株式会社スピーク/東京都新宿区

地域を魅力的にする取り組み

講演日:2020年11月24日 (大阪府宅建協会エリアリノベーションスクール)

 

建物の弱点を隠さず
古さを生かして価値に変える

リノベーションには建築関連法規の正しい理解が必要

 

・“皆さん”ではなく少数派に評価される商品企画を考える

・古い建物の良さに目を向けつつ古い建物の弱点を隠さない

・リノベーションに必要な建築関連法規知識

・物件の企画をするときに確認すべき4つのこと

 


 

“皆さん”ではなく少数派に評価される商品企画を考える

 本日は、『リノベーションの商品企画』と、『リノベーションに必要な建築関連法規知識』についてお話をします。まず初めに認識して欲しいのは、“リノベーション”と“リフォーム”は違うということです。リフォームは、建築の元の価値を回復することです。つまり、壁紙の貼り替え、キッチンの取り替え、ユニットバスの設置などをすることがリフォームで、これを行ったことによって物件はきれいになりますが、顧客層に変化はありません。それに対してリノベーションは、建築に新たな価値を付加することです。使い方の変更や、イメージを刷新することで物件の価値が変わり、顧客層を変更することができる。それがリノベーションということになります。

 そして、商品企画を考える上で重要なポイントが、お客様のことを“皆さん”と言っている限りはうまくいかないということです。不動産、特にリノベーションの商品企画では、商品は1つしかありません。従って、借りてくれる、あるいは買ってくれるお客様が1組いれば成功ということになります。1つの物件に100人来るだけでは意味がないですし、100人を狙いにいって印象の薄い物件になるぐらいだったら、10人しか手が挙がらないかもしれないけど、しっかりと狙った顧客層に届く企画にしたほうがいいということになります。

 管理委託されている物件で“人気がない”と言うことがよくありますが、人気がないというのはどのような状態を指すのでしょうか。まず考えられるのが、“競合物件に負けている”という状態です。競合物件に負けている場合は、中途半端なことをしてもその状態は変わりません。相手が新築物件であれば、お金をかけて多少リフォームをしても、新築がいいという人には勝てないわけです。むしろ少数派のお客様に照準を定めて、無駄な競争から脱するという考え方が必要だと思います。今は多様化の時代と言われ、部屋を借りる人の価値観もさまざまです。多くの人が何となくいいと思うものよりは、一部の人がすごくいいという物件にすることを狙ったほうが、こと中古の築古物件に関しては再生の可能性が上がります。そして、次に考えられるのが、“古くて使えない状態”という場合です。しかしその場合も、よく物件を見ると、立地もいいし、物件に個性もあるが、古すぎて設備が駄目になっているに過ぎないという場合があります。その場合は、逆に古さを生かして再生するといいと思います。古さは価値になります。特に、年齢が若い人ほど古さの価値を評価しています。

 

 

古い建物の良さに目を向けつつ古い建物の弱点を隠さない

ツタの絡まる家

 最初の事例は、築40年で十数年間空き家のまま放置され、ツタが絡まり窓も開かず、近所ではお化け屋敷と言われていた物件です。私はこのツタが個性になると思い、これを生かしてリノベーションすれば面白いと考えました。工務店に見てもらうと、ツタが壁に食い込んでくるので、建物に悪影響を及ぼすから全部剥がして補修すべきだといいます。しかし、これを取ってしまえばただの小さな家になってしまうだけで、建物の個性は全く消えてしまいます。物件は個性があるほど、どこかにいるであろうファンに届きやすくなります。最終的にツタを残して再生したところ、事務所兼住宅として使いたい人が現れ、相場よりも高い賃料で貸すことができました。このように、物件に個性があるほどお客様が確実に入り、キャッシュフローが回りやすくなります。キャッシュフローが回れば仮にツタが壁に食い込んだとしてもすぐに改修することができます。実際に改修後約10年経ち、入居者が2回入れ替わりましたが、空室期間がほとんどないほど稼働しています。

 次の事例は1930年築の民家です。前住居者が退去した後、借り手がつかず、建物は大分傷んでいましたが、所有者が自分の生家なので壊すのも忍びないということで相談に来られました。一見すると古くて暗い印象ですが、このような建物を見たときにいかにいいところを見つけられるかが大事なポイントです。大きな庭があり、障子の桟には職人技が光り、年季が経って床や柱がいい味を出しているなど、いいところを見つけて、その魅力を引き出すような方法でリノベーションすることで、子育て世代が働きながら暮らすという物件になりました。

