清水千弘 氏/日本大学スポーツ科学部
地域を魅力的にする取り組み
<講演:2019年11月>
まちの未来を創造する力
~中小宅建業者の出番がやってきた~
社会における不動産業の介在価値を定義し、ローカルな産業を創る
幸せになるための不動産業のあり方とは?
私が2年前まで教授を務めていたシンガポール国立大学は、世界中から優秀な学生が集まるアジアでNO.1と評される大学です。その学生寮の入り口には「Creative and Innovation(創造的なことをしよう!イノベーションを起こそう!)」と書いてあります。このタウンマネジメントスクールの目的は、皆さんの知識や技能、態度や行動に価値ある変容を起こすことにあるので、このスクールで必要な知識を身に付け、それぞれのまちの未来を創造(クリエイティブ)し革新(イノベーション)を起こしていってほしいと思っています。そして大事なことは、イノベーションを起こしたらそれを社会に装着し、産業(industry)にしていかなくてはならないということです。
ここで、私から皆さんに6つの質問(Question)をします。その際大事なのは「Question and Thinking」ということです。質問に対して自分はどう答えるのかということをまず考えてもらいたいと思います。
【Question】
①和歌山の人たちは、どうしたら幸せになれるのか?
②和歌山の人たちが幸せになれるための不動産仲介のあり方とは?
③幸せの家とは、どんな家?
④子どもたちにどんな日本・街・会社を残していきたいか?
⑤明日から未来に向かって、あなたは何をしないといけないのか?
⑥生き残るとは、稼ぐとはどういうことか?
皆さんは自分たちはもちろんのこと和歌山の人たちを幸せにしたいと思って仕事をしていると思いますが、和歌山の人たちが幸せになれるような不動産業のあり方というのは一体どういうものなのでしょうか?
消費者は自分が幸せになりたいと思って家を買ったり、借りたりしているわけですが、結婚したり子どもができたことをきっかけに幸せになるために買ったはずの家が、その後陳腐化してしまい、空き家になってしまっているようなことがあちこちで起こっています。トルストイは、その著書『アンナ・カレーニナ』※1で「幸せな家族は一様に幸せである。しかし不幸な家族はそれごとに不幸である」と言っています。そのような状況に対して、住まいを提供する者として何ができるのでしょうか?
家という商材を変質させてもっと社会の中で有効に活用できるようにしようとするのがリノベーションです。しかし、それだけではまちづくりはうまくいきません。それをまちの中で生かしていくためには、そこに魂を入れてまちの中に装着させていく力が必要です。地域の不動産業者は専門家としてその役割を果たしていけるのではないでしょうか。そして皆さんは会社の経営者として事業を大きくしていくという目的がありますが、同時に生き残るということも考えなくてはなりません。そのために、未来に向けて何をしなくてはならないのでしょうか(図1)?
未知の世界に突入する: 縮退する街・国
これから日本は果たして生き残れるのでしょうか?2007年に夕張市が破綻しましたが、それまで市が倒産するなんていうことは考えたことがありませんでしたし、全国に13あった都市銀行が4つのメガバンクに集約されるなんて思いもよりませんでした。The Economistという経済雑誌で2010年に「Into the Unknown(未知の世界へ)」そしてlosing JAPAN(日本消滅)という日本の特集が組まれました。そこには、“人類の歴史の中で日本はどの国も経験したことがない速度で高齢化が進み人口が減少している。2050年の日本は2010年の夕張市になるだろう”と述べられていました(図2)。人口減少が地価に及ぼす影響については、ハーバード大学経済学部のグレゴリー・マンキュー教授※2が、出生率の低下によってアメリカ全体の住宅価格が半分になると1989年に既に予測しています。日本も人口が年々減り、2040年には老齢人口依存率※3は70%を超えますので、このまま高齢化が進むと日本の地価は1/3になるというのは決して大袈裟ではなく、現実的なシナリオだと思います(図3)。
私がシンガポールにいるとき、過去25年間の急成長を支えてきたリー・クワンユー※4という首相が亡くなり、「シンガポールはこれからの25年間も成長し続けることができるのか?」という非常に大きな議論が起こりました。その時の答えが「Yes、No or Maybe」というものです。シンガポールの人たちが正しい選択をすればもう一度成長することができますが(Yes)、間違った選択をしてしまえばもう成長はないだろう(No)、ただその選択は今この瞬間にしなければならず、その選択を先延ばしにするとどうなるかわからない(Maybe)ということです。
日本のGDPはバブルのピーク時に世界の約15%を占めていましたが、今はその半分以下です。しかも将来の成長を先食いして借金大国になってしまいました。日本で予想されているのは非常に厳しい未来です。その中で私たちがどのような選択をするのかということが問われてきます。厳しい現実から目を背けず、そして“Yes”になるような選択ができる力をこれから身に付けてほしいと思います(図4)。
技術革新はどんな未来を創造するのか?
