大阪市高速電気軌道株式会社/大阪府大阪市
地域を魅力的にする取り組み
<取材日:2021年11月25日>
鉄道事業の一環として地域のファンを
増やし活力のあるまちづくりに取り組む
エリアリノベーション手法を選択し、持続的なまちづくりを目指す
・Osaka Metroが進めるエリアリノベーションの手法を用いたまちづくりについて
鉄道事業の一環として沿線のまちの賑わいを創り出す
─鉄道会社である貴社がまちづくりに取り組まれる背景と目的を教えてください
前田氏:当社は、2018年4月1日に、大阪市交通局という公営の地下鉄事業を営んでいた団体から民間会社に生まれ変わりました。その際、“私たちは、最高の安全・安心を追求し、誠実さとチャレンジ精神をもって、大阪から元気を創りつづけます”という企業理念を掲げました。そして、それまで培ってきた“ひとにやさしい交通機関”の精神を受け継ぐとともに、“交通を核にした生活まちづくり企業”へ変革していくことを目指すことにしたのです。
生活まちづくり企業になると標榜した背景には、都心回帰現象の中で、大阪市内の中心部は高層マンション等が建ち、人口も増えつつありますが、周辺部は歴史があっても土地柄が古く、人口減少や高齢化の波を受けているという現状があります。弊社の沿線にもそのようなまちがたくさんあり、それらのまちが元気になっていかないと、将来的に鉄道利用者がどんどん減ってしまうのではないかという危機感がありました。
さらに、コロナの影響でインバウンド需要の消滅とともに中心部の人口も減り、テレワークの浸透で定期券を購入するお客様が減少してしまいました。やはり、従前からのお客様だけで伸びていこうとすると、安定性はあるかもしれませんが成長性には限界があり、先が見通せなくなってきました。
─鉄道会社によるまちづくりというと、大規模開発のイメージがあります。エリアリノベーションの手法をあえて選択した理由を教えてください
前田氏:マンションを建てたり、駅前の施設に大手スーパーを誘致するなど大きな箱モノを作れば、周辺から注目されるまちも生まれるのでしょうが、果たして20年後、30年後にまちがどうなっているかの見通しが難しいものがあると思っています。むしろ鉄道事業を営む者としては、地域に人が定着し、地域のファンとして末永く沿線に住んでもらうような、地道で持続的な活動を目指すべきではないかという考えに至りました。そこで少し元気がなくなっているまちで、空き家や遊休不動産を活用して、特徴を生かしたまちづくりの活動に協力していくことにしました。
鍋島氏:少し捕足しますと、民間会社になったことで、公営団体のときとは違い、鉄道以外の事業を多角的に展開することができるようになりました。実際に社内では都市開発事業部という部署を作り、不動産業の経験者も採用して、地下鉄会社なので土地はあまりないものの、その土地にビルやマンションを建てたりしています。
しかし、今回まちづくりを進めているチームは鉄道事業本部※1という鉄道事業の中の部署が行っています。つまり、沿線のまちに賑わいをつくり、まちを活性化するのはあくまでも鉄道事業の一環として考えており、一般の不動産開発とは区別してやっています。
執行役員
鉄道事業 交通事業本部
副本部長
交通事業本部 計画部長
─鉄道事業の一環なのですね。しかし、鉄道のプロフェッショナルの方がまちづくりに取り組むにあたって、苦労されたのではないでしょうか
前田氏:この事業に携わっているメンバーは皆、土木職や建築職といった技術屋です。ですので、エリアリノベーションをキーワードに、そのような活動をしている方をリサーチして、人脈作りは一から飛び込みで開拓してきました。南海電鉄さんなどといったエリアリノベーションを先駆けてやっておられる同業者に、話を聞いたり、商店街で買い物をし、お店の方と会話をしながらつながりを作っていきました。
石本氏:丸順不動産(株)の小山さんと出会ってからは、小山さんからもたくさんの人を紹介してもらいました。大阪宅建さんとも小山さんからの紹介で連携協定にまで至りましたので、人と人とのつながりが事業の可能性を広めていることを感じます。
