斑鳩産業株式会社/奈良県生駒郡斑鳩町

地域を魅力的にする取り組み

<取材日:2022年7月25日>

 

まちづくり事業部を立ち上げ
交流人口を増やし地域の価値を上げる

不動産業を後継者が継ぎたくなる魅力的な仕事に

 

・第二創業として「まちづくり事業部」を立ち上げる

・社会の中の存在意義を求め、変化することで魅力的な企業に

・“着地型観光”にシフトし、地域にお金を循環させる

・補助金を上手に利用していく

・多様な商品開発で交流人口を増やす

・斑鳩町から広域地域連携へ

・まちづくりのキーマンは不動産会社

 


 

第二創業として「まちづくり事業部」を立ち上げる

─貴社の事業内容について教えてください

 1975年に父が創業し、私が3代目として10年前に跡を継ぎました。創業時は不動産業と保険代理業を行っていましたが、15年ほど前から建築業を始めました。社長になってからは、このまま不動産業だけを行っていては事業の発展が見込めないと思い、建築に力を入れるとともに、もう1つの大きな柱を作りたいと中小企業庁の第二創業促進補助金を利用して、『まちづくり事業部』を立ち上げました。この10年間で、飲食店を2店舗、チャレンジショップを1店舗開設、さらに、住宅宿泊事業者の届出と住宅宿泊管理業者の登録、そして第2種旅行業登録を行い、2017年には民間企業として第一号の地域DMO(登録観光地域づくり法人)になりました。このような活動が認められて、2018年には経済産業省から「地域未来牽引企業」に選出されました。

 

─新たな事業としてなぜ “まちづくり”を選んだのですか?

 当社に入る前は市役所に勤め、区画整理事業に8年携わりました。橋上駅舎ができたり、田んぼだったところが宅地や商業地になり、公園や下水道を整備していくと、その地域の資産価値が上がる経験をしてきました。そのようなことから、不動産業をするにあたり、単純に売買や仲介だけでなく、まちづくりに関わりたいという思いをもっていました。また、法隆寺の存在があります。私にとっては、会社の目の前に常にあり、子供の頃は敷地の中を通って通学をしていたという身近な存在で、日本の世界遺産登録第1号という文化遺産がある地域にも関わらず、まちがそれほど元気ではないと感じていました。そのために何とかしなくてはいけないという思いがありました。

 市役所を辞め家業を継いでからは、商工会青年部や青年会議所などに入り、その活動を通じてたくさんの地域の人たちと接点を持つことで、まちを俯瞰してとらえ、まち全体を元気にしていくという視点を持ちました。まちを元気にすることができれば、地域の価値が上がり、その結果資産価値も上がるので、お客様、特にオーナーさんに喜んでもらえます。そこで、全国の観光地で盛り上がっているところをいくつか見学に行きましたが、改めてまちづくりのキーパーソンは不動産会社だということを認識しました。不動産の所有者が建物を貸したり、売却したりしてくれないと、魅力的なテナントを入れることはできません。その際に重要な役割を果たすのが不動産会社です。

 地域の価値を上げるには、移住者を増やし、定住人口を増やすということが考えらえますが、それには優遇措置や補助金の活用などのサポートが必要になり、民間事業者だけで行うのは難しいところがあります。一方、交流人口や関係人口を増やすことは民間事業者だけでも進めることができます。そこで、法隆寺を生かし、交流人口を増やすことで地域の資産価値を高め、多くの人に喜んでもらおうと、『まちづくり事業部』を立ち上げることにしました。

 

─同時に建築業の方も強化しています

 私が市役所で土木技術職だったということもあり、土木工事や建築工事を伸ばそうと思いました。そのため、管理物件のリフォーム等の工事も全て外に出すのではなく、自前で工事ができるように、現場監督やCADのオペレーター、営業の人間を集めていきました。

 そして、まちづくり事業部の立ち上げに伴い、古民家のリノベーションをいくつか手掛けるようになりました。今では、当社の不動産事業部で物件を買取り、建築事業部でリノベーションを施し、保険事業部で保険をかけ、それをまちづくり事業部で民泊施設などに商品化する、という事業の組み立てができるようになりました。