ではこれからどのような未来が待っているのでしょうか?そこで、AIなどの技術革新がどのような未来を創造するのかについて考えてみたいと思います。例えば、私が技術顧問を務めるドバイ政府は、既に3Dプリンターによる家を1万戸以上も砂漠の中に造るというプロジェクトをスタートしています。また、自動車も2025年までには製造工程の84%が3Dプリンター化できるという予測が出ています。さらに、建物にIoTやセンサーが装着されることによって、昔は雨風から身を守ってくれさえすればいいと思っていたものが、今では住む人の表情をセンサーが読み取り、疲労度等の状態を認識したうえで、照明の明るさや壁の色が変わったり、音楽が流れたりするようになり、住み手の健康や快適度を高め、オフィスであれば生産性を向上するような機能を持ちつつあります。そうなると家の作り手の主役が変わり、昔ながらの工務店や建築会社では作れない時代になるかもしれません。また、都市にある公共交通機関をビッグデータでコントロールしながら都市計画の設計や自然環境の整備に生かすスマートシティの取り組みも進んでいます。まさに世界では「第4次産業革命」といわれるような変化が非常に速いスピードで起こりつつあります(図5)。
専門家の仕事がなくなる:AIが仕事を奪う?
そのような未来において不動産業者の仕事はなくなるのでしょうか?オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授※5の「Future ofEmployment(雇用の未来)」という論文には、将来なくなるであろう職業の中に不動産のブローカーや銀行の融資担当者が挙げられています。現に銀行では、AIによる住宅ローンの自動審査が2000年代初頭から始まっており、銀行から融資担当者の仕事が大きく縮小しつつあります。
皆さんが行っている仲介業務は、売る側のエージェントの場合は、顧客の集客・物件調査・価格査定、買う側のエージェントの場合は、顧客の集客・物件の案内・マッチング・契約/決済業務などに分解されますが、これらの業務の多くの部分はAIのほうが上手にできる時代が来るのは確実です。既に価格査定については、ビッグデータをAIが学習してマンションの推定価格を出すシステムがありますし、アメリカでは売却されていない物件も含めた全ての不動産の推定価格が見られるWEBサイトも公開されています。ドバイでは、30分ごとに住宅の取引価格や賃料がデータとして反映される仕組みができており、決済業務についてもブロックチェーンを導入し、取引から30分以内に権利の移転登記、抵当権設定登記までできるようになりました。その結果、ドバイでは司法書士の仕事がなくなってしまいました(図6)。
設計業務も同様に、新築のアパートを設計し収益を計算して地主に提案する場合、データベース化された公図から面積を測定し、道路付けから建蔽率や容積率を算出し、どれくらいの大きさの建物が建つのかがボタン1つで自動的に出る仕組みができています。しかも、消費者がネット上で検索しているログを解析し、どのような間取りにすればニーズが高いのか、さらにテナントの入れ替えの確率や契約更新時に賃料の同額改定ができる確率、ビッグデータから導いた家賃設定をもとに事業計画や35年間の長期修繕計画まで、全てAIがはじきだしてくれます。これから3年もすれば戸建てやマンションやビルなど全ての用途でこのようなことができるようになり、設計士の仕事は不要になるかもしれません。
そのような時代に不動産の専門家はどんな未来像を描くことができるのでしょうか? 不動産業者の仕事としてその多くがAIにとって代わられたあと、一体どのような仕事が残っているのでしょうか?
幸せの家の実践
家族にとって家は最大の資産です。しかし将来資産価値が1/3に下がるかもしれないものを3,000万円、4,000万円という価格で買わせる不動産業の仕事ってどうなの?という疑問がそこに生じます。はたして家を買うと人は本当に不幸になってしまうのでしょうか。確かに家を投資財として捉える人にとっては、家の価格が下がると不幸になってしまいます。一方で、子どもたちと楽しい時間を過ごすために家を買うという人にとっては、家は消費財であり、家の価格が下がるかどうかはまったく関係ありません。そのような人に対して、どのような家ならその家族が一番幸せになれるのかということを考えて皆さんがサービスを提供すれば、その家族は幸せになることができます。消費者が幸せの家に出会い、幸せの家に住み続けられるための住宅サービスの最大化を実践することが、不動産のプロとしての普遍的な介在価値になると思います(図7)。
私は首相の諮問機関である統計委員会の委員として消費者物価指数を見ています。私たちは日頃からいろいろなものにお金を使い幸せを得ていますが、そのことを“消費をして効用を得る”といいます。指数を分析してわかったことが、その最大のウエイトを占めているのが「住宅」で、人は住宅にお金を使って約25%の効用(幸せ)を得ているということです。一方、不動産業がGDPに占める割合は日本全体の約10%になります。つまり皆さんの仕事は、人の幸せと経済成長に対する貢献度が非常に高い、重要な産業なのです。
不動産の専門家の未来像
