平和建設株式会社/埼玉県戸田市
地域を魅力的にする取り組み
<取材:2019年9月>
“ピース”を組み合わせ、大きな
面にして地域の魅力を高める
モクチンレシピで「空きバコ」を「宝のハコ」に変える
・事例紹介1 本町の「平屋の戸建て住宅」と「51223HONCHO BASE」
専門家の言葉を翻訳し、消費者に伝える役割を果たす
─異業種からこの業界に入りました。
父はもともと地元で八百屋をしていましたが、スーパーの進出等で小売業が厳しくなり、不動産業に業態を転換して、今年で創業40年になります。ちょうど埼京線が1985(昭和60)年に開業する頃だったため、線路用地の買収等を主に行っていたようです。私は家業を継ぐ気はなく、アパレル業界に就職しましたが、当時全国展開をしていた会社だったので、2年の間に東京、茨城、山梨と転勤が多く、引っ越しするのが大変だったため地元に戻ろうと思い、1996年から実家で働くことにしました。しかしふたを開けてみると、バブル崩壊の余波を受け1億円近い負債があったため、朝から晩まで働き詰めで頑張り、15年くらいかけて全て返済し、2010年に社長に就任しました。父は売買を中心にやっていましたので、自分が始めるには賃貸仲介からと思い、全て独学で勉強しました。会社から半径2km圏内にエリアを絞り、お客様に紹介できる部屋は全て見て回りました。
異業種からこの業界に入って驚いたことは、お客様が来ても“その部屋はもうないから”と追い返したり、せっかくこちらでお客様を見つけても、物元業者からぞんざいな扱いを受けたり、物件の説明もそこそこに“とにかく契約を早くしてくれ”と言われたことなどです。アパレル業界の常識からは考えられないことがたくさんありました(笑)。
─戸田市はまだ人口が伸びています。
そもそも何もなかったところに埼京線が開通したおかげで、戸田市は東京のベッドタウンとして一気に人口が増え、埼京線開業時は約7.6万人だった人口が約14万人になりました。いまだに毎年約1万人の転入人口を数え、市の平均年齢も40.8歳と、埼玉県内では24年連続で最も若い市となっています※1。そのため子どもの数も多く、小学校が増設されクラスの数も増えています。
一方、戸田市は東京に隣接していることから物流の拠点として栄えてきました。地主が倉庫として貸していた土地や田畑を、代替わりのタイミングで手放したり土地活用をし始め、そこに大手デベロッパーやハウスメーカーが次々と新築マンションやアパートを建てました。
─早い時期にホームインスペクターの資格を取得されました。
この業界に入り15年ほど経った頃、以前賃貸住宅をお世話した方たちが結婚したり、子どもが生まれはじめ、住み替えや売買の話をいただくようになりました。そんななか、まだ更地の状態で新築一戸建てを購入してもらったお客様に、「この建物本当に大丈夫なの?」という質問を受けました。それまでは「ハウスメーカーだから大丈夫ですよ。10年間瑕疵保証もついていますし」という営業の仕方をしていましたが、このときはじめて、そんないい加減な対応ではなく、不動産業者も建築の知識をちゃんとつけないとまずいのではないかと思いました。
そこで日本ホームインスペクターズ協会※2のことを調べ、ホームインスペクター(住宅診断士)の資格をとりました。しかし、資格をとってもすぐに住宅診断などできるはずもありません。また、建物の見方や調査器具の使い方などについてもっと知りたいと思っても、周りに教えてもらえる人がいないことから、建築士や施工管理技士、土地家屋調査士の人たちの意見を聞けるようになろうと、セミナーに参加したり、同協会の関東エリア部会のお手伝いをすることにしました。
ちょうど当社で仕入れた物件で、解体して更地で売る予定のものがあったので、それを協会に提供し、劣化事象の検査や建物評価をするための実地講習を行いました。実際に物件を見ると、施工管理技士は建物劣化の具合から“ここはだめ、あそこもだめ”と指摘し、建築士は旧耐震物件であることから“この建物はそもそもだめだろう”と言います。そして不動産業者は、“更地にすると一番値段が高くなるのだから建物を壊して売るほうがいい”と言います。そこで皆さんに、「この建物は本当に使えないのですか?」と聞いてみました。すると、建築士は“今の法律では既存不適格だけど、当時の基準ではしっかりした建物なので耐震補強をすればいい”と言いますし、施工管理技士は“水が漏れているところはゴムのパッキンを替えればいいし、基礎のクラックも大きなものではないので塞げばいい”と答えます。