1930年築の民家

 このように、古い物件を“皆さん”のためにではなく、どこかにいるであろう“少数派”のために、と考えてリノベーションすると、その先にあるのは、“建物と人との幸せな関係”です。やはり、古い建物は古いものが好きな人が使うべきで、そのためには、古い建物の良さに目を向けるということと、古い建物の弱点を隠さないことがポイントです。古い建物をまるで新築のように装うと、新築好きの人が来て、その人に貸してしまうと、きしむとか窓の閉まり具合が悪いなどと、クレームになります。しかし、古いものを好きな人に貸せば、そういうクレームはほとんど来ません。ツタの絡まる物件を募集した際も、営業が「窓からツタ入ってくるかもしれません」と説明した際に、「そうですか。面白いですね」と言う人だったら貸そうという話で進めました。実際にこの10年間、全くクレームはありません。民家の場合も同様で、隙間風が気になるような方にはお勧めしません。実際に入居したのは「自分で隙間を埋めていいですか」と自分で解決してしまう人です。しかもその方はインテリアも充実させて、雑誌の表紙を飾るような部屋になり、古い物件と相性のいい人が住むことによって物件の魅力がさらに増しました。

 リノベーションする際に必要な基本姿勢は、“古さを生かして価値に変える”ということと、“建物の正体を偽らない”ということです。古くても、魅力がありそうだなという部分はあえて化粧せずに汚いまま見えるようにしています。何故なら、それがいいと思う人に入ってもらうことが大事だからです。逆に全部きれいにすると、全てが新しいと期待するお客様が入るので「エレベーターが遅い」とか「上の階の音が響く」といった建物の構造的にどうしようもない部分にもクレームが入ってしまいます。そのために、建物の遮音性をアップするよりも、お客様がどう感じるかというほうをコントロールしたほうが絶対にコストも安いし、事業としてもうまくいきます。従って、新しいものや高いスペックにこだわる人は、お客様の対象から外してみたほうがうまくいくと思います。実際に、高いスペックの物件でなくても高い家賃を払う人はいるのです。

 

 

リノベーションに必要な建築関連法規知識

─物件の活用の相談が来たときに確認すべき5つのこと

 リノベーションをするときに最初に確認すべきことは、①確認申請・検査済証の有無、②既存図面の有無、③今の用途、④建物の竣工年や構造、⑤用途地域の5つです。①については、まずオーナーに確認し、失くしてしまったり不明な場合は、役所に行って記載事項証明の記録をもらいます。リノベーションをする際に確認申請が必要な場合、検査済証の提出が求められるため、“確認申請・検査済証”があるとその後リノベーションできる範囲がかなり広がり、流動性が高くなります。検査済証は、工事完了後に確認審査官が検査し、法律に適合していることを確認した後、オーナーに渡される書類です。しかし、実際は完了検査自体が行われている比率が5割を切っていた時代もあり、かなりの確率で無いケースが多く、結果的に確認申請を伴うリノベーションができない事案が数多くあります。

 2つ目の既存図面については、図面の細かい内容よりも有無が大事です。断面図や構造図が無ければ逐一専門家が実測等をする必要があり、その分の費用がかさみます。従って、できる限りオーナーに本棚等を調べてもらい、資料があれば全部コピーしておくといいでしょう。既存図面が無いと何もできないというわけではないのですが、あるだけで工期が短縮されることがあります。

 3つ目に必要なのが、今の建物の用途の確認です。確認申請や検査済証の書類があればそこに必ず書いてありますが、それが無い場合は現状で確認します。居住用として実際に住んでいるのであれば住宅ですし、事務所として使われているのであれば事務所になります。ただ用途の確定は結構難しく、例えばオフィスビルに英会話スクールが入っている場合、用途は学校ではなく事務所になりますし、歯医者が入っている場合は病院ではなく事務所になります。このように、判断に迷ったり曖昧な場合もありますので、役所の建築指導課に聞くのが一番確実です。現在の用途を確認する理由は、リノベーション実施後の用途について、確認申請の必要の有無を判断しなくてはならないからです。

 4つ目は竣工年の確認です。建物は、建築基準法の改正の時期によって3つに分類されます。まず、1970年以前の旧耐震基準物件、次に1971年~1980年の移行期の物件、そして1981年以降の新耐震基準物件です。阪神淡路大震災のときの被災状況を見ると、大破した建物の比率は、旧耐震物件が8.5%、移行期の物件が2.3%、新耐震物件が0.3%となっており、どの建築基準法上の物件なのかということを把握しておくのは非常に重要です。例えば保育園の出店を検討している場合など、新耐震基準物件が絶対条件というお客様もいます。

 最後が用途地域の確認です。用途地域によって作れるものとそうでないものがあります。第1種低層住居地域ですと、店舗、事務所、ホテル、遊戯施設、風俗施設は全て作れませんので、住宅以外の用途変更の可能性は非常に小さくなります。それに対して準工業地域はかなり自由度が高いです。大阪は町工場が多いですが、準工業地域は不動産利用の自由度が高いですし、概ね地価が安いところが多いので、リノベーションして何かを始めるには可能性が高く非常に魅力的な地域です。

 

 