 地域おこしをする際に必要な物件の仕入れについては、地主さんから「井上さんところの息子さんか、ほんならしゃぁないな、好きに使いなさい」と言ってくれることが大きな強みになります。このようなことからも、地域で長くやっている不動産会社が、まちづくりに大きな役割を担うことになるのです。当社以外にも、奈良県では明日香村や吉野町でも、古くから工務店や宅建業を営む私の先輩たちが、地域を元気にしようとしています。そのような方たちと情報交換し、切磋琢磨しながら奈良県全体を盛り上げようとしています。

 

 

社会の中の存在意義を求め、変化することで魅力的な企業に

─まちづくり事業を収益化するには困難が伴いませんか

 まちづくり事業はそんなに美味しい商売ではありませんので、取り組む不動産業者は少ないと思います。しかし、誰もやりたがらないことに取り組むことに意義があり、事業の面白さがあります。実際、まちづくり事業部は立ち上げてから10年連続で赤字です。それでもやっていけるのは、不動産業・建築業を中心に、旅行業など多角化し、コストを抑えながら効率的に事業展開することで、赤字を補填できているからです。やはり、事業規模が小さい不動産会社が、単体事業としてまちづくりに本格的に取り組むのは難しいと思います。

 

─多角化を始め、事業承継してから業績を飛躍的に伸ばしています

 父が亡くなり会社を継いだ時は、従業員は2名でした。そこで、会社を継ぐ際に、「どうすればやりがいのある会社、注目してもらえる会社にすることができるか」ということについて考え抜きました。その結果、まず「毎年1名採用して成長する会社にしよう」という目標を立て、10年で20人、20年で30人の規模の会社にしようと思いました。その上でそれを実現するために、どんな事業をすればいいのかということを考えたのです。

 本来企業とは、企業の社会における存在意義を追求し、自ら変革し、結果的に業績を伸ばしていくものです。不動産会社もそのような意識を持って企業経営をしていくべきだと思います。

 

 

“着地型観光”にシフトし、地域にお金を循環させる

─まちづくり事業部の事業内容について教えてください

和カフェ布穀園

 まちづくり事業部は2つのセクションに分かれています。1つが“ツーリズムセクション”です。旅行業者として着地型の旅行商品の開発や販売、宿泊事業者や宿泊管理業者として民泊の実施の他、地域DMOの登録を始めとした国や地方自治体とのやりとりを行います。

 2つ目が“フードセクション”です。“和カフェ布穀園”などの飲食店の運営や店舗開発の他、今では15品くらいになりましたが、全粒粉入りそうめんやNARA(生)チョコといった商品開発も行っています。

 事業部の活動内容自体も変化しています。最初の5年間はイベント重視の展開でした。まず地域の方に喜んでもらおうと、フリーマーケットの開催、地元商店街の東栄会活性化プロジェクトや寺コンの実施など、中には1日に7,000人が集まるような規模のイベントを行っていました。一方、ここ数年は飲食店などのコンサルティングや運営の業務委託の仕事が増えてきました。それが伸びていけば、まちづくり事業部は黒字化が見えてきます。

 

─着地型旅行商品はどういうものなのですか

 全国各地で観光に力を入れるようになりましたが、課題はそれが“通過型観光”ということです。法隆寺を例に挙げると、修学旅行を始め多くの観光客が訪れますが、2時間だけ法隆寺を見学してそのまま帰ってしまう場合がほとんどです。それが通過型観光で、お金は拝観料がお寺に落ちるだけで、地元にはゴミしか落ちないというものです(笑)。地域での消費金額を増やしてもらうには、食事や宿泊など滞在時間を長くする着地型の観光にシフトさせなくてはなりません。そのための観光資源や施設、商品や飲食店の開発が必要で、10年前から地域のさまざまな業種の方を巻き込んで取り組んでいます。

 

─自社で運営されている施設について教えてください

 “和カフェ布穀園”は自社の敷地にあり、宮大工の西岡常吉という棟梁が建てた築130年の旧男爵邸を、カフェに改装しました。屋敷内の梁や柱などは残し、吉野産の杉やヒノキを使った家具を並べ、斑鳩町を流れる竜田川が由来である“竜田揚げ”をご当地グルメとして提供しています。