そのようなやりとりを通じて、インスペクションを依頼する側と、それを行う側の心理がよくわかった気がしました。専門家はそれぞれの立場から建物を見ていろいろな視点から不具合を見つけることができますが、消費者が本当に求めているのは、専門家の意見を踏まえて、その次にどうすればいいのかを示すことではないか。そのためには、“消費者が何に不安を感じているのかをヒアリングして、そのうえで答えを出してあげることが必要なのではないか”と思いました。そこで、これからは『専門家たちの通訳』となり、建築や不動産にまたがる複雑な問題に対し、その対処方法をわかりやすく解きほぐして伝える役割が必要で、それを自分が果たせるようになればいいのではないかと考えました。
モクチンレシピの改修で新たな顧客を創出
─モクチンレシピを導入した理由を教えてください。
社長になった翌年に東日本大震災があり、それを機に家族の元に戻っていく一人暮らしの方が増え、空室が目立つようになりました。その頃からメディアで人口減少や空き家の問題が多く報道されるようになり空室もこれまでのようには決まらなくなっていきました。すると多くの地主たちはアパート経営に対する不安を持つようになり、大手ハウスメーカーの家賃保証がないと賃貸住宅を建てなくなりました。つまり、新築の賃貸住宅は大手ハウスメーカー以外は扱うことができなくなるということになります。このままではまちの不動産屋の存在意義がなくなってしまいます。これからどうしていくべきかを考えた結果、中小の不動産業者が生き残るには、大手が建てて古くなったアパートを再生していくしかない、という結論に達したのです。
しかし当時は、大家さんから「アパートの入居者が決まらないけどどうすればいい?」と聞かれても、中途半端にリフォームを勧めて決まらなかったら責任を負わなければならないので、“とりあえず家賃を値下げしましょう”というやり方をしていました。賃貸アパートの改修は予算も限られているし、それほど儲かる仕事ではなく、余計な仕事は増やしたくなかったのです。しかしそのようなことを続けていると、既存の賃貸住宅には、理由があって家賃の安い部屋にしか住めない人しか集まらなくなり、やがて衰退の一途をたどるという悪循環に陥ってしまうと思いました。
そこで、家賃を下げるのではなく、物件の魅力を高めてその部屋に住みたいと思ってもらうにはどうすればいいのかを考えはじめていたときに、モクチン企画※3と出合いました。彼らは、戦後大量に建てられた木賃(もくちん)アパートを社会の重要な資源と捉え、デザイン的に優れた改修をすることで、都市空間そのものを変えていこうという純粋な気持ちで活動しており、しかも賃貸アパートの改修の手法をレシピ化し、ウェブ上で一般に公開していたのです。この画期的なモクチンレシピの手法を拡散したいと思い、一緒に組むことにしました。
─まず本社事務所をモクチンレシピで改修しました。
この手法を広めていくうえでネックになったのが、賃貸物件の場合、入居者が決まってしまうとレシピを使って改修した事例を直接見ることができないことです。そのため、自分たちで実際にやってみるしかないと思い、当社の事務所を改修し、ショールーム化することにしました。
駅周辺の賃貸物件はバブル期に建てたアパートが多く、地主たちは建てれば収益が上がり、退去があっても何もしないですぐに次が決まると思っています。実際に部屋がどうなっているのか見たこともなく、お金をかけてリフォームをしなくてはならないという感覚を持っていない人たちばかりです。そういう人たちに、モクチンレシピを使って改修してはどうかと言ってもまったく響きません。そこで、少なくとも当社の事務所には時々来るだろうから、その際にこのような改修方法があることが伝わるような空間にしたいと思い、“オーナーにレシピを提案できるレイアウトにしたい”とモクチン企画に伝えました。
戸田市は人口が増加しているとはいえ、物件は乱立していますので、古い物件はこれからどんどん価格競争の波に飲み込まれる可能性があります。オーナーから物件を預かった以上は、長く使えて価格競争に巻き込まれない改修の提案を、原状回復費用に2~3カ月分の家賃をプラスする程度の改修から提案し、空きが出ても入居者が早く決まるような物件にしたいと思いました。
─レシピを使った効果はありましたか?
