県宅建協会の対応状況
〇被害状況
【広島県の応急仮設住宅(民間借上げ型)の概要(広島市含む)】
1.入居者の要件
① 広島市、呉市、三原市、尾道市、福山市、東広島市、江田島市、府中町、海田町、熊野町、坂町に住所を有する方
② 住家が全壊、半壊、一部損壊、床上浸水等し、みずからの資力で住家を得られない方
2.借上げの条件
① 県と協定を締結した不動産関係団体が斡旋した住宅等
*広島市は、原則新耐震基準で建設(昭和56年以降建設)されたものまたは耐震改修により耐震性が確認されたもの
② 賃借の形式及び契約期間
- 貸主と県(及び広島市)は定期借家契約を結ぶ。契約期間は1年間
- 県(および広島市)は入居者と使用貸借契約を結ぶ。契約期間は6カ月
*災害救助の事情に応じ、当初契約日から2年間を限度に再契約を締結できる
③ 家賃
3.費用負担
① 県の負担
- 家賃
- 礼金(限度:家賃の1カ月分)
- 仲介手数料(限度:家賃の0.54カ月分)
- 火災保険(限度:15,000円/年、8月10日以降は県が損害保険会社と包括契約を締結した火災保険)
- 退去時修繕費(限度:家賃の1カ月分/年)
② 入居者の負担
- 光熱水道費その他専用設備にかかる使用料
- 駐車場使用料
- 共益費、管理費
- 自治会費
- 入居者の故意または過失による損壊に対する修繕費用
4.入居期間
- 6カ月(災害救助の事情に応じ、限度:最長2年間)
〇広島県宅建協会の対応内容
災害対応はスピードが重要。書式や手続きの簡略化を考える
─災害発生後からの協会の対応について教えてください。
津村義康 氏
広島県宅建協会 会長
株式会社津村ハウス
代表取締役
池元孝美 氏
広島県宅建協会 副会長
安芸・賀茂支部長
全建不動産 代表
津村氏:7月5日は協会事務所で待機しており、昼過ぎまでなんの連絡もなくよかったと思っていましたが、夕方になると「三原市の本郷地区が大変な状況です」といったニュースが入ってきました。その後、どんどん災害の情報が入ってきて被害は県下全域に広がっていることがわかりました。
まず考えたのは、借上げ住宅の相談受付窓口にどれくらいの人数を割く必要があるのかということです。最初は10人程度と思っていましたが、一つの支部ではなく安芸・賀茂支部や呉支部も大変なことになっているとの話でしたので、広島県各地に100人以上は応援が必要だろうと考えました。また、私の立場ではボランティアではお願いできないので、その費用の捻出方法についても考慮が必要でした。
池元氏:私が担当する安芸・賀茂支部では、10カ所の窓口で3日間受付を実施することになると延べ60名以上は確保する必要があると思い、実務経験が豊富で協力してもらえそうな人を中心にピックアップしました。夜の8時過ぎまで電話をかけ続け、それでも足りないのでほかの支部長にも応援を要請し、相談会前日の昼過ぎまでかかってやっと確保できました。ただ、借上げ住宅の内容については詳しく説明する時間がなく、事前に何の資料も用意できなかったので、あとから県の説明で概要を知った、と皆さんから叱られました。
今田氏:2014年の土砂災害※1の経験から、相談窓口では被災者は感情的になり場合によっては怒鳴られたり、泣かれたりすることもあります。必要なのは、絶対反論せず黙って話を聞くこと、そのようなことができる人を探して集めるのに苦労をしました。宅建協会本部としては県からの要請があった時点で各支部長に人数集めの依頼をし、足りないところには他の支部からの応援要請を行った結果、延べ143名の相談員をなんとか確保できました。
少前氏:2014年の土砂災害の時は安佐北地区の相談所に派遣されましたが、物件のこともわからなければ土地勘もなかったので、被災者の希望に応じて「物件はありますか? 車椅子対応できますか?ペットは飼っても大丈夫ですか?」と、一日中ひたすら電話をしていました。やはり土地感の有無で相談員の対応にも差が出ます。
今田正志 氏
広島県宅建協会 副会長・北支部長
株式会社トラスティコーポレーション
代表取締役
少前幸充 氏
安芸・賀茂支部 副支部長
有限会社周陽
代表取締役