 “まほろばステーションikarucoki”は、70坪程度の一戸建てをフルリノベーションし、飲食、物販、ミーティングスペースの複合施設に用途変更しました。斑鳩町で新規に事業を行う創業者を応援しようと、庭のスペースに屋台を3つ置き、住居は8つの小さな区画に分け、出店に伴う固定費を軽減するとともに、起業家たちの交流の“巣”になることを目指しました。また、“女性起業家を応援する”というコンセプトを掲げ、総務省から補助金もいただきました。現在は、1棟貸しの形態に変え、まちづくり事業部から不動産事業部に扱いを変更しています。

 観光案内所の“奈良斑鳩ツーリズムWaikaru”は、古くからお付き合いのあるオーナーに売却を頼まれたタイミングで、経産省から観光案内所を整備するための補助金があるのを知り、当社で購入することにしました。さらに2019年には斑鳩町で初めての民泊施設、一棟貸しの宿“いかるが日和”をオープンしました。

 

まほろばステーションikarucoki

奈良斑鳩ツーリズムWaikaru

いかるが日和

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補助金を上手に利用していく

─飲食店などの施設の改修費等の資金調達はどうされていますか

 現在、飲食店を2店舗、複合施設を1店舗運営していますが、これらは全て当社が買い取って自社の資産として運用しています。建物の改修費は補助金を利用しました。“和カフェ布穀園”と“まほろばステーションikarucoki”は、総務省の地域経済循環創造事業交付金と国交省の街なみ環境整備事業を使っています。このように建物の外観の改修などに補助金を使えるエリアの物件は、基本的に買い取るようにしています。

 

─一般の不動産業者は補助金について不案内の会社が多いです

 経産省の地域未来牽引企業や、観光庁の地域DMOの認定などを受けると、補助金に関する情報が入ってくるようになります。これまで12件採択されましたが、全て自分で申請書を作成しています。

 他の人からは「井上君はしゃべりが上手いから」とか「文書を書くのが上手いから」できると言われますがそうではなく、「地域のためにこの事業をやらなくてはならない」という使命感を持っているから人に伝わるのです。四六時中そのことだけを考えているから他人を巻き込んだり文書が作れるのであって、この気持ちの強さだけは誰にも負けないと思っています。

 

─まちづくりのために物件を買い取る方法は不動産会社の強みです

 買い取ること自体は、物件に資産価値もあるので融資も付くし、比較的容易な方法です。不動産会社が買い取りをする最大の強みは、いつでも自分で売れるということにあります。不動産会社は売却のノウハウがあるので、タイミングが来るまで持っていられるし、高くなった時に売ることができます。実際に宿泊施設も、状況によっては戸建ての賃貸に回さなくてはならないかもしれないと思っていますし、そのあたりの柔軟性こそが不動産業者が持つノウハウです。

 

 

多様な商品開発で交流人口を増やす

─旅行商品の開発も行っています

トゥクトゥクを使った周遊ツアー

 斑鳩町内を周遊するツアーは体験型のもので、44プランあります。当社はレンタカー事業も行っていますが、コース内をめぐる手段としてオープンタイプの“バギー”や、東南アジアなどでタクシーとして利用されている“トゥクトゥク”、それにスクーターとしても自転車としても使える“HIBRID BIKE”などを用意しています。

 

聖徳太子ゆかりの法隆寺・法輪寺・法起寺三塔めぐり

 周遊ツアーを開発した背景は、法隆寺に年間80万人が訪れるのに対し、その1km圏内にある法起寺などは、聖徳太子のゆかりの場所で世界遺産にもなっているにも関わらず、参拝客はほとんど来ません。しかし1km圏とは、レンタサイクルで5分、歩いて約20分の距離です。そこで、法隆寺と近隣の3つの寺をつなぐことができないかと考えました。二次交通で法隆寺と近隣の3つの寺をつなぎ、観光客の滞在時間を2時間長くすることで、お寺には拝観料以外にも御朱印帳などの収入が生まれ、地元の飲食店にはランチ代が入るようになります。そうなれば地域にお金が落ち、たとえ日帰りであっても、観光客が消費する金額は1万円近くになります。このように点在する観光資源を結ぶためには二次交通の整備が必要で、他にはあまりない“トゥクトゥク”などを導入することで、移動手段そのものも楽しんでもらおうとしています。

 

─そのような乗り物の維持費などは大変ではないですか

 乗り物は購入費用の他に陸運局の申請代や保険代、修理費用もかかります。ただ、“トゥクトゥク”は導入して3年経ちますが、NHKを始め、かなりメディアに取り上げてもらいました。ランニングコストはペイできているので、イニシャルコストは当社のブランディングのためのPR費用と割り切っています。