“きっかけ長押(なげし)”や“ざっくりフロア”といったレシピを使い事務所を改修した結果、賃貸アパートのオーナーに改修の提案がしやすくなったのはもちろん、今までまったく見向きもしてくれなかった新たなお客様が、当社に注目してくれるようになりました。事務所の改修を機に“日本一敷居の低い不動産屋にしよう”と思い、窓から募集物件の張り紙をなくして事務所の中を丸見えにし、なじみの地主の協力を得て2本100円でアイスクリームを売ることにしました。そうすると、夕方は小学生が列をなし、それを見て地主が喜んでくれたり、地元のカフェのオーナーや前衛的な取り組みをしているリノベーション専門業者等の人たちと初めて接点が持てるようになりました。その後、このレシピを使った実績をできるだけ多く残そうと、自社の物件を中心に、3年間で約40部屋の改修を行いました。
このように、多くの費用をかけなくても、元の物件のよさを残しつつ変えるところは大胆に変えることで、家賃が上がるだけではなく、個性的な入居者が来てくれることがわかりました。また家賃を上げられない賃貸アパートも、部屋の価値を戻すことで、次の入居者が早く決まったり、いい人に長く住んでもらえるようになりました。
ただ、モクチンレシピを導入する際に課題になるのが、工務店をどう説得するかということです。レシピのよさを伝えることが難しく、彼らもプライドがあるので下地材をそのまま使うのには抵抗がありますし、パーツを銀色にしたいと言っても白がいいと言われてしまいます(笑)。そこで、「レシピを使った工事は必ずその値段でとってくる。価格では競合させない」と伝え、協力してもらうようにしました。すると、最新のデザインも学べるということで、一緒に取り組んでくれる地元の会社が出てきました。
[事例紹介1]
本町の「平屋の戸建て住宅」と「51223HONCHO BASE」
1960年に建てられた再建築不可の平屋物件を並びで2戸購入し、賃貸住宅と時間貸しのフリースペースにしました。建物はボロボロで、インスペクションすると耐震性等は全て基準値以下でしたが、それは単に古いからではなく、当時の建築基準に沿った建て方の問題でした。屋根の荷重や間口の広さから建物は十分使えると判断し、賃貸用の戸建てについては外観の木組みは残し、内装はパーツ類をメタリックなものに統一する“チーム銀色”というレシピを使って改修。費用は約250万円かかりましたが、賃料を4万円台から7万円に上げることができ、元メジャーバンドのプロギタリスト兼ハウスクリーニング業というユニークな借り手がつきました。
もう一つの平屋は、既存の柱と屋根を残しながら基礎の引き直しを行って、建物の再生を行いました。費用をあまりかけられないので、奥のスペースの床には余った端切れ板を使い、カラークロスをセレクトし、当社の女性スタッフによるプロデュースでステージングを行いました。手前のスペースは、のっぺりフロア、きっかけ長押、ライティングレールなどのレシピを使っています。
この建物を『51223HONCHO BASE』と名付け、当社管理の賃貸物件の入居者が1時間980円で使えるフリースペースとして、テレビ、冷蔵庫、電子レンジなどを用意し、トイレや洗面所も備えました。賃貸に住む人は自由に使えるスペースが少なく、特に小さなお子さんがいる家庭は長時間お店にいることもできません。そこで、入居者の皆さんに誕生日会や撮影会などで使ってもらう場所を提供したいと考えました。最近では猫の里親を探す会などにも使ってもらい、将来的にはレンタル費用を無料にするつもりです。行き止まりで誰も通らないような暗い通りも、少し改修することで皆さんに楽しく使ってもらえれば、明るく賑やかな場所になることがわかりました。
[事例紹介2]
下戸田の戸建て住宅
築40年の一戸建てで、日本ホームインスペクターズ協会の実地講習で使った物件です。こちらも建物は壊さず、レシピを使うとどこまで家賃を上げられるかという半ば実験的な改修をしました。250万円くらい投資をしましたが、9万円の家賃を13.5万円に上げて募集したところ、英会話教室をしながら自宅としても利用したいという女性が借りてくれました。使用レシピは、ざっくりフロア、のっぺりフロア、チーム銀色、ぱきっと真壁、ライティングレール、木肌美人などで、ハンモックは私の希望で入れました。
[事例紹介3]
下前の貸家
更地にして売ることを目的に購入した、接道瑕 疵の再建築不可の戸建てで、建て替えやリフォー ムの時に短期で借りるお客様のために使っていま した。モクチン企画にTV取材が入るということ で、50万円の予算で改修。ざっくりフロアやシャ イニング襖といったレシピを使い、キッチンはダ イノックシートを貼り照明を整えました。すると、 家賃を7万5,000円から8万円に上げられただけ でなく、青山学院大学のボート部の学生たちが、 旅館みたいで楽しそうだということでミーティン グルーム兼練習場として借りてくれました。私な らこんな改修はしないだろうというデザインにし てみると、ずっと下の世代である学生に響いたと いうことがとても驚きでした。
