公益社団法人愛知県宅地建物取引業協会

顧客志向の企業経営の実践

<取材:2020年3月>

 

ビジョンを基本に据えた
協会経営の実践

財務体質を強化し、自立して持続的な組織運営を行う

 

・ビジョンを策定し、ビジョンに基づいた協会経営を行う

・会員支援事業を軸に4つの具体的戦略を推進

・協会経営は企業経営と一緒

 


 

ビジョンを策定し、ビジョンに基づいた協会経営を行う

─協会のグループビジョンについて教えてください。

愛知宅建版ハトマークグループビジョン

 当協会は全国に先駆けて「愛知宅建版ハトマークグループビジョン」を作りました。当時私は副会長でしたが、協会が今まで歩んできた歴史を振り返り、SWOT分析などを通じて現状認識をしながら、10年後の理想の姿として“地域のかかりつけ医として地域に寄り添い、地域を笑顔にする”という協会のビジョンと、ビジョンを実現するための4つの戦略を策定しました。このビジョンは当時の役員たちが素案を作り、各支部や理事会、総会で承認されたものなので、その後会長に就任してからもビジョンに沿って事業計画の立案や進捗管理を着実に1つ1つ実行してきただけです。ビジョンを作ったおかげで、役員や会員と職員が基本的な方針を共有することができ、会の運営がより円滑になりました。

 

─特に財務体質の強化に力を入れてきました。

 ビジョン策定の際にも議論しましたが、今後は①会館の老朽化 ②消費税の上昇 ③競合の伸長 ④会員の高齢化という4つの課題に向き合わなければなりません。10年先を見据えると住宅市場における需要は減少し、AIの進展や大手企業の寡占化が進むでしょう。さらに、会員も高齢化して数が減り、組織基盤は何もしなければ確実に弱くなります。組織基盤が弱くなると財政も厳しくなります。加えて、この30年で消費税は3%から10%まで上がり、会費収入が増えなければ、その加算された分は事業を圧縮しなくてはなりません。このように、私たちの組織はこれから右上がりに拡大していくことはないという前提で考える必要があります。そこで、この先も会員支援が継続できる持続可能な組織にするために、まず数字をしっかりと把握し、財務戦略をしっかり立てたうえで合理的な運営を進めていくことにしました。

 財務体質強化のために、まず支部組織の見直しをしました。約4年をかけて43あった支部を15まで減らし、さらに支部に対する予算の交付規定を作り、事業を精査し予実管理を明確に行うようにしました。具体的には支部の行う事業を、必ずやらなくてはならない標準的な事業と、助成金に基づいて行う事業と、周年事業のような特別事業に分け、予算は全て各事業に紐づけて交付し、年度末に精算して余ったお金は本部に戻すようにしました。ただ、目的が明確であればその中から積立預金ができるようにしたり、予算の15%は万一災害があった場合の支出として支部に残すなど、絶えず先を見ながら対応しています。

 また、公益法人に移行する前に基本財産を現預金から不動産に置き換えたところ、それが功を奏してそれまで10年計画で積み立てていた会館の建て替えの筋道を立てることができました。

 

 

会員支援事業を軸に4つの具体的戦略を推進

─ビジョンで掲げた4つの戦略の具体的な内容について教えてください。

 愛知宅建版ビジョンでは(1)会員支援事業の拡充(2)地域コミュニケーションの強化(3)協会組織の強化(4)教育研修体制の充実という4つの戦略を掲げました。なかでも当協会は公益事業比率が毎年63%程度あるので、“協会はいつも会員のことを見ている”というスタンスを示すためにも会員支援事業に重点を置くことにしました。

 

①空き家対策事業

 愛知県において今後空き家が大きな問題になると考えて、空き家対策で成果を上げていた長野県佐久市へ視察に行きました。すると空き家そのものの対策というより、人口減少対策としての移住定住促進が主な目的になっており、新幹線通勤者に定期代を出したり、物件の購入者に支援金を出すなど、行政の補助金とセットで進める仕組みでした。それに対し、愛知県、特に名古屋市の場合は都市部での空き家対策になるので、そのようなやり方ではなく、今後新築住宅の供給が少なくなると推測されるなかで、空き家を流通させることが新たなビジネスチャンスになるような方法を模索することにしました。そして2017年にスタートしたのが「空き家マイスター」という制度です。空き家を流通させることを新たなメニューと考え、専門家としてそれを取り扱うための資格を設けました。資格については、実務の常識を持っているということで不動産キャリアパーソンの取得と、協会独自の講習を受けて修了試験に合格していることを条件にしました。

