特定非営利活動法人モクチン企画/東京都大田区

地域を魅力的にする取り組み

<講演:2019年11月>

 

“既存を生かす”視点で
物件の隠れた魅力を発掘する

日々の原状回復における訓練がまちづくりに生きる

 

・今までの業界の常識が通用しなくなる

・木賃アパートをまちの資産に変えていく

・最小限の手数で最大限の魅力をつくるには「既存を生かす」こと

・投資のロジックを組む:家賃1年分で何ができるのか

・今までの不動産業の常識を捨てる

・「外構」に着目し、建物と周辺環境の関係を整える

・福祉の人たちと組んで社会のセーフティネットを作る

・分析力を学ぶ、モクチンスクールの開催

・日々の業務がタウンマネジメントにつながっている

 


 

今までの業界の常識が通用しなくなる

 2018年の住宅土地統計調査では全国の空き家率は13.6%で、8戸に1戸が空き家だと発表されました。この数字は、住宅市場は既に需給のバランスが完全に崩れ、部屋を少しバリューアップさえすれば入居者が決まるという従来の前提条件は成り立たなくなり、これからは相当頭をひねらないと空いた部屋は簡単には埋まらないということを示しています。家賃についても同様で、欧米なら建物の築年数が増すほど建物の価値が上がる場合がありますが、日本の場合はその逆で、築年が経つにつれて建物の価値は、新築時と比較して年間でならすと約1%の割合で下がってしまい

表1/築年数による家賃の推移

ます(表1)。そのため市場原理にただ任せているだけでは建物が古くなると家賃が下がり、その結果入居者の質も落ち、とれるオプションも少なくなり資産価値が毀損していくという負のスパイラルに陥ります。このように戦後当たり前に培われてきた業界の慣習や成功パターンがもう通用しないという時代になったのです。そこから脱するためには、まず物件の課題を認識し、解決方法について仮説を立て、トライ&エラーを繰り返し、たくさんの失敗をしながら修正していくしかないと思います。

 一方、地場の不動産会社の大きな強みは、まちの中に点在するいろいろな不動産を所有したり、その存在を把握しマネージメントしていることにあります。今までの都市開発は専門家が用途やそれに基づくゾーニングを決めて道路を通すといった面的な進め方だったのに対し、これからは点の不動産をつないでネットワークしていくようなまちづくりが必要になってくると思います。私たちも実践していますが、徒歩5分圏内で4、5軒の建物の雰囲気が変わると、それだけでまちの印象はまったく違ったものになります。

 

 

木賃アパートをまちの資産に変えていく

 モクチン企画は、築年数の古い木造賃貸アパート(以下、木賃アパート)を対象に、いろいろな改修プロジェクトを行っています。日本の住宅政策を振り返ってみると、欧米諸国とは違い、国がトップダウンで計画的なまちづくりをしてきたというより、地場の工務店や不動産会社の力が強かったこともあり、地主の余っている土地に賃貸アパートを建てさせ都市部の人口増加に対応してきた背景があります。1960年代の後半には東京23区の全住宅の4割弱を木賃アパートが占め、今でも約20万戸以上が残っています。それらが徐々に老朽化し、入居者も高齢化し、一部が空き家化することで、木賃アパートの存在がまちの雰囲気を悪くし、活力を奪い、まちから孤立した存在になり、都市部における負の資産になっています。

図1/木賃アパートの“粒”を底上げし、まちの魅力を高める

 ただ一方で、私たちはこの状況を面白いと捉えています。まちに点在している木賃アパート1軒1軒の“粒”を魅力的にすることにより、木賃アパート全体の底上げができれば、木賃アパートを通してまちの風景が変わり、まちに活力が生まれ、まち全体を蘇らせることができるのではないかと思っています。建築家の仕事はクライアントから依頼されて設計案を作るといった一過性の仕事が多いのですが、私たちは、1軒の木賃アパートの改修をして終わりではなく、木賃アパート全体の底上げをしてまち全体の魅力を高めたいと思っています(図1)。

 

 

最小限の手数で最大限の魅力をつくるには「既存を生かす」こと

 物件の改修の方法としては、壁紙交換や部屋のクリーニングなどコストをあまりかけずに部屋をきれいに整える原状回復か、建築家やデザイナーに頼み、400~500万円の改修費をかけて部屋の価値を大幅に上げるリノベーションのどちらかになります。しかし、実はその中間にいろいろな選択肢があり、それに気付くことで可能性が開けるにもかかわらず、住宅業界にはそのノウハウが完全に欠落しています。

