住宅産業塾/東京都港区
顧客志向の企業経営の実践
<取材日:2022年9月14日>
住宅はお客様が生命を担保にして
求める家族の幸福の城
CSを基本に据え、地域とお客様を徹底的に大切にする
本格的に強存強栄・淘汰の時代がやってくる
─住宅を取り巻く環境は大きく変化しつつあります。この状況をどう考えたらいいのでしょうか。
コロナの前から、これからは時代が変わり、工務店も「破壊的イノベーションをしないと生き残れない」と住宅産業塾の会員には話していました。それを見据えて、「不易流行、原点回帰と新たな業態変革の同時実現、未来を見据えて今を見つめ直し新たなスタートを切る(2017年)」「新しいビジネスモデルの構築へ向かう複合新創業元年(2018年)」「決めたことを徹底実践し、難しい環境を突破し強く成長していく年に(2019年)」と、年間のテーマを掲げてきました。人口減少や高齢化の影響を受け、新築市場は既に減少衰退傾向に入り、2008年まで100万戸あった着工戸数は2030年には65~70万戸まで減ると推測されてい ます。ただ、ここ数年はコロナ特需が発生し、一時的に市場を押し上げてしまいました。しかし、それは寿命が延びただけであり、これからは企業の二極化が進み、本格的な強存強栄・淘汰の時代に入ります。
─どのような企業が生き残っていけるのでしょうか
よく真面目に事業をやっていれば会社は伸びるといいますが、決してそうではありません。世の中は変化しており、変化対応ができるかどうかが肝心です。何百年と続いている会社は真面目な上に変化対応ができているから続いているのです。そのためには覚悟を決めて企業変革(イノベーショ ン)することが必要で、業務改革や経営改善を進めていかなくてはなりません。これは不動産会社も一緒です。見方を変えれば、しっかりとイノベ ーションに取り組む本物の企業にとってはチャンスの時代なのです。
“こなし”の仕事からの脱却が必要
─住宅産業塾を始められた背景について教えてください
大学を卒業して上場企業のハウスメーカーに入り、最初の仕事が長期滞留債権の回収でした。なぜ滞留になっているかというと、引き渡した住宅がクレーム住宅で、しかも営業も設計も工事監督も職人も対応がいい加減で、お客様がめちゃくちゃ怒っていたからです。50年くらい前の話ですが、 まだ日本は貧しく、家を建てるために生活を切詰めてやっと手にした夢の住まいを、託した業者に裏切られたのです。もちろんお詫びに行っても最初は家に入れてくれませんし、家の中でも座布団もなく、お茶もなく正座して2時間怒られっぱな しです。しかし、私が本当につらかったのは、そのお客様が怒った後に見せる悔し涙です。その姿を見るのが本当につらかったですし、悔しかったです。上場会社なので広告をしますが、「詐欺師が広告出してまだ人をだますのか」とも言われました。お客様からのクレームの内容を全部書きとめ会社に持って帰ると、どこで欠陥が出たのか、クレーム発生の因果関係がはっきりわかりました。お客様はプロという住宅会社を信用して頼んだのに、実はプロと呼べるレベルの状態ではなく、職人が足りない、営業から話を聞いていないなど品質管 理を含めた誠実な仕事が全くできておらず、忙しいことを言い訳に手を抜いて、「こなしの仕事」しかしていなかったのです。
そこで学んだことは、『住宅はお客様が生命を担保にして求められた家族の幸福の城』ということと、『住宅は仕組みでやる、システム産業』だということです。建築の全工程をしっかりと組み、営業、設計、工事とリレーしていくプロセスを仕組み化し、現場の工程管理をするのが住宅会社としての本来の仕事のあり方なのです。
その後、住宅実務を経験し、コンサルタントとして独立、主に大企業をクライアントとして仕事をしました。クライアントの業種は住宅、設備、建材、化学、繊維、硝子などの製造会社で、品質管理やマーケティングを含めた事業構築のお手伝いをしました。そこで学んだのは、お客様満足(CS customer satisfaction)が重要ということは業種・業態が違っても一緒だということでした。