こともなき部屋を面白く使う人たちをネットワークする
─コミュニティづくりにも取り組んでいます。
モクチンレシピを使って改修物件を増やしていくと、面白い人たちが集まることがわかりました。そこで、その人たちとのネットワークを「見える化」しようと思いました。私と入居者、私と地域の知り合いといった“私と誰か”というつながりのある人たちを月1回集め、その中の一人にゲストとしてそれぞれのテーマについて話をしてもらう飲み会を始めました。すると、参加者の知り合い同士がつながり、今では入居者以外にも、床屋の店主、ゲームのシナリオライター、プロのカメラマンなど業界を超えて面白い人たちが集まりだし、私個人との関係が、お客様同士のつながりに派生していったのです。
このように、モクチンレシピによる改修によって、単なる“空きバコ”が新たな価値を付け、“宝のハコ”に生まれ変わりました。そこで、それらを『トダ_ピース』と称し、個性豊かな物件を増やしていくプロジェクトを始めました。『トダ_ピース』を増やしていくことで、人と建物とまちの平和で良好な関係(PEACE)を、ジグソーパズルのようにつなぎ合わせて(PIECE)、大きな面にしていきたいと考えています。そうすればこの地域にもっとたくさんの魅力的な人が集まり、さらに面白い地域になっていくと思います。そのために、私とつながっている人たちが気楽に集まれる場所や機会を増やしていこうと思っています。
─今後の展開について教えてください。
現在、モクチン企画監修で私が大家になって、新築の賃貸住宅を建てています。この物件では、これまでの募集の仕方を変え、最初にハコを作って人を募集するのではなく、こちらが入ってもらいたい人に直接アプローチをしています。1F部分をアトリエのような造りにしているので、住む人の個性がまちに溢れて価値をつくっていくようなハコを目指しています。すでにウェブデザイナーが入居の検討をしてくれています。
さらに、4部屋のうち1室を当社で確保し、入居者を中心に仲間たちが気軽に集まれる場所にして、情報交換をしたり、一緒に何か新しい事を生み出せるような場にしたいと思っています。
不動産業に限らずどの業種においても、これからの中小企業は大手とは違う生き残り方を模索しなければなりません。そのためにはピースを組み合わせるように、一緒に何か新しいものを創っていける仲間を集め、お互いが刺激し合い、切磋琢磨することで、化学反応を起こしていきたいと思っています。アパレルから住宅の世界に入り、この仕事はたくさんの人生に関わる仕事だなと痛感しています。この世界で生きていくという覚悟を決めて、自分から新しいことを一歩踏み出して行くと、それに賛同してくれる人が現れ、気付けばネットワークとして広がっていきました。まだまだ小さな取り組みかもしれませんが、この歩みをこれからも着実に続けていきたいと思います。
<モクチンレシピを使った賃貸アパートの改修事例>
【物件情報】コーポ幸松
◦物件概要:1992年3月築・木造2階建て・専有面積約17㎡・間取り1K+ロフト(但し2階住戸)
◦使用レシピ:立体天井、横幅いっぱいミラー、ぴかっとバスルームなど
◦ステージング:段ボール家具を使用
【物件情報】あやめ荘
◦物件概要:1977年5月築・木造2階建て・専有
面積38.88㎡・間取り2DK
◦使用レシピ:ライティングレール、幅広フローリ
ング、ホワイト大壁、広がり建具、きっかけ長押、チーム銀色など
※1 埼玉県町(丁)字別人口調査より(2019年1月1日時点)
※2 特定非営利活動法人 日本ホームインスペクターズ協会(本部:東京都新宿区、理事長 長嶋修氏)
※3 特定非営利活動法人モクチン企画(本部:東京都大田区、代表理事 連勇太朗氏)
河邉政明(かわべ まさあき) 氏
1971年埼玉県戸田市生まれ。法学部を卒業後、アパレル業界に就職。1996年から父の経営する平和建設㈱へ入社。東日本大震災を機に日本ホームインスペクターズ協会(JSHI)公認資格を取得し、現在理事に就任。2015年よりNPO法人モクチン企画のパートナーズ会員として協働を開始し、2017年から「『空きバコ』を『宝のハコ』へ」をスローガンに、空き部屋に新しい価値を生み出し魅力的なまちをつくる「トダ_ピース」プロジェクトを始動。
平和建設株式会社
代表者:河邉 政明
所在地:埼玉県戸田市本町1-25-2
電 話:048-443-7781
H P:http://heiwa-toda.co.jp/
業務内容: 不動産の売買と仲介、賃貸管理と仲介、損害保険代理業などを取り扱う。「JSHI公認ホームインスペクター」として売買の際に住宅診断を実施。モクチンレシピを採用し、古い空き家や空き部屋を再生し、まちを面白くするプロジェクト「トダ_ピース」主催。