「空き家マイスター」登録制度

 ちょうどそのタイミングで、名古屋市の市長から空き家問題について相談がありました。当時、名古屋市役所には、隣地との境界のこと、庭木やゴミ屋敷のトラブル、相続のことなど、空き家に関するありとあらゆる相談が年間1,300件ほどあり、専従で6名がその対応に追われていました。そこで2017年3月に名古屋市と「名古屋市における空家等対策に関する協定書」を締結し、協定締結事業の一環として、空き家の売買、管理、解体から住宅診断、税金・法律関係など各種の相談に対応する窓口として、協会に「空き家総合相談窓口」を開設しました。

 空き家総合相談窓口に物件の売却依頼があると、当協会が業務委託をしている愛知宅建サポート㈱(以下、宅建サポート)に情報が行きます。その後、宅建サポートが物件の調査をし、価格査定をしたうえで所有者と合意がとれれば一般媒介を締結します。そしてその情報を、まずその物件がある地区の空き家マイスターに提供します。媒介締結後2カ月経っても成約しない場合は協会の全会員に情報提供し、3カ月経っても成約しない場合には全ての宅建業者に情報を公開します。さらに、空き家マイスターが客付けした場合は、宅建サポートが受領する仲介手数料の50%をそのマイスターに還元する仕組みにしています。

空き家マイスターは各自治体のチラシに社名や連絡先が掲載される

 空き家マイスターになるには先ほどの資格以外に、初年度登録料1万円と、登録更新料が毎年1万円かかりますが、空き家の情報を優先的に得ることができ、成約すれば売主からの手数料の半分が還元されます。さらに、各自治体の空き家相談の窓口で消費者に配布されるリーフレットに社名、担当者氏名、連絡先が掲載されます。自分の名刺に資格名を記載できて、自治体が発行する広報物に無償で宣伝してもらえることを考えると、登録費用は安いものだと思います。“地域に寄り添う”という目的はもちろんですが、会員支援の意味合いもあることからこのような仕組みにしました。2020年3月末時点で、累計の相談件数は435件、その内売却物件としての媒介契約件数は26件、成約数が13件です。空き家マイスターの登録者数は503名で年々増えています。また、各自治体もこの取り組みに注目し協力依頼が増えてきたことから、愛知県下54の市町村のうち既に34自治体と提携(2020年3月末時点)をしています。各自治体が開催した空き家対策セミナーや空き家相談会へ、空き家マイスターを相談員として派遣しました。セミナーには延べ247名が参加し、21名に相談対応しております。

 さらに、「愛知県空き家・空き地バンクポータルサイト」を運営し、空き家マイスターは空き家や空き地物件を掲載できるだけでなく、提携自治体にも無償で提供しています。これらの空き家対策事業は国交省の「地域の空き家・空き地等の利活用等に関するモデル事業」に採択されました。

 

空き家相談窓口がある愛知県不動産会館

空き家対策事業スキーム図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②「会員マイページ」および新流通サイト「あいぽっぽ」の開設

 宅建業法や民法が改正され、物件の調査事項がより詳細かつ多岐にわたるようになりました。そこで会員の業務支援の一環として、日々業務で利用するために必要な情報を全て集約した「会員マイページ」というサイトを2019年10月にオープンしました。このサイトでは、各種契約書式のダウンロードや登記簿情報の閲覧ができ、各行政が提供している都市計画情報や道路情報等を集約しています。さらに、家賃保証や少額短期保険などの賃貸業務に関するサービス、各種法令、税制関係情報の提供、各種研修会やセミナーの案内、宅建サポートの提供サービス案内等をワンストップで見ることができます。2020年4月には新しい流通サイト「あいぽっぽ」をオープンし、このサイトに物件を登録すれば自社の物件管理ができるだけでなく、レインズやハトマークサイト、その他の有料サイトなどのポータルサイトにボタン一つで物件登録ができるようになりました。愛知で最も使われるサイトを目指そうと考えて設計しましたので、会員は朝出社したらまず「会員マイページ」を開き、新規登録物件をチェックしたりニュースを確認するような感じで利用してもらえたらと思っています。そして、多くの会員が利用すれば、SEO対策にもなります。さらに最近は、研修会の動画をアップしており、将来的にはこのサイトでWeb研修もできるようにしたいと考えています。約5,500会員のうち、「会員マイページ」の登録者数は3,000名を超え、「あいぽっぽ」の事業利用申請数も1,400名を超えました。

 

「会員マイページ」のトップ画面

「あいぽっぽ」のトップ画面

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③ベテラン会員と新入会員の意見交流の機会の実施

 高齢化や後継者難を理由に廃業する会員が増えてきたので、新入会員に事業承継ができないかと考えましたが、サービス業という性格と中小零細規模の業者が多いことからなかなか難しいことがわかりました。そこで、例えば事務所から遠いところにあり管理が困難になった駐車場などを、地元の新入会員に移管してフィーを分け合うようなことから始めることができないかと、昨年からベテラン会員と若手会員の意見交流の場を設けることにしました。参加資格は、新入会員は開業して5年以内で50歳未満の経営者、ベテラン会員は会員歴が20年以上で年齢が65歳以上です。60名くらいの人数が年に一度集まり、食事をとりながら名刺交換し世代を超えた交流をしています。また、各支部に元々あった同好会を発展させ、女性部会や青年部会を14の支部で作り、運営費を本部でバックアップしています。やはり昔に比べ横のつながりが少なくなっており、新入会員からは“仕事の相談をしたいが、先輩会員と知り合いになるきっかけが少ない”という声も多いことから、このような会があると若い会員は喜んでくれます。支部によっては新年会や総会のタイミングで新入会員を壇上に上げて自己紹介やPRをしてもらい、“新入会員をみんなで盛り上げよう”とバックアップしているところもあります。