ただ、住宅業界にもQC活動等品質改善の動きがありましたが、80年代の日本経済と不動産バブルでいい加減な業界に戻ってしまいました。そこで、そのような業界の動向と日本の未来を憂い、地域の工務店育成に舵を切り、CS重視の中小工務店やビルダーのための住宅ビジネス研究会の住宅産業塾を1991年に立ち上げました。
CSが全ての原点、地域とお客様を大事にする
─住宅産業塾で重視する経営の考え方について教えてください
中小の工務店は、資本もない、人材もいない、情報もない、経営もよくわからないといった、無いない尽くしの状態です。でも、業として成り立ち、生き残ってこられたのは、単に住宅・不動産市場が良かったということと、地域の人やお客様に支えられてきたからです。しかし、バブルになって、「忙しいから行けません」など地元のお客様の仕事を大事にしなくなり、また需要が多いため「こなしの仕事」になり、手を抜くようになってしまいました。
工務店の資産は、地域の人たちとお客様しかないはずです。そのお客様と地域をないがしろにしては、その存在意義は全くありません。時代の流れを考えると今後多くの工務店は淘汰されていきますが、自社の存在意義を理解し、お客様と地域、そして現場を大事にしていく企業は生き残れるはずです。そこで、正しい住宅ビジネスのあり方、『住宅道』を追求し、「お客様と地域社会に認知、歓迎される企業の育成」に取り組むことにしました。
─その中心にある考え方がCSなのですね
塾をつくった理念はCSの実現で、それを学ぶ方法は「ベンチマーキング」です。CSには二つの意味があります。一つ目のCSがカスタマーサティスファクションの顧客満足、二つ目のCSがカスタマーサービスです。住宅業は「建設業+サービス業」です。サービスというのはおまけをするということではなく、良い顧客対応をしてお客様に喜んでいただくということです。そのためには、お客様にどう説明するか、どのような対応やおもてなしをするか、現場をどのようにきれいにするか、現場スタンダードや品質スタンダードなどその対応ルールとレベルを明確にしなくてはなりません。そして、やるべき内容を決めてトレーニングし、実行して初めて顧客満足が実現できます。
住宅は“顧客の家族の幸福の城をつくる感動実現ビジネス”です。そして、「お客様満足(CS)」を「お客様感動(CD customer delight)」に高め、最終的にはお客様の信頼「(CT customer trust)」を得なくてはなりません。CDは大きな喜びのことで、それを感動と言います。お客様の満足度を5点満点で計ると、4点がCSで5点がCD です。そして、そこにお客様とのコミュニケーションが加わり、「この会社なら間違いない」「本当に信頼できる」と実感してもらえたCT実現の時に、初めて紹介をいただけることになります。
─信頼を得るとお客様が営業してくれるということですね
それを熱烈なファンづくり、「アンバサダーマーケティング」と呼んでいます。お客様が自社や商品の熱烈なファンになり、その良さを仲間に伝えたくなったり、シェアしたくなることで、自社に関する情報を積極的に発信し、PRする営業支援者(アンバサダー)になっていただくのです。そのためには適切な材料を使い、いい商品を提供することはもちろん、家を建てる過程でのビジネス上の対応、そしてお客様に対する“おもてなし”という心の対応の実践が必要です。お客様にとって家づくりは手段で、幸せな暮らしの実現が目的です。家が幸福の城になるようお客様のことをもっとよく知り、どうサポートすれば幸せになってもらえるかについて考えること、そこまでやるのがCSの本当の意味です。従って、引き渡した後もお客様を大切にしなくてはなりませんし、手を抜いたら関係は終わってしまいます。そして、コミュニケーションがまともにできない工務店は相手にされなくなります。