図2/ホームページ「モクチンレシピ」のレシピ一覧

 では最小限の手数で最大限の魅力を引き出すためには具体的に何をすればいいのでしょうか? その答えは「既存を生かす」ということです。部屋も建物もないものねだりをしてしまうとコストがかかります。そうではなく、その物件が元々持っている個性や魅力を発見し、それを生かすために原状回復をベースにし、その延長線上でその空間を魅力的にする方法を考えます。まちづくりも同様で、都市計画のように大きな資本を投下するのはリスクが高く、少ないお金で最大の効果を出すためには「既存を生かす」視点が重要になります。

 そこで私たちは「既存を生かす」ことが簡単にできるように“モクチンレシピ”というサービスを開発しました。モクチンレシピとは木造アパートを魅力的に改修するための部分的なアイデア集で、ちょっとした工夫でできるものから数十万円掛けて行うものまでいろいろなアイデアをまとめています。ホームページには料理のレシピのように、どの素材を、どの場所に、どのような方法で使えばいいのかを公開しています(図2)。

 

 

投資のロジックを組む:家賃1年分で何ができるのか

 改修にあたっては、もちろんクリーニング程度で済ませるという選択もありますが、何か少し変化を起こしたいという場合には「家賃1年分で何ができるか」というところから考えます。例えば家賃が5万円の部屋の場合、家賃1年分の60万円の範囲です。オーナーにとっても家賃1年分であれば、ぎりぎりチャレンジしてみようと思える額でしょうし、不動産会社としても推せる金額だと思います。ただ家賃1年分というのはあくまで1つの目安です。可能性がわからない状態で何百万円もかけるのは失敗した場合のリスクも高いし過剰投資になるかもしれません。大事なのは、リスクを抑えながら実験ができるようなお金のかけ方を常に考えておく必要があるということです。それは安ければいいという話でもなく、投資のロジックが必要で、きちんとトライ&エラーのサイクルを踏めて失敗しても大きな打撃にならないようなラインの設定が必要です。

 モクチンレシピを活用してその物件が持っている魅力を生かした改修事例をいくつか紹介します。

<広がり建具>

写真1/「広がり建具」を用いた改修例

 典型的な木賃アパートの4畳半と6畳の二間つながりの和室です。一見大幅に改修したように見えますが、5個のレシピを組み合わせただけで、その1つが「広がり建具」というものです。これは、光を遮って部屋を暗くしていた襖ふすまに木製の建具を付け、上を乳白色にして目線を隠し、下に透明のアクリル板を入れることで光が部屋の奥まで入るようにしました。そのため2部屋の床がつながって見え、奥行きや広がりのある居心地の良い空間が生まれます。流行っているからといって2部屋をつなげてワンルームにする必要はなく、その空間が元々持っている個性をしっかり生かしてあげるとちょっとした建具を工作するだけで全然違った印象にすることができます(写真1)。

 

 

 

<立体天井>

写真2/「立体天井」を用いた改修例

 これはロフト付きの部屋です。ロフトの元々持っている魅力は天井が高く空間に広がりがあることです。そこで、その特徴を生かすため「立体天井」というレシピを使い、天井に木目柄のクロスを貼りました。木目柄にすることで、天井がより高く感じられ部屋も広くなった印象を与えます。結果的に当初4万5千円だった家賃を4万9千円に上げることができました。普通なら何も考えずにクロスをそのまま貼ってしまうところを、壁紙の選び方をちょっと変えるだけで、全然違った印象の魅力的な部屋をつくることができます(写真2)。

 

<真壁と大壁の違いを知る>

写真3/真壁の改修例

 真壁は柱と柱の間に壁があり和室のように見えるタイプの壁で、大壁は柱の上に壁があり柱が隠れ洋室のようにみえるタイプの壁です。それぞれの壁の特性から、真壁の部屋はいかに何もしないで整えるかというように引き算で考えるのに対し、逆にのっぺりしがちな大壁はワンポイントプラスして何ができるかということを考えて改修します。よく不動産会社の人は和室は人気がないので、床の上にフローリングを貼り、押入れをクローゼットに変え洋室っぽくしますが、それでは和室であることの魅力を生かせていません。真壁の部屋は「ぱきっと真壁」「広がり建具」というレシピを使い、襖は木製の建具に替え床は全て同じ床材にすることで、部屋がつながって見え広く感じられる空間にしました(写真3)。一方、出窓がある大壁の部屋は、「ホワイト大壁」というレシピで周り縁や幅木やドア枠を白で整

