アオバ住宅社/神奈川県横浜市

地域の安全性を確保する取り組み

<取材:2019年11月>

 

困ったときに頼られ、
一生付き合える不動産会社になる

社会的弱者、地域、不動産会社が“お互いさま”になる関係をつくる

 

・福祉のことはまったく知らない状態でスタート

・大家、入居者、不動産会社をフラットな関係にする

・入居者と地域の人をつなぎ、困りごとを解決する

・時間とエネルギーをかけて支援のネットワークを築き上げる

 


 

福祉のことはまったく知らない状態でスタート

─社会的弱者への住宅斡旋に取り組んだ経緯を教えてください。

 20代で宅建士の資格をとり不動産業界に入りました。その後、結婚して子どもができ、子育てをしながら自分でも事業を始めようと、7年前に世田谷区から横浜市青葉区に移り住み開業しました。当初は普通の不動産会社としてやっていましたが、たまたま生活保護を受けている方が来られ、「区役所からお金が出るので引っ越しをしたい」ということでしたので、家探しのお手伝いをすることにしました。しかし、区からお金が出るといわれてもすぐには信じられず、また一度管理会社や大家さんに迷惑をかけるとこの業界では信用されなくなるので、本人と一緒に区役所の窓口に行きました。最初は不動産業者が生活保護の人と一緒に来るなんて怪しいと思われたようですが、私も福祉のことはまったく知らなかったし、「お金が出るかどうか、制度のことも手続きのこともわからないので教えてほしい」と伝え、その後何度も通いました。すると、区役所の人たちと関係性を築くことができ、逆に信用してもらい、それ以降は生活支援課だけではなく、高齢・障害支援課などからも住宅に困っている方を紹介されるようになりました。その後、そこから地域包括支援センターや児童相談所、その他さまざまなNPOなどとつながるようになり、徐々に裾野が広がっていきました。

 私にとって始まりは偶然でしたが、最近わかってきたことは、行政も、福祉関係の人たちも気楽に相談できる不動産会社を探しているということです。福祉の人たちは支援者のために何とかしたいと話し合っていますが、その人たちは生活の基盤となる住所がないと仕事ができないし、安心できる自分の場所がないと何も始まりません。物件を確保するためにはそこに不動産会社を交えないと問題の解決はできませんが、福祉関係者も不動産業者もお互いパイプを作ることが苦手のようです。

 

 

大家、入居者、不動産会社をフラットな関係にする

─最も大変なことは理解のある大家さんを探すことだと思います。

不動産会社内の事業部であるアオバ住宅社

 最初に入居をお手伝いした方は70歳の高齢者でしたので、100件くらい電話してやっと1件紹介できたという確率でしたが、今では付き合いのある大家さんや管理会社が20社くらいまで増えてきたので、そこが持っている部屋を紹介できるようになりました。今も年に10社ほど増えています。アプローチの方法は、大家さんのところに直接行くのではなく、直筆で「困難を抱え、住む場所に困っているお客様がいます。何とか話を聞いてもらえませんか」と手紙を書いて、メディアに載った記事を添えて送ります。すると3件に1件の割合で電話が来るのですぐ訪問し、家を探しているのはどのような人たちなのか、区役所をはじめどういう人たちとつながっているのかといった話をし、少しずつ理解を深めていきます。最終的に契約に至った場合は、「何かあった時の窓口には私がなりますが、この人はこの組織を頼っているので、問題が起きたときはそこから連絡してもらうようにしてください」と名刺のコピーを大家さんに渡します。また最近は、「高齢者でも誰でも受け入れたいと思っているけど、不動産会社の窓口で断られてしまう。自分でも何かできることをしたい」という大家さんから直接電話が入るようになりました。

 また、家賃の引き受けなど賃貸管理業務は引き受けないことにしています。管理会社は私たちにとって大事なお客様なので、競合しないよういい関係を保たなくてはなりません。むしろ地元で長くやっている管理会社には、直接出向いて「最近始めた業者なので、生活保護者を受け入れてくれる物件を探すのが大変なんですよ。何とか入れてもらえるように大家さんに言ってもらえませんか?」と、管理会社経由で大家さんの交渉をお願いしています。