このように熱烈なファン、アンバサダーをつくっていける会社がこれから伸びていきます。良い商品をつくっている会社が売れるわけではなく、その良さを伝えられなければ売れません。そのため、マーケティングには商品開発から、売り方やそのための組織のあり方など、組織開発まで全て入るという考え方です。
─デジタル技術への対応も不可欠になりますね
コロナによって新しい暮らしが始まりました。時代の変化を読んでこれからどのような流れになるのか、どういうことが必要なのかということをしっかり考え、時代と商品に合った新しいビジネスモデルをつくる必要があります。なかでも大きく変わったのがDXといわれるテクノロジーの発達です。非対面型行動が好まれるようになり、案内の仕方や物件の見せ方、展示場のあり方も変わってきました。これからもデジタル技術の活用は不可欠になります。ただ、デジタル技術はあくまでも道具にすぎません。それを上手に使い、説明の場面、案内の場面、契約の場面などのお客様が感動する場面で顧客体験価値(CX customer experience)を高め、お客様に喜んでもらうことが重要です。
そのためには、経営者が強い信念を持って、イノベーションに本気で取り組み、旧態依然とした考えに固執せず、企業を変革していこうという想いがないとできません。それができるかどうかで、これから大きな差が開くと思います。
─塾ではその習得のために「ベンチマーキング」を行っているのですね
CSからCD、CTに至るプロセスを学ぶための方法として当塾では「ベンチマーキング」を実践しています。それは同業者の成功事例に学び、超えていくというものです。日本中を探せば素晴らしい成功事例はたくさんありますので、業種を問わずそれを会員企業が謙虚に学び実践し、そこで得られた成功事例を新たなベンチマークとして共有するというサイクルを回しています。ただその際、事実を見るだけでなく、なぜ上手くいったのか、何がポイントだったのかを分析し、自社に置き換えてどうしたら実行できるかを考えることが大切です。他社から素直に学び、それをベースにシステムと組織づくりをし、トレーニングして実行すれば、お金も少なく時間も最短でモデル企業を超えることができます。
─消費者には家づくりの過程で現場を見に行くようにと伝えていますね。どうしてですか
欠陥住宅を作る業者も悪いですが、消費者も住宅についてもっと知識を持ち、家を建てる時に必要なチェックポイントなどをよく知っておくべきです。住宅を建てるにはしっかり勉強した人だけが持てる“住宅取得免許”のような資格があればいいと思っているくらいです(笑)。私が家を建てる消費者に伝えるのが、「建築中の現場を見る」ということです。現場案内をしない会社や現場が汚い会社は品質も悪いことが多いからです。また、「不意に会社を訪問してみるように」と伝えています。不意に訪問した時の企業の応対や言葉遣いを 見れば、その企業の姿勢がわかります。逆に、工務店からすると、現場こそが展示場であり、ショールームにするべきです。現場を常にきれいにし、魅力ある現場にしておくことが大事です。
人材を集め、いい組織風土をつくる
─今後経営者の力量がますます問われますね
経営には絶対変えてはいけない原理原則という縦軸と、時代の先を読み変化していくという横軸があり、その両軸で考えることが必要です。やはり、自社の存在意義、自分たちの仕事にはどういう意味があるのか、自分たちはどういうことをしたいのかということをしっかり考え、理念を明確にし、経営者が強いロマン、夢を持つことが大切です。その上で、この方針で行くと宣言し、強く心に決めて行動することです。最近の若い人たちは社会に役立つ仕事を求めています。新しいビジネスをつくるくらいの気持ちで事業を推進すれば人は集まってきます。
そして、人材を集めることができたら最終的にいい組織風土をつくらなくてはなりません。よく経営資源をヒト、モノ、カネといいますが、私はそうは思いません。大事なのはヒトと組織風土や企業文化です。経営者が考えるべきことは活性化した組織をつくることと、高い人間性を持つ人材に育成強化すること、それが全てです。それさえ良ければ、モノとカネは後からついてきます。