 当協会ではアフターフォローがなによりも重要だという観点から、「会員マイページ」を作ったり地元の中でつながりができる機会を設け、新しい会員でもすぐに商売ができるように後押ししています。

 

④教育研修体制の充実

キャリアパーソン受講推進協会等表彰状の数々

 私の好きな言葉に「人は石垣、人は城、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」という格言があります。協会組織は人に支えられていますので、優良な担い手を育てることがなによりも重要です。そのため会員に対する教育には力を入れています。不動産キャリアパーソンについては制度発足以来7年連続で受講者目標を達成し、受講推進協会として全宅連から毎年表彰を受けています。また、愛知県は戸建て志向が強く土地の取引が多い地域ですが、弁済の認証申出は非常に少ないです。それだけ調査義務の遵守を徹底していますし、トラブルが生じても話し合いを重ね和解にもっていくようにしています。

 

 

協会経営は企業経営と一緒

─組織強化を図るうえで事務局の職員を大事にしています。

 当協会でも事務局職員の欠員を募集することがあります。ただ応募はたくさん来ますが、協会の将来を託せるような人はあまりいません。企業の場合と同様、協会でも職員を育てるには相当な投資と時間がかかります。職員は組織を存続させていくための最も大事な財産で、組織の宝だと思います。上に立つ者は、職員が働きやすい職場を作り、やる気が出る職場にすることを第一に考えるべきです。お陰様で代々の会長も同じような考えで組織運営をしていたことから当協会の職員の勤続年数は長く、かゆいところに手が届く配慮をしてくれる人が多いです。

 職員の能力向上のために、1人が2~3つ程度の事業担当となるとともにジョブローテーションを定期的に行うことで、協会事業やサポート事業など全事業を把握できるようになりました。その結果、視野が広がり、1つ課題を出すと2通りの答えが返ってきます。また、パートタイマーの職員にも正社員と同様に賞与を出し、本部・支部合同の研修旅行にも参加してもらい連携を強めています。20名の本部正職員のうち宅建士が12名、行政書士が3名いますが、資格者には手当てを付け意欲の向上につなげています。

 

─企業経営の感覚で協会運営をしています。

 当協会は1988年から32年間、会費をまったく上げていません。これからも財政をしっかりして会費を上げないことが一律の会員サービスになると思います。また、会員支援のために2003年に事業協同組合を作り、それを発展的に解消して宅建サポートを設立しました。冒頭に述べたように、これまで財政基盤の強化に取り組んできましたが、今後、会員支援を継続したり、強化したり、職員の雇用を守っていくためには、公益法人の制限がない宅建サポートの事業を伸ばしていかなくてはなりません。

宅建士道

 2014年の宅建業法の改正で、宅地建物取引主任者が宅地建物取引士に変更になり、士業の仲間入りをしました。しかし、名前が変わっただけで何のメリットを感じないといった声などもあったことから、宅建士になったことで一層身を引き締めなくてはならないと思い、『宅建士道』という本を出版して当協会の会員全員に配布しました。この本には名称変更に至る歴史やベテラン会員の体験談、伊藤全宅連名誉会長や坂本全宅連会長のインタビューを通じて、そこに至るまでの経緯やこれからの宅建士のあり方などについて語ってもらいました。

 やはり愛知県宅建協会は、10年間全宅連の会長を輩出した県なので、当協会の役員や職員は“恥ずかしいことはできない”という自負を強く持っています。宅建士はプロとしての自覚を持ち、士業としての誇りと責任感を持ってほしい、それがこの本に込めたメッセージです。

 

 

 


 

岡本大忍(おかもと たいにん) 氏

1947年生まれ。大学卒業後に会計事務所を経て顧問先の不動産会社に勤務。経理、設計、建築管理、不動産全般に従事。1986年、やや遅い39歳で不動産業を開業して、支部・本部役員を31年間務めている。本部では10年以上、総財関係を担当して組織・財務改革等を推進。
現在、会員支援事業に軸足を置いて空き家対策、行政書士法人設置、新流通サイト等を展開。さらに、愛知版ビジョンの4本の柱「会員支援・人材育成・組織再編成・新不動産会館の建設」等の第三次改革に取り組んでいる。