 20代で宅建免許を取得した頃、この業界を変えてやろうと“出る杭”になってしまい、すごく打たれた時期がありました(笑)。私のモットーは「常にルーキーでいよう」です。この業界でうまく仕事を進めて行くために、年配の同業者に対しては新人のように、「わからないので何でも教えてください」というスタンスで接します。物件の確保のために、大家さんや管理会社といかに強固な関係を築くかということを日々考えてやっています。

 

─それぞれの立場を尊重した対応をしています。

 一度取引をさせていただいた大家さんとは、その後、繰り返し部屋を貸してもらえるようになります。そういったことから、ただ単にお付き合いのできる大家さんを増やせばいいということではなく、こちらの事情や気持ちを理解してくれる人たちと深く付き合うことが大切だと思っています。今でも希望通りにできないことや失敗することはたくさんありますが、こちらが真っ直ぐな気持ちで接し間違ったことをしなければ、関係が途切れることはありません。

 また、こちらがへりくだった関係で仕事をしたくないので、お中元やお歳暮などは一切していません。大家さんと当社と入居者の3者がいつも“フラット”な関係になるように心がけています。私が常に意識していることは、「関わる人全てに少しずつ利益が出るように」ということです。当社が無理をしても駄目だし、大家さんに無理をいって引き受けてもらってもうまく続いていきません。

 

 

入居者と地域の人をつなぎ、困りごとを解決する

─入居者のフォローはどうされていますか。

 当社に住宅の相談に来られた方とは、本人の不安を和らげるために時間をかけて身の上話を聞き、お互いの信頼関係を築くようにしています。

 入居者の中には、家賃を滞納して強制退去になってしまい、どこも借りられないという人がいます。その人たちに話を聞くと、郵便局で保険を積み立てていたり、昔は仕事をしっかりしていたというような人もいて、資力がないというより、滞納が始まってしまいどうしたらいいのかわからず、誰にもSOSを出せずにそうなってしまったということです。そういう人たちは部屋を確保して見守ってあげれば、再度自立できる可能性が高いので、当社がサブリースして部屋を斡旋しています。また、独居老人については、昔は定期的に訪問して見守っていましたが、その数が増えてしまい時間がとれず、できなくなってしまいました。

入居者との交流会の様子

 そこで、そういう人たちを対象に、月1回事務所に家賃を持参してもらうタイミングで“交流会”をすることにしました。交流会は入居者以外にスタッフとして働いてくれている人たちにも参加してもらっています。参加者のなかに、以前は医療関係の仕事をしていて精神の病気にかかってしまった方がいます。その人は、最初は事務所に来てもずっと下を向いてなかなか周りと関係性を築けなかったのですが、交流会で毎月のように顔を合わせていたらどんどん表情が変わっていき、1年ほど経つと談笑ができるようになりました。そして嬉しいことに、「そろそろ仕事をしようと思います」という話が本人からでてくるようになったのです。

 

─入居者や支援団体からは大変頼られていると思います。

 ただ、最近では当社を“無料で何でもしてくれるところ”と勘違いしてやってくる人やNPOの人たちがいますが、それはやはり違うと思います。まず自分で努力し、それでもどうにもならないのであれば、私にできることならしますよ、となりますが、最初から全部頼って、齋藤さんに言えば何でもしてくれるというのは、その人の人生にとってもよくないと思います。私たちができるのは、自立をしたい、将来こうしたいといった気持ちを持った人に対する居住支援であって、周りへの依存度が高く、ずっと社会のお世話になることを何とも思わないような人はお手伝いしきれないと思っています。私は常にその人のそばにいられるわけではないし、裸足でいるからといって靴をあげ続けるわけにはいきません。靴を買うための方法やノウハウを提供するということが私の役目なのではないかと思っています。

 私の好きな言葉は、“持ちつ持たれつ”や“お互いさま”という言葉です。入居者との関係で大切にしているのは、“かわいそうだから”とこちらが一方向に配慮するのではなく、「私たちもやれることはするので、あなたもできることは返してね」といった、極力対等な関係を築くことです。一見淡泊に感じますが、実際にそのような関係を築いた入居者からは、こちらが何かお手伝いすると倍にして返してくれることもあります。その一方で、仲介手数料を無しにしたり分割払いにするなど、その人に応じて柔軟な対応も心がけています。

 

賃貸物件のオーナ向けのDM

 

 

─家賃は持参が原則ですか?