貝崎事務局長:事務局の電話は、被災後3日間は朝から鳴りっぱなしでした。県からは県との災害協定に基づき、賃貸物件の確保と物件の情報提供を市町別に求められました。そこで全会員に一斉FAXとメールをし、期日を決めて返信してもらい、事務局でひたすらパソコンに打ち込んでリスト化しました。ただ、借上げ住宅の条件が県から出てくるまで時間がかかったので、借上げ住宅として提供してもらえる物件で、かつ、県との災害協定では仲介手数料は無料で協力するとなっていたことから、無償で仲介してもらえる物件という条件でまず集めました。
今田氏:被災者は、自宅を片付けたい、荷物を出したいという気持ちが強いことから、自宅から10分や20分の場所の物件を探します。しかし、その辺りには物件がなく、そこにマッチングの難しさがあります。
石原氏:会員の被災状況はFAXで確認しました。返信があったものは、会社事務所等の被災が30社ほど、自宅や車等の被害が40件ほどありました。
また、広島県は産業が発達している割には平地が少なく、山を切り開いて宅地を造成したところが多くあります。そのため土砂災害が多く、土砂災害警戒区域は県内で5,000カ所にのぼります。
─借上げ住宅の相談窓口の様子は実際どのような状況だったのでしょうか。
少前氏:私は海田町が地元ですので、相談受付窓口には初日が海田町、2日目は坂町の小屋浦地区と熊野町、3日目はまた海田町に入りました。被災者はテレビもなければ新聞もない状況で、受付窓口が設置されていること自体を知らない方もいました。初日はまさに修羅場といってもいい状況で、被災者の中には布団だけ持って避難所に来て、「住むところをどうしてくれる」と泣きだす方もいますし、避難所にはシャワーすらないので何日も風呂に入れない状況でした。説明会は、罹災証明の手続き、入居申請手続き、役所の職員による借上げ住宅の説明、そのあと私たちのところで物件の相談、という手順で進みます。役所からは借上げ住宅は住民票と罹災証明のある人に貸すよう指示を受けていましたが、この時点で罹災証明を持っている人は誰もいません。
また、協会には斡旋できる物件一覧を作成してもらいましたが、それを紙で提供されました。初日の朝、会場に着くとリストを渡されたので、そこに載っている物件の空き状況を確認しようと事前に全ての業者に電話をかけたところ、ほとんどが成約していました。空いていることを確認した物件でも、「ではこの業者のところに行ってください」と被災者を送り出すと「もう決まったと言われました」と戻ってくる状況で、ひどい方になると2度や3度もそのような目にあわせてしまいました。このように物件の最新の状態をタイムリーに確認できないことは大きな障害でした。
そこで私たちは、相談窓口で全てを完結させようと考えました。被災者はすぐに罹災証明をとれるはずもなく、住民票等の書類のチェックは入居後にしましょうと市町の職員に了解をとり、まず書類の手続きを簡略化しました。次に物件の確保です。県からは「お金はあとで必ず入金するので、まず被災者を入居させてください」と要望されていました。そこで、大家さんに個別に頭を下げて了解をとり、自社で管理受託している物件の案内図と鍵を全部相談窓口に持ってきて、大家さんには現地で待機してもらい「〇時に被災者が行くから案内してほしい」と伝え、被災者には案内図を渡して現地に直接行ってもらい、気に入ればその場で部屋を押さえます。そして再度窓口に戻ってもらい、必要書類を記入し住民票を添え、その日のうちに役所に提出してしまうというやり方です。とにかく現場は大混乱でしたから、“窓口での受付、行政の制度説明、物件の説明と見学、罹災証明等の手続き、鍵の引渡し”までを1日で完結するようにしました。これができたのも3万人くらいの小さな町だったからかもしれませんが、そうやって1日に30人から50人の部屋を決めていきました。
この場合、物件をどんどん決めていくという考えではなく、相談受付に来る被災者の人数をその日のうちに1人でも多く減らしていくという考え方に立ちました。被災者は片付けのために、自宅に何度も戻らなければいけないという事情があります。1週間も経つと泥の掻き出し等でボランティアの方が入り、やはり自宅を人任せにはできませんので、最低でも1カ月は日中自宅に張り付く必要があります。そのような事情もあり、被災者を“いかに早く1人でも多く避難所から出すか”という一点に集中して対応しました。大家さんには「借上げ住宅制度の対象になるから」と、契約書が整う前に鍵を渡して入居させてもらうよう、ご協力いただきました。また、急遽物件をペット可にしてもらったりと、いろいろ無理をお願いしてしまいました。