前田氏:大阪には“商店街”という文化が昔からあったように思います。多くの商店街にはアーケードがあり、その商店街で頑張ってこられた皆さんが高齢になり、だんだんシャッターが下りてしまっていますが、実際に話を聞きに行くと、「このままでは終わらない」と高い志を持っている方も多いという実感を持ちました。
例えば、こんな事例もありました。店を閉めてしまった店主のところに、私たちの活動の説明に行ったところ、「こんな家がまだ活用できるのなら、メトロさんの力を借りずに、息子たちと一緒にもう一回ここで新しい商売を立ち上げるわ」とおっしゃいました。これも私たちにとっては1ポイントなのです。オーナーさんが自発的にお店を立ち上げようとされるのなら、私たちは手を出さず、そちらに期待しましょうというスタンスです。
執行役員
鉄道事業 交通事業本部
副本部長
エリアのキーパーソン育成も視野に入れる
─これから進めるエリアリノベーションのスキームについて教えてください
前田氏:空き家となっている不動産を弊社がオーナーから借り上げて、弊社の負担でリノベーションを行い、借り主に転貸するスキームです。ただ大切なポイントは、借り主を選ぶということです。借りたい人ならだれでもよいわけではなく、まちが活気づくような仕事をする人やまちの魅力を発信してくれる人に使ってもらい、その方が入ることで人が集まり、人が人を呼んでまちが元気になるようなサイクルを作りたいと思っています。
また、鉄道会社の強みとして地域に駅を持っていますので、まちの素敵なお店や仕事などを紹介するリーフレットを作成して、駅の中に置くことで、地域の人たちに情報発信し、自分たちのまちにもこんなに素敵な店があるんだということを認識してもらいたいと思っています。
─リノベーション費用を負担するということはリスクも抱えることになりませんか
鍋島氏:小山さんから教えてもらった方法ですが、リノベーションをしてから借り主を探すのではなく、まずテナントを先に決め、そのテナントの資金や事業見通しを把握した上で、投資金額の見込みを立て、建築士や工務店と工事の範囲や内容を相談しながら進めることでリスクを回避します。また、建物検査の結果、柱や屋根に大きな傷みが見つかり改修費がかなりかかりそうであれば、大家さんにもその一部を負担してもらう交渉をし、弊社としても収支が合うように調整をします。
─そのような物件の目利きや借り主の審査には専門家の力が必要ではないですか
前田氏:物件の目利きや、借り主を選択する判断ができる人を、“キーパーソン”と表現していますが、現在は小山さん一人にお願いしています。従って、エリアリノベーションの対象を、地下鉄御堂筋線の「西田辺」「長居」「あびこ」の3駅にしています。ただ、案件が増えたり、今後エリアを拡大するとなれば、小山さん一人では限界がきますので、大阪宅建さんと協力して、そのような能力を持った方とつながったり、“キーパーソン”が増えていくことにも繋がればと思っています。
大阪宅建との協定でまちづくりの活動を加速させる
─大阪宅建との協定で期待することは何ですか
前田氏:この事業を進める上で、物件情報が非常に大きな要素になってきます。大阪宅建さんは8,500社という大きなネットワークをお持ちなので、たくさん物件を紹介してもらえれば、それだけ早く多くの活用事例を作ることができます。しかも、物件の状況も把握しているでしょうし、まちを元気にするという活動に理解をしてくれるオーナーや、私たちの意図に合致する借り主を選んでくれるという点でも期待をしています。
─事業の具体的な目標を教えてください
前田氏:エリアリノベーション事業の内容を社長に説明したところ「生活まちづくり企業の活動として、手触り感があって、非常にわかりやすい」と評価してもらいましたが、次いで「それなら100件くらい、いこか」と言われ、それが目標になりました( 笑 )。当初は2桁くらいの件数を想定していましたが、それくらいやらないと大きなムーブメントとして認識されないだろうということだと思います。
先日も昭和町のBuy Local運動のイベントに参加しましたが、4,000人くらい集まったとのことです。それだけ集まれば大きなうねりになります。
─事業の結果を評価する数字は、やはり乗降客数となりそうですか?