 区役所に「代理納付制度にしてもらわないと大家さんを説得するのが難しい」とお願いしたら、導入してくれることになりとても助かっています。一方、代理納付以外の人は、顔を合わせることができ様子もわかるので、家賃を必ず持参してもらいます。

 

─入居者の見守りはどうしていますか。

 最近、高齢者用に機器等を使った見守りサービスがたくさんでてきましたが、やはり最終的には人のつながりに託すのが一番いいと思っています。機器を使った見守りサービス自体は悪くはないでしょうが、何かあれば直接部屋に行く必要があるし、それに頼ってもこちらの手間はそれほど減らないと思います。見守りサービスは、人と人との関係を築きながら併用して利用するのがいいと思います。

 

─家賃保証が受けられなかったり、連絡先がない方への対応はどうされていますか?

 住宅を斡旋するにあたっては、家賃保証会社や緊急連絡先の有無、身内がいるかいないかで可否を決めるようなことはありません。未成年で児童養護施設を出されて親権者同意が得られない子どものような、家賃保証が受けられない人の場合は、当社が借主になってサブリースをします。

 また、緊急連絡先がない場合には、以前は私がなっていましたが、最近はそれをしないようにしています。というのも地域の中に「緊急連絡先だったらやりますよ」という人がたくさんいるということがわかったからです。何年か前に、地域の人に「複数の人の緊急連絡先になってしまい困っている」と話をしたところ、「協力してくれる人は地域にいるはずだ」と言われ、それなら地域のネットワークを築くことで支援の輪をもっと広げようと思い、昨年地域の人たちと「まちの相談所ネットワーク(まち相青葉)」を作りました。

 

─地域にそのような人たちがいるとは驚きです。

 この辺りは東急田園都市線沿線の高級住宅街なので、当社に来るような社会的弱者がいるということを地域の人たちはあまり知りません。しかし、そのような事実を知ることで、まちの人たちが多様な事情を持つ人に対して優しくできるようになり、その結果まちが住みやすくなっていくと思います。“まち相”を通じて、お互い困ったことがあればどんどん発信する一方で、自分ができることを提供するという“持ちつ持たれつ”の関係が地域の中でできるといいなと思っています。先日、夫のDVに遭って着の身着のままで逃げてきた方がいました。それを“まち相”で伝えたら、洗濯機や冷蔵庫が集まり、トラック出して運ぶよという人も現れました。すると、今度は本人から「自分は何でお返しができるでしょうか」と相談があり、それに対してトラックを出した人が「地域のお祭りでボランティアが足りないのでやってほしい」と返したところ快く引き受けてくれて、それが彼女にとっての地域デビューになったのです。もしそのような事がなく、私と彼女の関係だけではやはりしんどかったと思いますが、そこに他人が交わることで、本人も楽になりました。後日、本人に聞くと「ちょっと話せる人間関係がほしかったのでとても助かった」と言っていたので、試行錯誤するなかで必要なことを積み重ねながら、入居者が地域に定着できる“仕組み”を作ることができたのではないかと思いました。

 

 

時間とエネルギーをかけて支援のネットワークを築き上げる

─不動産業以外にも清掃事業をされています。

マンションの共用部の清掃を請け負う

 やはり、世の中の役に立つことをしながら利益を上げていくのはそう簡単ではなく、事業を持続的なものにするにはどうすればよいかということを常に考えています。その一つとして、不動産業以外に管理物件の清掃の請負を行っています。きっかけは、仲良くしてくれたある大家さんから「清掃を頼んでいた人が辞めてしまったので、事業としてやってみては」と勧められたことです。その時に、最初に入居を手伝った高齢者に、とても綺麗好きで、部屋も綺麗に使っていた方がいたことを思い出したのです。早速本人に話をすると“やりたい”とのことだったので、内容や金額を決めてお願いしたところ、大家さんが驚くほど綺麗になって、管理物件のみならず自宅の庭の清掃などもお願いされるようになり、お礼として野菜などのおすそ分けをもらうようになりました。それからは、ほかの入居者にも声をかけ、共用部の清掃やハウスクリーニングの仕事を請け負っています。また大家さんだけでなく、管理会社と良好な関係を築くことで、そこから仕事を得ることもあります。当社の特長は、頼む際の手続きが簡単で、頼みたいときにLINE等でいつでも頼めることです。台風のあとなどは、他の業者と違ってすぐ対応してくれたと、とても喜んでもらえました。大家さんも助かるし、入居者もお金になるし、当社も売り上げになります。さらに大家さんには、生活保護受給者の雇用を生めば、社会保障費が削減されて行政も助かるはずだと伝えています。