相談窓口の対応にも地域性があり、受け付けの仕方もまったく変わります。海田町の場合と比べ、坂町や熊野町は災害の度合いが大きく、まだ多くの家が土砂に埋まっている状況で、現場は大混乱で住宅の斡旋をする以前の状況でした。3日目くらいになるとようやく落ち着き始めましたが、物件が少ないために多くの人には海田町の物件を紹介しました。そうすると今度は学校の送迎はどうする?その際の費用は誰が持つのか?といった問題が発生します。しかしそこには行政の壁があり、なかなかすぐには解決しませんでした。
─役所とのやりとりで困ったことはありますか。
池元氏:広島県や広島市は、借上げ住宅の契約について2者契約の方法をとりました。貸主と、借主である広島県・広島市とは1年間の定期借家契約を結び、広島県・広島市と借主(被災者)とは6カ月間の使用貸借契約を結びます。そのため、宅建業者は期間の違う契約書を2通用意する必要があり、しかも使用貸借契約については宅建業者に手数料は入りません。
さらに、必要書類は散逸しないように全て袋とじにしろという指示が行政から入ったために宅建業者の契約事務は大変煩雑になり、会員から不満が噴出しました。
このような契約方法は2014年の土砂災害時のやり方をそのまま踏襲したためで、限定された地域の中で、借上げ住宅の斡旋が数十件規模だった災害と、今回のような、被害が広島県全域に及び、何百件も斡旋しなくてはならない状況では本来やり方も見直すべきだと思います。
今田氏:また、県と市とでは借上げ住宅の条件が違うことも問題です。例えば、当初はどちらも物件は新耐震基準に準じるものが条件でしたが、そうなると物件が少ないということから、県はその条件を取り下げてくれましたが、市はそうなりませんでした。そのため同じ家でも広島市以外の人は借りられて、広島市の人は借りられないという現象が生じ、現場は混乱しました。
少前氏:さらに困ったのが3世帯で1件の戸建てに住んでいたような大家族の場合です。2カ所までは県の負担で借りることができましたが、3軒目は駄目といわれたので、大家さんに頭を下げて、その家賃を下げてもらったケースもあります。
火災保険の対応にも大きな問題がありました。少額短期保険の場合、引受枠が決まっています。つまり県や市が保険契約者となって保険件数が引受枠を超えると保険契約の引受が停止となってしまうのです。さらに、保険契約者から入金がないと保険は始まらず、無保険状態では入居はかないません。そのようなことから、県に保険会社と交渉してもらい、まず、特例として保険の契約を後払いで引き受け、保険会社に一時的にリスクを抱えてもらいました。併せて、保険の申し込みを県や市の包括契約にしてもらえないかということと、引受枠を超えないようにするために保険契約を入居者負担にできないかということもお願いしましたが、どちらも駄目でした。
また、重要事項説明書は普通なら5枚以上になりますが、事務を簡略化するために表裏で1枚になるよう作り直しをしました。さらに、重要事項説明そのものも不要にし、県知事のサインをもらうだけで済むようにしましたが、県からはそこに被災者のサインをもらうようにと指示が入りました。作業がまた一つ増えることになりましたが、被災者に事務所に来てもらいサインをもらうと同時に、生活のルールや解約時の規定等の説明をしました。なお、広島市の場合、テレビやコンロ、冷蔵庫や洗濯機、茶わんなどの生活備品の有無の確認と市への手配までも宅建業者がすることになりました。
石原壽之 氏
広島県宅建協会 専務理事・東支部長
株式会社イシハラ企画
代表取締役
岡本洋三 氏
広島県宅建協会 副会長
中支部長
岡七不動産 代表
岡本氏:私が広島市矢野の相談窓口に入ったのは土曜でしたが、入居申請に必要な住民票をとる際に、役所の人が「今日は出せないので月曜日に来るように」と言っていました。やはり災害時は緊急事態ですので、柔軟な対応をしてもらわないと困ると思いました。
津村氏:家賃は県から直接貸主に振り込んでもらいますが、初月は約800件のうち、約650件の入金が遅れました。そこで、慌てて副会長と県に行き、大家さんに県から直接お詫びの電話を入れてもらいました。
少前氏:一方で、被災者にとってありがたい対応もありました。まず、“契約の遡及”です。罹災証明の受け付けをしてから調査するまで時間がかかるため罹災証明がなかったり、借上げ住宅の制度を知らず先に普通賃貸借契約をしてしまった人も遡及して借上げ住宅の対象になりました。次が、“床上浸水”が半壊扱いになり、自宅が床上浸水になった人も借上げ住宅に入れるようになったことです。