そのような観点から、社会の中で不動産業というものの介在価値はどこにあるのかということをしっかり考え、きちんと定義をしていかなくてはなりません。住宅サービスを最大化するためには、まず、買い手や借り手のエージェントとして消費者が幸せの家に出合えるようにマッチング機能を高める必要があるでしょう。そして、消費者がその幸せの家に住み続けられるように消費者と向き合い、子どもが成長した家族にはリフォームをして間取りを変えて住み続けたほうがいいのか、広い家に引っ越したほうがいいのかという相談にのったり、支払いが苦しくなった家族には破綻しないように住宅のサイズを変えたり、エリアを移して幸せが維持できるような提案をしていくことが求められます。AIは定型化された仕事に対して効率を上げることはできますが、現段階では人間の意思決定に至ることはできず、そこには人間の介在が必要になってきます。
将来の会社の存在とあり方について、責任を持って考えているのは経営者です。その経営者たちが、従業員が生きがいを持って働き、子どもに対して誇りを持って語れるような産業にするためにはどうしたらいいかということを考えていかなければ、その産業は衰退していきます。不動産業が誇りをもって語られる産業になるためにはどうすればいいのか、国から認められた資格をもつ専門家としてどのように地域社会や顧客と向き合っていくのか、そのような視点から不動産業の介在価値を定義し、そのうえでAIやIT技術の参入と向き合っていけばいいと思います(図8)。
日本は人口減少によって、これから従業員の確保や地域を維持していくための専門家の確保が難しくなってきます。そのときにAIなどの技術進歩の恩恵を受け、産業を作り直していくことができれば、少ない人数でも産業の維持が可能です。私たちの仕事がAIに奪われるのではなく、人が減っていくなかで新しい技術を使って大いなる実験ができる、つまり技術革新と共存できる非常に稀有な国が日本ということになります。
ローカルに特化してローカルな産業を創る
ではそのためにどのような実践をしていけばいいのでしょうか? AIが普及したとしても、幸せのための家を実現するために皆さんがやるべき仕事は多く残ります。和歌山というコミュニティを再生し、まちの魅力を高めるために、グランドデザインを描き時間をかけて地域と向き合っていけるのは、学者や外部の専門家ではなく地元の人しかいません。地域にある遊休不動産をどのように活用し有効資源に変えていくかについて、地域に密着した専門家の“目利き”力が非常に重要になっていきます。ただその際に知っておくべきことは、地元の不動産会社が“本当に困っています”という物件も、東京など他の場所から来た専門家からすれば“宝物”に見えるということがあるということです。そのような利用の構想力、不動産を見る外部の人の感覚は吸収するといいと思います。
私は研究者として不動産の価格指数の研究をしていますが、それはスーパーニッチな領域です。しかし、リーマンショックの時に不動産価格指数を作らなくてはいけないということになり、その分野で世界的な研究者が集まり、それが産業になりグローバルにつながりました。一方で、限界集落であったとしても、集落の地域資源を活用してその場所でしかできない産業を興し、地域おこし協力隊など地域に共感する人たちも参加し、地域住民、行政、建築家などさまざまな人が集結して、お金が回るような仕組みづくりに挑戦する試みも多く出てきています。
“あなたのまちはこれから生き残れるか?”という問いに対して、皆さんが正しい選択をすれば生き残れるでしょうし、間違った選択をしたり、行動しなければ生き残れないかもしれません。そして、他の地域の人は、自分たちのまちを幸せにはしてくれません。やはり、ローカルだからできる仕事、やらなくてはならない仕事があり、ローカルに特化した人たちがローカルな産業を創るしかないのです。そのためには地域の不動産会社である皆さんが、専門性を磨き率先して地域の魅力づくりに取り組んでもらいたいですし、不動産業や建設業といった業際を超えてローカルの中でつながっていくことを考えてほしいと思います。そして、何よりも皆さん自身がどのような専門家になりたいのか、どのように変容したいのかということについて、想いを強く持ってほしいと思います。その想いの強さが変容になり、皆さんが“ローカルスター”として新しい産業を創る力になっていくのだと思います(図9)。
[図版は全て清水千弘氏提供]
※1 ロシアの作家レフ・トルストイの長編小説。1877年
※2 N. Gregory Mankiw ハーバード大学経済学部教授
※3 The Old Age Dependency Ratio. 15~64歳の人口に対する65歳以上の人口の割合。
※4 Lee Kuan Yew シンガポール初代首相。在籍期間1959年-1990年。
※5 Michael A. Osborne オックスフォード大学准教授
清水千弘(しみず ちひろ) 氏
1994年東京工業大学大学院理工学研究科博士後期課程中退、東京大学大学院新領域創成科学研究科博士(環境学)。麗澤大学経済学部教授、シンガポール国立大学不動産研究センター教授等を経て、日本大学スポーツ科学部スポーツデータ解析研究室教授、東京大学空間情報科学研究センター特任教授、麗澤大学AI・ビジネス研究センターセンター長、マサチューセッツ工科大学不動産研究センター研究員。専門は、指数理論・不動産経済学。不動産を中心として資産価格に関する指数の推計方法や生産性の測定を中心に研究を行う。海外の国際的学術誌に50本以上の論文を発表する。