 

─入居後のためのネットワーク作りはどうすればいいのでしょうか。

 入居者のフォローは、当社だけでは全ては担えないので、当社が相談の窓口になってそこから専門家につなげるような役割を果たそうと思っています。行政や福祉関係者はもちろん、弁護士や司法書士といった士業の人たち、そして“まち相”を通じて知り合った地域の人、最近は精神科医とも連絡がとれるようになりました。ただ、ネットワークを築くまでには、何度も先方に通ったり、やりとりをしてものすごく時間とエネルギーをかけました。このような活動をしているおかげで、最近では行政とは本音を言える関係になりましたし、行政主催の会議にも声がかかるようになりました。

 行政等とやりとりを繰り返していくと、経験と共に社会福祉や病気のことについてどんどん詳しくなってきます。結局そういったことが“楽しい”と思えるか否かがポイントだと思います。この仕事は多分、“人が好き”とか“いろいろなネットワークを作るのが好き”とか“地域のために何かしたい”といったキーワードを持っている人にしか響かないと思います。でもそのような人は少なからずいるはずで、その人たちに私たちの活動が響けばいいと思っています。

 

─多くの不動産会社が取り組むようになるには何が必要でしょうか。

 社会的弱者への居住支援については、不動産業界の人にもっと関心を持ってほしいと思っていますが、手間がかかり儲からない仕事では続きませんし、誰もやろうとはしないでしょう。そこで、この仕事を“仕組み化”ができないかと考えています。

会社は常にオープンで、入居者をはじめいろいろな人が立ち寄る

 この地域はまだ人気エリアで、多くの大家さんや不動産会社は空室に対する危機感が少ないです。しかし10年後のマーケットは必ず変わっているし、不動産会社は宅建業のことだけわかっていればいいという時代は終わるでしょう。不動産業界と福祉業界は対局の位置にいるようなもので、それだからこそ需要はたくさんあると思います。この市場が大きなマーケットになるということに早く気付き、先に経験をたくさん積んだ者が勝ちになると思います。私のスタートは単なる不動産業者で、いいことをしたいと思ってやり始めたわけではなく、ひとつのあり方として、そして自分の会社が生き残る道として、社会的弱者への住宅斡旋に取り組んでいます。

 日々の取り組みのなかでは、実際に仕事が回らず押しつぶされそうになることもありますが、そういう時に不思議と誰かが仕事を引き受けてくれたり、自分が精神的に駄目になりそうで、誰かに話を聞いてもらいたいと思うと、私の話を聞いてくれる人が必ず現れます。そういう時に今まで築いてきたネットワークが生きているなと感じますし、人との良好な関係を築いてきたことが全ての土台になっていることを実感します。

 


 

齋藤 瞳(さいとう ひとみ) 氏

1979年生まれ。千葉県出身。立教大学法学部卒業。平成28年、アオバ住宅社開業。創業時より、「一生お付き合いのできる不動産屋」をモットーに、賃貸売買の仲介を中心に行っている。なかでも賃貸では、生活保護受給者・高齢者・DV被害者・障がい者など、お部屋探しに困難を抱える方々のお手伝いを、行政・福祉・医療などと連携して多数手がけている。また、お部屋探し後の就労支援・見守り活動・交流会なども行っている。

 

 

 

アオバ住宅社

代表者:齋藤 瞳
所在地:神奈川県横浜市青葉区桜台25番地1 桜台ビレジ ショッピング コリドールR1
電 話:045-482-6646
H P:http://www.aoba-jutakusha.jp/
業務内容: 2012年に設立した株式会社齋藤岳郎社(代表取締役 齋藤岳郎氏)の一事業部として、賃貸仲介、売買仲介、集合住宅の定期清掃と短期集中清掃、賃借人退去後の各種手続きなどを行う。特に社会的弱者への居住斡旋に積極的に取り組んでいる。