前田氏:最終的には沿線のあらゆる駅で、そのような大きなうねりが起こっていることをイベントなどで可視化することなのでしょうが、定量的に考えると、弊社としては地下鉄利用のお客様の増加や、行政としては空き家数の減少であったり、地域にとっては小学校の児童数が増えていることなのかもしれません。いずれにしても、まちが元気になって、住みやすいまちということが地域の人に伝わることが最終的なゴールだと思います。
社内的にもコロナの影響で乗降客数が減り閉塞感があるなかでも、私たちのメンバーは元気です(笑)。この活動を通じて、人のつながりを実感し、その過程で元気をもらっているのだと思います。ここに、成功体験が1つでも2つでもできればこの活動がもっと太い幹になっていくと思います。
─この取り組みが成功すれば、鉄道事業者の概念を変えるかもしれません
多くの電鉄会社がこれまで行ってきた沿線開発のように、まず郊外にニュータウンを開発して家を建て、都心まで電車を利用してもらうという方法と、私たちがいま目指していることは全く異なります。私たちが目指すのは、地元で商売をし、地元の活動に参加してくれる人に住んでもらうことです。それは鉄道利用者を直接的に増やすことにはならないかもしれませんが、そのような人が増えることで、まちに人が引き寄せられ、または流出を防ぐことになる、そのような持続的なまちづくりができればと思っています。
大阪宅建さんの策定されたビジョンや理念の話を聞き、弊社と同じ方向を向いていると感じました。だからこそ、一生懸命やらねばと思っています。
まちづくり推進係長
※1 現在は交通事業本部。
Osaka Metroが進める
エリアリノベーションの手法を用いたまちづくりについて
1.Osaka Metroの紹介
Osaka Metroは前身が大阪市交通局で、1903年の市電の開業から始まり、地下鉄事業としては1933年に御堂筋線の梅田~心斎橋間を開業し、2006年の今里筋線の開業をもって現在のネットワークが完成しました。そして2018年の民営化によって4月に大阪市高速電気軌道(株)となりました。
企業理念は、“私たちは最高の安全安心を追求し、誠実さとチャレンジ精神をもって、大阪から元気を作り続けます”というもので、鉄道事業会社として安心安全を追求し続けることはもちろん、社会のニーズに先回りし、新しい発想をもって進化するという視点で積極的に地域のまちづくりに貢献したいと思っています。エリアリノベーションによるまちづくりは、弊社の中期計画の、“大阪の更なる発展に貢献”を目指して取り組む事業の中に位置づけており、交通を核とした生活まちづくり企業として、沿線地域のまちづくりを軸に新たな事業を創造、拡大することで大阪の元気を作り続け、大阪の活性化に貢献したいという目的で行っています。従って、この事業を担うのは交通事業本部で、不動産を通じた収益事業の都市開発事業とは別の位置づけで活動しています。人口が減少すれば鉄道の利用者も減少します。それに対して、地下鉄の沿線エリアの魅力や価値を高め、“住み続けたくなる、選びたくなる、訪れたくなる”エリアに変化させることで人をつなぎ、さらには人口を増やし、沿線エリアを持続的に活性化していくことを目指しています。
この事業は2025年までのタイムスケジュールを立てており、2018年に沿線全体のデータ分析を基に基本構想を立案し、2019年度よりエリアリノベーションの手法を用いた活性化策を3ヶ年の計画でスタートさせました。そして、2020年度よりエリアの価値向上に資する遊休不動産の有効活用について着手をし、計画では3年で100件の活用を目指す予定です。
2.2018年策定まちづくり基本構想について
沿線のデータを分析すると、大阪市の空き家率は他都市に比べて突出して高い一方、地価の推移は、中心6区は高騰しているものの郊外の区は比較的緩やかな上昇率であることから、地域によっては空き家を活用できる芽が十分ありそうだということがわかりました。また、人口予測を見ると、市内全域の人口減少率は比較的緩やかなのに対して、阿倍野区は緩やかですが、住吉区は著しく減少するという予想が出されており、このままでは放射線状に伸びている地下鉄の利用者が大幅に落ち込んでいく可能性があります。
さらに、各駅の乗降客数の推移を比較すると、御堂筋線の昭和町、西田辺、長居、あびこという連なる4駅のうち、昭和町だけが著しく伸びているのに対し、他の3駅は減少しているか漸増に過ぎません。その原因を探ると、昭和町駅周辺では10年以上前からエリアの魅力を高める取り組みが行われていたことがわかりました。そのような分析を通じて、エリアリノベーションの手法がまちづくりには非常に有効だという結論に達し、昭和町駅に隣接する西田辺、長居、あびこの3駅を推進エリアとし、各地域が持つ特性を抽出し、例えば西田辺らしさといった、特徴のある地域活性化戦略を練っていけば、昭和町と同じような効果を得られるのではないかと考えました。