物件の企画をするときに確認すべき4つのこと

 次に具体的な企画を検討する際に確認すべきことは、①確認申請ができる物件かどうか、②企画の用途は何か、③用途と用途地域、④確認申請が必要か否かの4つあります。前述のように検査済証が無いと原則確認申請はできません。ただ、それが無くても無理やりする方法はありますが、労力が非常にかかるのであまりお勧めはしません。その場合は、この物件は確認申請ができない物件だという認識をしてもらえれば結構です。また、検査済証があっても違法状態がある場合は是正が必要になります。例えば、明らかに後から増築している場合はたいてい違法建築です。その場合は違法状態の部分を撤去しないと、次のステップには進めません。

 次に確認すべきことは企画の用途は何かということです。自分たちやお客様がやりたいことの用途をチェックする必要があります。その際、カフェやシェアハウス、ゲストハウスという用語は建築基準法上には出てこないので、法律上の用途と照らし合わせることが必要です。カフェは飲食店、シェアハウスは寄宿舎、ゲストハウスは簡易宿所です。シェアオフィスは事務所ですがSOHOは兼用住宅になります。お客様がやりたいと思っている用途が何に該当するかがわかった後に、その物件のある用途地域と照らし合わせ、企画している用途がその地域で実現することが可能かどうかを確認します。

確認申請が必要な場合

 最後に、確認申請が要るかどうかの確認になります。建築確認は建築行為を行う際に申請し、自治体や民間の指定確認検査機関が行うと定義されています。従って、新築時だけに必要なのではなく、既存建物のリノベーションでも確認申請が必要な場合があります。必要な場合というのは、特殊建築物に該当する用途への変更で、当該面積が200㎡を超える場合です。それ以外にも建物の主要構造物の屋根や外壁などに対して、大規模修繕をする場合にも確認申請が必要になります。覚えておいて欲しいのが200㎡超の特殊建築物ということです。特殊建築物というのは、不特定多数の人が来る建物とされていますので、カフェや物販店舗、ホテルやシェアハウス、学校や保育園、集合住宅などは全て特殊建築物となります。戸建て住宅は不特定多数の人が来るわけではないので特殊建築物ではありません。事務所と長屋も特殊建築物ではありません。これは絶対に覚えておいてください。

 

─検査済証が無い場合の対応方法

 このような項目を確認した上で 検査済証が無い場合はどうすればいいのでしょうか。私たちは以下の三つの可能性を考えます。まず、用途変更の範囲を200㎡未満にできないかどうかという可能性です。例えば240㎡の長屋があり、それを全て店舗にしたら確認申請が必要なので、199㎡までを店舗にして残りを住宅にします。または、長屋のままで利用することで特殊建築物にならない方法を考えます。このように、長屋、事務所、戸建て住宅の中で使える用途はないかを探し、例えばアトリエなら作家の事務所という位置づけになるので、アトリエ付き住宅にすれば特殊建築物にならずにすむというわけです。

 

─よくありがちな3つの誤解

 最後に意外と多くの人が誤解している3つのことについて述べたいと思います。まず、既存不適格と違法は一緒だと思っていること。次に、確認申請をするとあれこれ大変だと思っていること。最後に、確認申請が不要なら法規も不問だと思っていることです。これらは全て誤りです。既存不適格と違法は一緒ではありません。既存不適格は、建物ができたときにはその当時の法律に適合していたが、その後法律が変わってしまい、現在の法律に適合してない状態のことを指します。それに対して、違法は、その当時の法律に照らしても、今の法律に照らしても駄目という状態で、既存不適格とは明確に異なります。その判断を誤ってしまい、取引の打ち合わせが進む過程で、相手方の物件調査が行われたときに指摘された場合、それで契約は終わってしまいますので注意が必要です。

 また、既存不適格の建物に確認申請を伴うリノベーションを行う場合、現行の建築基準法に合わせた構造にすることが法的に求められる場合がありますが、コストや工法面から非現実的になり、プロジェクトが止まってしまうケースもあります。一方で、用途変更の確認申請では構造の既存遡及がありません。つまり用途を変えるだけなら、構造を現行法に合わせることが強制されないのです。すると、確認申請が要らない場合、法規は不問なのかという意見が出ますが、それも間違いです。確認申請が不要でも原則現行法規を遵守することが基本です。ただ、全部やるのは無理ですよね。そういうときは、筋交いを1本でも多く足して、今よりましな状態にしておくという判断が大切で「危険を増大させない、今よりは安全にする」という、この心掛けが重要です。

 


 

宮部浩幸(みやべ ひろゆき) 氏

東京大学大学院建築学専攻修了。北川原温建築都市研究所(設計業務)、東京大学建築学科助手(大学のキャンパス計画室兼務)、リスボン工科大学客員研究員を経て2007年SPEAC,inc.に参画。建築の企画・デザイン及びリサーチを行う。2008年ポルトガルでのリノベーションに関する研究により博士(工学)を取得。2015年より近畿大学准教授、2021年より近畿大学教授。

 

 

 

 

株式会社スピーク

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