 

 

斑鳩町から広域地域連携へ

─今後の展開について教えてください

 地域観光については、奈良県下の6つの自治体と4つの観光協会を束ねて、2021年に“WESTNARA広域観光推進協議会”を立ち上げ、当社がその事務局を務めています。2010年の“平城遷都1300年祭”の時は、このエリアに370万人が集まりましたが、2025年の大阪万博がある年には、交流人口を500万人まで増やそうという計画をたて、行政の協力のもと事業を進めています。これらの自治体は直径6km圏のエリアにあり、距離的に十分巡ることができるので、一度に観光スポットを知ることができるようHPやパンフレットを統一し、一緒にプロモーションをし始めました。

 

─まちづくり事業を推進する上で課題は何でしょうか

 当社の課題は人材の確保です。まちづくり事業を推進するには、役所や議会、商工会や観光協会などの関係団体との調整や合意形成が重要で、しかも難易度の高い仕事です。さらに、期初の計画や目標が変わることもあり、その都度多くの人に会って説明し、理解を得なくてはならないので日々の活動が大変です。

また、店舗開発については、物件さえ出てくれば融資を受けることができるので問題はありませんが、この辺りは資産家が多く、相続が発生しないと物件が出にくいことと、出てきたタイミングでそれを飲食店にするにしても、任せられるシェフの確保ができないことが課題で、ここ数年苦労をしています。

 

 

まちづくりのキーマンは不動産会社

─これから地域の不動産会社に必要なことはなんでしょうか

 規模の小さな会社でも、まず経営者としての自覚が必要だと思います。経営者として自分の会社をどう発展させていくか、地域の中で自社がどういう役割を果たせばいいのかということを真摯に考えることが大切です。そうすれば、自分たちに何が足りないのか、何が必要でどんな準備をしなくてはならないのか、ということがおのずとわかってくると思います。

 父は「お前が不動産業をやりたくなければ他の仕事をすればいい」と、社名を斑鳩産業にしたと言っていましたが、私は長男なので、物心がつく頃から父の会社を継ぐと決めていました。しかし、何十年も父親の背中を見てきた子供から、この仕事を継ぎたくないと言われたなら、それは経営者としては非常に残念なことだと思います。子供が父の仕事を見て後継者になるというのは、一番身近な選択肢です。それを断られるというのは、その仕事に魅力が感じられないということになります。

 また、信頼のおける従業員を育てていないケースが多いということも問題だと思います。仮に子供が後を継がないとしても、自分の右腕になる社員に継いでもらえばよく、そのような社員を雇い、普段から育てておくことが大事です。

 

─まちづくりの仕事の魅力を教えてください

 まちづくりを通じて、この地域に交流人口を増やし、空き家や空き地が活用され、まちが元気になり、その結果地価が上がり、オーナーたちが喜ぶ、そのようなプラスの循環を作っていきたいと思っています。その実現に向けて重要な役割を担うのが不動産会社です。その意味で、不動産業はとても魅力的な仕事だと、私自身が感じています。

 


 

井上雅仁(いのうえ まさひと)氏

1972年生まれ。1995年、大阪工業大学工学部卒業後、大和郡山市役所に入庁。2005年、斑鳩産業株式会社専務取締役就任後、2013年に同社代表取締役へ。経営理念に「歴史と文化が脈々と受け継がれたこの地域で、いつまでも皆様に『住み続ける』を提供し、いつまでも皆様の心に『住み続ける』ことを目指す」を掲げる。経営者の傍ら斑鳩町商工会理事・観光委員長、斑鳩町観光協会理事などを歴任。「地域活性」をテーマにした講演なども行い精力的に活動している。

 

 

 

斑鳩産業株式会社

代表者:井上雅仁
所在地:奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺2-2-35
電 話:0745-70-1688
H P:http://www.ikaruga-s.com/
業務内容:斑鳩町を中心に不動産業、建設業、保険代理店を展開。2013年にまちづくり事業部を立ち上げ、商店街活性化のためのイベント開催や、空き家を活用して飲食店や商業施設を運営。また、観光によるまち起こしを推進するために旅行業に登録し、観光案内所や民泊を運営。2018年に経産省から「地域未来牽引企業」に選出される。