写真4/大壁の改修例

え、出窓は木製のフレームをワンポイント付ける「額縁ウインドウ」を使い木の温かみをプラスしました(写真4)。

 このように真壁と大壁の特性の違いや和室と洋室の個性をきちんと理解して改修プランを立てることはとても大切です。不動産業者の皆さんは立地や周辺相場から不動産の価値を評価することにかけてはプロですが、タウンマネジメントするためには、まちの不動産を見ていく中で、この建物にはどのような個性があり、どのような可能性があるのかという視点を付加していく必要があると思います。

 

 

 

 

 

<チーム銀色>

写真5/「チーム銀色」を用いた改修例

 私たちのレシピで一番人気のものが「チーム銀色」です。賃貸物件によくあるのが、スイッチプレートはベージュ、取っ手は金色、カーテンレールは木目柄、プラスチックのハンガーパイプなど、パーツの色や質感が全部バラバラでごちゃごちゃした感じの部屋です。いくら他を改修しても細かいパーツ類に統一感がなければ部屋は魅力的にはなりません。「チーム銀色」というレシピは、照明、スイッチプレート、水栓の金物等を全て銀色で統一するというものです。しかも銀色は木目と相性がよく、木のままだと古いだけの印象ですが、そこに銀色のものが入ると清潔感がプラスされて少しモダンな印象になります。単におしゃれな部屋にしたいから銀色のパーツを使うのではなく、木造の良さを生かすために重要なアイデアだから使うという発想が大事です(写真5)。

 このようにパーツ類を統一するといった、すぐにできる小さな改修をばかにしてはいけません。小さいパーツにも気を遣って丁寧に整えるだけで部屋が今までと違うように見え、今までと違う入居者が入ってくる可能性が生まれます。タウンマネジメントも一緒で、このような日常の1つ1つの積み重ねがまちを良くしていきます。いずれにしろ「チーム銀色」は300円のスイッチプレートの交換からできるのですぐに実行してほしいと思います。

 

 

今までの不動産業の常識を捨てる

 部屋の広さ40㎡の1985年に建てられたアパートを、レシピを使って改修しました。家賃1年半分にあたる100万円をかけ、水回りを含めて改修し、当初5万6千円の家賃を6万2千円に上げて募集したところ1週間で入居が決まりました。しかも、入居者はベンツを所有するような高収入の方です。

 このように、ライフスタイルや価値観が多様化するなかで、2LDKならファミリー、ワンルームなら学生といった今までの不動産業界の公式をいかに外して考えるかということが、これからとても重要になってきます。物件を若い社員や知人に見せて感想を聞いてみるなど、その物件の空間にある隠れた魅力を客観的にとらえ、発掘し生かすことで思いもよらないテナントや入居者が集まります。タウンマネジメントを考えるうえでも古い固定概念を外し、物件の魅力を発見し直すという視点は絶対忘れてほしくないと思います。

<バランス釜の浴槽の改修>

写真6/浴槽の金物だけを代えた改修例

 バランス釜の浴槽をレシピを使って改修しました。替えたのはシャワーヘッド、シャワーホース、水栓の金物だけで、あとは全部そのままです。改修前は壁の水色のタイルが古くさい感じでしたがパーツを替えるだけで逆にそれがレトロな感じになり、入居者もつきました(写真6)。建物全体も一緒で、古い建物を見るとすぐ建て替えするしかないとか、外装を全部塗装し直さないとだめだという発想になりますが、価値がないように見える物件ほど潜在的な魅力があったりします。そのままだと古くさい印象でもパーツを替えるだけで水色のタイルが全然違うものに見えるように、商品そのものが悪いのではなく、周りとの関係がよくないだけの場合が多いのです。バランス釜は古いから全部替えてユニットバスにしてしまえとなった瞬間に普通の新築マンションと変わらなくなります。その物件のどこがいいのか、どういうところに可能性があるのか、そういうものを発見しない限り、コストのかかる改修の提案しかできません。子どもの可能性を認めて、褒めて育てることでポジティブな子どもが育つように、その物件の価値がどこにあるのかと、“愛でる気持ち”で対象物件を見ることが大切です。

 

 

「外構」に着目し、建物と周辺環境の関係を整える

 原状回復は室内の話ですが、建物の「外構」は物件の価値を左右するとても大事な要素です。したがってそこに手を入れると非常にコストパフォーマンスのいい改修になります。

写真7/アパートの外構の改修例

 地域の抜け道の脇に建っている2階建てのアパートで、人通りが多く1階は通行人と目線が合ってしまうため5室全て空室の状態の物件がありました。これを「縁側ベルト」というひとつながりの縁側と、「ポツ窓ルーバー」という木製の格子のレシピを使って改修したところ、5室全て入居者が決まりました(写真7)。しかも5室のうち室内改修を行ったのは1室のみで残り4室は何もしておらず、外構を良くしただけで決まったのです。外構の改修費は70万円程度で、空室だった5室で割るとどれだけコストパフォーマンスが高い空室対策だったかがわかると思います。