3.エリアリノベーションによるまちづくり
エリアリノベーションは、建築家の馬場氏※1 によると、行政主導のマスタープラン型の都市計画でもなく、助成金や市民の自発的な良心に依存したまちづくりという手法でもない、新しいエリア形成の手法ということになります。
当プロジェクトは2つのチームによってまちづくりを推進していきます。まず、沿線地域の魅力開発を目的とするチームです。このチームには、(株)サルトコラボレイティブの加藤氏に入ってもらい、まちの将来を思い、守り育てていく“キーパーソン”を見つけ出し、推進組織を立ち上げ、まちの将来像を描く戦略を立てます。そして、この戦略を基に、老舗店舗のPRや新たな店の誘致、マルシェなどのイベントを開催してエリアの魅力価値創造を目指します。そして、当社による3年間の取り組みの後、推進組織がそのまま取り組みを継続し、将来にわたり沿線エリアの魅力と価値向上を図れるようにしたいと考えています。
もう一つが、遊休不動産リノベーションチームです。ここには丸順不動産㈱の小山氏に入ってもらい、地元の不動産会社や設計事務所、工務店と共同し、沿線活性化の戦略に基づいて遊休不動産のリノベーションを実施します。但し、単に空き家に人が入ればいいということではなく、地域との関係性を重視し、オーナーと今後の使い方について綿密に相談し、このエリアに愛着を持って暮らしてくれる人をマッチングします。このように点としての遊休不動産の活用ではなく、エリア全体の価値向上に寄与することが重要だと考えています。それを推進するために必要な、不動産、メディア、グラフィック、建築の4つのキャラクター※2からチームを構成し、進めていきたいと思っています。
※1 『エリアリノベーション変化の構造とローカライズ 馬場正尊+Open A編著 学芸出版発行』
※2 不動産、メディア、グラフィック、建築の4つのキャラクターの考え方『エリアリノベーション変化の構造とローカライズ 馬場正尊+Open A編著 学芸出版発行』P.27~P.36を参考にした説明
4.大阪府宅建協会との連携について
遊休不動産活用の基本モデルは、空き家や空き部屋になっている物件を当社が一括して借り上げ、さらに当社が全て費用負担してリノベーションして転貸するというものです。これを先ほどの3駅の周辺エリアで進めていきたいと思います。
具体的な進め方は、まず地元の不動産会社が入手している空き家や空き室の中から、3駅に近い物件や、このエリアの価値を高める戦略にマッチしているというような情報を弊社に寄せてもらいます。その中から対象となる物件を選び、遊休不動産リノベーションチームの設計・施工会社やデザイン会社の協力のもと、企画案を共同で作成し、そのチームを通じてオーナーのコンセンサスを得ます。そこで合意できれば、オーナーと弊社の間で賃貸借契約を締結します。同時に、その企画案に沿うような入居者の募集をスタートさせ、入居者が決まれば、設計の打ち合わせをし、工事を開始して唯一無二の空間を作っていきます。引き渡し後は、物件紹介してくれた不動産会社には仲介手数料の支払いと、その後の物件管理もお願いします。弊社としては、地元のことに精通し、不動産を持つオーナーと信頼関係のある不動産会社とつながりをもつことでマッチングを強化できるということに期待をしています。
大阪府宅建協会と連携する内容は、①エリアリノベーションの手法を用いたまちづくりの推進②沿線地域の活性化による不動産需要の喚起と不動産資産価値向上③エリアリノベーションに必要な“キーパーソン”の育成研修の実施④協会会員に対するまちづくり“キーパーソン”としての協力や、物件情報の収集・提供、仲介・賃貸管理業務受託等の協力要請です。連携による弊社のメリットは、効率的に物件情報の収集ができること、仲介、賃貸管理、施工等リノベーションに必要な企業とマッチングできること、他のエリアに横展開がしやすくなるという点です。一方、宅建協会のメリットは、協会会員のまちづくりに関するスキルの醸成、地域に根ざした“キーパーソン”を育成でき、宅建協会のビジョン実現にも近づくこと、弊社と協会会員や、その関連企業とのマッチングを促進でき、協会会員の成長を促すことができること等が挙げられます。このプロジェクトを通じて、弊社と宅建協会と地域の皆様がwin-winの関係になれることを目指したいと思います。
大阪市高速電気軌道株式会社
代表者:代表取締役社長 河井英明
所在地:大阪府大阪市西区九条南1丁目12番62号
電 話:06-6582-1400
H P:https://www.osakametro.co.jp/
業務内容:大阪市内およびその周辺地域で地下鉄・ニュートラム事業を運営する。2018年の民営化に伴い、交通を核にした生活まちづくり企業に変革することを目指し、まちづくり基本構想を策定2020年度からエリアリノベーションによる沿線エリアの価値向上に取り組む。