企業の存在意義は“人の役に立つこと”です。役に立つことで適正な報酬をいただくのが仕事の原則です。それを理解する風土があり、チーム力の高い集団になれば企業は強くなります。
─最終的に勝てる組織にするためには何が必要ですか
これからは適者生存の時代になります。そのためには、まず、経営理念と目標を明確にすることが大切です。次に目標を達成するためのマーケティング分析とポテンシャル分析をし、自社の経営資源と市場、顧客、競合関係を分析し勝てる方法を考えます。その上で組織改革をしたり、商品や仕組みづくりを行います。さらに、決めたことを徹底することが重要です。実際に2015年・2019年のラグビーのワールドカップでの日本チームの活躍は、まさにそのプロセスを踏んだ結果です。4年前から猛練習と戦略研究を重ね、ワンチームになることで大きな成果をあげました。
─そうなれば従業員の満足度も高まりますね
組織風土をよくするためには従業員満足(ES employee satisfaction)の向上が絶対条件です。ESとは従業員や働く人々の満足のことです。働く人の幸せの実現が原点で、働く人が幸せになるためにはCS(顧客満足)を実現しなくてはなりません。顧客満足が高まれば企業が発展し、その結果利益が出て従業員が幸せになります。お客様に対しても、職人に対しても、従業員に対しても誠実で、優しいことが大切で、CSとESと企業の発展は三位一体です。そして、従業員満足を高めるには、働きやすい環境づくりと活き活きとした組織風土、明確な評価指標が必要です。
工務店と不動産業者がコラボしてまちづくりに取り組む
─住宅業界は今後どのようなことを考えていくべきでしょうか
中小企業は自社だけでは何もできないので、“縁”を大事にし、地元の志のある人とコラボレーションしていくことが必要です。これからは人口減少時代に入り、2025年には団塊の世代が全て75歳の後期高齢者になります。その結果、2030年以降には空き家が2,000万戸を超え、3戸に1戸が空き家になると推計されています。そのような情勢を踏まえると、中古住宅と空き家が大きな市場になり、工務店と不動産会社がコラボレーションすることが大きなビジネスになります。不動産会社は地域に密着しており、空き家の所有者からいろいろな相談が来るはずですし、工務店はモノづくりができます。両者が一緒にネットワークを組んで暮らしの創造をしていかないと地方はどんどん沈んでいってしまいます。ローコスト住宅が今売れていますが、土地無し客が多く、実質は土地で売れているようなものです。同じように土地を不動産会社が手当てをし、地元のいい工務店が良心的な家をつくれば、幸せな人たちが住むまちづくりができると思います。空き家についても、利活用のアイデアを両者が出し合って面白いまちづくりに取り組んでほしいと思います。
長井克之(ながい かつじ)氏
京都市出身。住宅会社の営業所長などを歴任後、住宅ビジネスコンサルタントとして独立。住宅道の伝道者。日菱企画株式会社代表取締役、住宅産業塾塾長。現在ホームビルダー・工務店・設備・資材メーカーなど多くの企業にてコンサルタントや、講演などを行う。住宅ビジネス研鑽向上のための住宅産業塾や、健康・快適な住まいの普及を推進するなど、活動の場は多岐にわたる。主要著書「住宅ビジネス成功の鍵」「工務店の経営管理フォーマット集」「工務店・お客様感動経営マニュアル」等
住宅産業塾 塾長/日菱企画株式会社代表取締役
代表者:長井克之
所在地:東京都港区虎ノ門2-5-4
電 話:03-3503-2868
H P:https://www.jyutakujuku.com/
業務内容:住宅産業塾は、住まいは家族の幸福の城でなければならないという考えのもと、正しい住宅ビジネスのあり方を追求するために1991年に創設した住宅ビジネス研究会。主に中小工務店やビルダーが対象。月例研究会でCSの基本的な考え方を学び、それを実践した現場や成功事例をベンチマーキングで習得する。