 最小限のコストで最大の価値を出していくには、「外構」を上手に使うことはとても大事です。不動産を点として輝かせるには「外構」の力は重要で、そのような物件が徒歩圏内に2、3軒できるだけでまちの印象は変わってきます。例えばデッドスペースになっているところを見つけて共有空間を作ってみるとか、外壁をちょっと整えてまちとの関係を変えてみるという視点を常に持っておくといいと思います。

 

 

福祉の人たちと組んで社会のセーフティネットを作る

 地元の不動産業者と一緒に協力しながらモクチンレシピを使い物件を改修すると、物件の価値が上がり、賃料も5~10%上がるので入居者も新しくなります。しかし一方で、元々木賃アパートに住んでいる人は生活保護者や高齢者が多く、家賃が上がると出ていってもらわなければならなくなるということが何度かありました。そのジレンマを解消すべく明治大学の園田眞理子先生と共同研究を行い、(一財)高齢者住宅財団のプロジェクトにも関わりながら、木賃アパートを高齢者用の住まいに改修する事業に取り組んでいます。その過程で社会福祉法人や福祉系のNPOの人たちと接する機会がありますが、皆さん不動産のことには関心が高く、やはり生活困窮の問題を解決しようとすると住まいの問題に行きつくようです。

図3/バリアフリー改修イメージ

 具体的には、彼らと組んでハブになる拠点を作り、その周りで物件を借り上げて生活困窮者にサブリースをしていきます。また、アパートの人気のない1階をコモンスペースにしたり、「ノンスリップフロア」や「手すり棚」というレシピを作って部屋をバリアフリーにし、玄関と逆の南側に荷物を受け取ったり人と交わえるデッキやスロープを作っています(図3)。このように、地域に点在している不動産を高齢者向けの住まいに変え、福祉関係の人たちとネットワークを組んで、まちの地域包括ケアの仕組みを作ろうとしています。

 また、大阪で生活困窮の若者の就労支援をしているNPO法人※1と組んで府営団地の部屋の改修を行っています。そこは、就労支援だけでなく低家賃の住まいも提供しており、私たちは団地内の空き部屋を若者たちがDIYで改修できるスキーム作りを手伝っています。面白いのは、その中の1室をコミュニティスペースにして団地内に開いていることです。このようなコモンスペースを設けることで、団地内に点在して住む若者同士、若者と団地の居住者が交流することができます。

 

 

分析力を学ぶ、モクチンスクールの開催

 レシピを使って空き家を改修するノウハウを学ぶ「モクチンスクール」を開校し、今年で5回目を迎えます。前半は講義で、後半はレシピを使って実際に改修するワークショップを行っています。スクールで一番強調しているのが物件の分析です。まちを見るときも物件を見るときも共通で、“既存を生かす”ためには、どこが長所でどこが課題なのかということを分析し、定義する力がとても重要になります。

 

 

日々の業務がタウンマネジメントにつながっている

図4/モクチンスクールの考え方

 私たちはモクチンレシピを活用して木賃アパートを再生することで1つ1つの“粒”が輝き、つながりが生まれるまちづくりを目指しています。まちづくりやタウンマネジメントをするということは何も日常の業務とは別領域の仕事ではなく、普段行っている原状回復と地続きの仕事だと思います。日々の原状回復の仕事を甘く見ず、「既存を生かす」という視点をもち、しっかり積み重ねていくことがまちづくりに必要な技術を身に付けていくことになると思います。

 

 

※1 NPO 法人HELLOlife(所在地 大阪府大阪市西区、代表理事 塩山諒 氏)

 


 

連 勇太朗(むらじ ゆうたろう) 氏

1987年神奈川県生まれ。2012年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、2015年同大学院後期博士課程取得退学。2009年に「木賃アパート再生ワークショップ(現:モクチン企画)」を立ち上げ、2012年特定非営利活動法人モクチン企画を設立、代表理事に就任。主な著書『モクチンメソッドー都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社)

 

 

 

 

特定非営利活動法人モクチン企画

代表者:連 勇太朗
所在地:東京都大田区蒲田1-2-16
電 話:-
H P:https://www.mokuchin.jp/
業務内容: 木造賃貸アパートを重要な社会資源と捉え、再生のためのさまざまなプロジェクトを実践しているNPO法人。2011年より、改修のためのデザインリソース「モクチンレシピ」をウェブ上で公開し提供することで、豊かな都市と生活環境の実現を目指している。