また、役場には避難所のこと、救急対応のこと、借上げ住宅のこと、ボランティアの受付対応のことなどありとあらゆることが集中し、町長はじめ職員の皆さんはほとんど寝ずに対応されていました。
災害を機に行政から頼りにされる存在になる
─入居後の被災者のフォローはされていますか。
少前氏:災害発生直後は火事場の馬鹿力で被災者の入居を優先し、最初の2週間は物件を見る時間はありませんでしたが、その後、入居された被災者の被害状況を確認に行きました。被災者によっては本当に借上げ住宅の対象になる人かどうかしっかりチェックをしました。
さらに、入居後のフォローも継続して行っています。入居者からは、建て替えをした場合の資金の相談や、マンションに住み替えたいので物件を探してほしいといった相談がきます。やはり最も大切なのは話を聞いてあげることです。夫婦で来られて愚痴を言ったり将来の不安を話される方もいます。でも話をすることで気分が楽になるようです。
また、借上げ住宅の条件より家賃の高い部屋に住まざるを得なかった方もいます。その場合は、大家さんに交渉して、家賃を下げてもらいました。
ただ、使用賃貸借契約にあたっては連帯保証人や緊急連絡先をとっていないため、入居者に連絡がつかなくなることもありました。
─今後発生するであろう大規模災害について、今から備えておくべきことはどのようなことですか。
池元氏:今回の災害では役所も私たちも一生懸命対応しましたが、2014年の経験があまり生かされず、対応が後手後手になっていい結果がでないことも多々ありました。安芸・賀茂支部では、大震災に見舞われた宮城県宅建協会、熊本県宅建協会、それに全国の災害対応事例をとりまとめた全宅連の不動産総合研究所を訪問し、災害時にどのようにして業務を回したかについて話を聞いたり、契約書等の資料を集めました。広島では行政とぶつかることもありましたが、災害を機に距離が近くなったと思います。そこで、これまでに生じた行き違いや、他県で集めた情報を整理して「こうすればもっと業務がスムーズに流れる」「契約書はほかにもこのような形式がある」などという議論を県や市の担当者としながら、いざという時に生かせるようにしていきたいと思います。また、役所は定期的に人事異動があるので、うまく情報が引き継げるよう4町の自治体の担当者との懇談会を検討しています。
災害はいつどこで発生するかわからないので、全宅連もせっかく全国の情報を持っているのだから、契約書や重要事項説明書を体系化して、2~3のパターンに整理して全国の宅建協会が活用できるようにしてほしいと思います。また、被災者が希望する物件の条件はどの地域でも大体似通っているはずなので、宅建協会としても平素から会員業者に対して物件情報の整備や大家さんへの理解を得てもらう等の協力依頼をしておくことが大事だと思います。
今田氏:広島県宅建協会には“スマイミー”という物件情報サイトがあります。ここに借上げ住宅の特設ページを設けることと、日々刻々と動く物件の状況を現場で確認できるように、相談窓口でタブレットを使って検索できるようにしていきたいと思っています。
岡本氏:2014年に土砂災害が起きた地区では、住民は何年か経って皆帰ってきました。新築を建てるには新たに擁壁を作る必要がありますが、各自が300万円程かけて整備し、行政も道路を広くし、砂防堰堤も整備したおかげで地域一帯の価値が上がり、地価が6年前の水準まで戻りました。宅建業者もこれからは、ハザードマップを使って消費者にリスクを伝えると同時に、新たに整備されたインフラ等の内容を伝えることによって、地域に人が戻ってくるようにしなくてはならないと思います。
津村氏:災害が発生すると国や県は指示を出しますが、実際の窓口で動くのは市町の職員です。宅建協会としても、日頃から市町の担当者と災害時に備えて定期的に情報交換をしておく必要があります。
今回の被害の対応における役員や会員の方の献身的な働きのおかげで、行政の皆さんは宅建協会や宅建業者のことをとても頼りにしてくれるようになりました。物件情報の整備等課題はありますが、これからも被災者、行政、大家さんの間に入りうまくまとめることができるのは私たちしかいないという気概を持ち、地域のために協力していきたいと思います。