株式会社MYROOM/長野県長野市
地域を魅力的にする取り組み
<取材日:2022年12月17日>
古き良きタウンマネージャーとして
地域全体をプロデュース
まちで始めたい人と、まちに引き継ぎたい人とを結ぶ新たな「仲介役」を育成する
・“テナント物件”ではなく、“空き家”とスモールビジネスを結びつける
・「仲介+建築+設計+経営コンサル+管理」をワンストップで提供
10年間で100軒以上の新たな拠点が誕生
善光寺周辺で、私が今まで行ってきた取り組みは①長野・門前暮らしのすすめ ②事例のエリア集積 ③空き家見学会の継続開催 ④門前のエリアリノベーションの循環 ⑤ストックリノベ研究会の創設 です。自分たちが働き、暮らすまちを面白くしたいという想いから、空き家になってしまった古くからあるまちの建物を、そのままの状態で紹介し、建物やお金のことを解決しながら、新しい使い手と一緒にまちの未来をデザインする仕事をしています。2010年から約10年で100軒以上の空き家がリノベーションされ、新しい暮らしや面白い仕事をする事業者によって活用されています。それは、“まちづくり”ではなく、民間主導のボトムアップ型の“まちづかい”の始まりです。活用事例は、ゲストハウス、古民家レストラン、店舗、アトリエ、コミュニティスペース等多岐にわたり、その事例を集積してきました。
新しいスモールビジネスの事業者をまちに呼び込むために、2010年から10年間、毎月1回“空き家見学会”を開催しています。1回あたりの参加人数は10名~15名で、約2時間かけてまちや建物の歴史をガイドしながらまち歩きをします。歴史のある場所や建物を新たな使い手に引き継ぎ、そこから新たな“まちづかい”を生むという循環を地域に取り戻したいと思って活動しています。さらに、行政、大学、銀行などとともに“ストックリノベ研究会”を創設し、これまでの取り組みを実証的に振り返ろうとしています。
私の出身は長野市で、高校卒業後は首都圏の大学で経営学や非営利組織のマネジメントを学んだあと、都市計画業、観光業、不動産業の経験を積み、地元に戻り実家の工務店で建築に従事し、2010年に今の会社を設立しました。事業内容は不動産業、建築業、設計事務所で、空き家の仲介、新しい事業者の事業企画立案のコンサルティング、リノベーションの設計施工、引き渡し後の管理までをワンストップで提供しています。
“テナント物件”ではなく、“空き家”とスモールビジネスを結びつける
長野県は、昔から10州につながるという県境の多い土地柄で、海がなく、山に囲まれています。善光寺は県歌にでてくる松本、伊那、佐久、善光寺という4つの盆地の中の1つで、飯綱山や戸隠山などの北信五岳を背負った山の中腹に、1,000年以上前に建てられ、一生に一度は善光寺参りということで、全国から参拝客が集まってきました。長野市は、県庁所在地で人口は約38万人ですが、東京に行くのに、軽井沢を通り、機関車を連結して特急でも3時間半かかるという陸の孤島でした。それが、1997年の冬季オリンピックの際に新幹線がつながったおかげで、1時間半で東京に出られるようになりました。
善光寺は長野駅から2kmくらいの距離ですが、その中間に位置する、昔祖父によく連れられて本を買ってもらったり、映画に連れて行ってもらったりした権堂商店街は、人通りが減ってシャッター商店街になってしまい、“テナント募集”の看板が貼られています。しかし、当社が扱っているのはそのような大家さんがまだ物件としての価値を認め、不動産会社に借主の募集を依頼している物件ではありません。
善光寺から西側に道が伸び、その先にある西山地域と言われるところは、昔、山から薪や炭や麻などが運ばれ、通り沿いに商店が立ち並んでいましたが、鉄道の開通とともにまちの中心軸が郊外に広がり、使われなくなった商店や倉庫が空き家のまま放置されていきました。当社はそのような物件を扱っています。不動産業の視点では、古くてボロボロで使えない価値のない物件になりますが、建築業の視点で見ると屋根や外壁はしっかりしているので、内装設備さえ入れ替えれば、まだ十分使える物件という事になります。
そのような面白い空き家を見つけ、謄本をとり、持ち主を一軒ずつ訪ねて、新たな使い手に紹介させてもらえないかと交渉します。ここが、空きテナント物件と空き家との違いです。
実際に、10年以上閉まったままの空き家に、県外から来た方が輸入雑貨屋を始めたり、油で床が染みだらけの元食堂が、機織りができるカフェになったり、横道を少し入った、道路付けのない、つまり不動産評価がほとんどない元活版印刷の工房をアーティストがアトリエとして使っています。アーティストからすれば、まち中にあり、広くて人が集まることができて、汚れを気にせず作業ができるということは、すごく価値の高い建物なのです。また、取り壊し予定だった呉服問屋の立派な建物も、3カ月待ってほしいと持主に提案し、地域のオープンスペースとして活用したところ、カフェや大学のサテライトキャンパスが入ったり、主婦のお菓子教室としても使われています。その他にも、木造の旅館をゲーム会社がサテライトオフィスとして使用したり、RC造の独身寮が女性専用のシェアハウスになったりと、“一軒埋まってまた一軒”という感じで新たな使い手をマッチングして、半径500mくらいの歩いて1時間もあれば回りきれる範囲の所に、100軒以上の新たな拠点が生まれました。
上手なまちの使いこなし方を案内する
新しい事業者と空き家のマッチング方法として、空き家見学会を毎月行っています。私がガイド役になり、車が入れないような路地に入ったり、ここは昔、宿坊や料亭に卸す仕出し屋の料理人たちが住んでいた場所だとか、“ブラタモリ”的にまちと物件を紹介しながら歩きます。建物は事前に複数の大家さんから20本くらい鍵を預かり、何も片付いてないままの状態で空き家の中に入り、その様子を見てもらいます。
まち歩きは2時間ほどかけて、以前住んでいた人がどういう暮らしをしていたとか、どういうまちの使い方をしていたかという説明をしながら案内します。見学会での目的はただ建物を紹介し、物件が見つかれば終了というものではありません。建物の様子はもちろん、住んでいた人、まちの歴史や成り立ち、地域に暮らす人たち、まちの中でのつきあい方なども伝え、建物を通して、まちと人とのつながりが引き継がれていくお手伝いをしています。
参加者の中には「古い建物なので地震は怖くないですか?」「隙間が多くて冬は寒くないですか?」と心配する人もいます。そういう人には空き家以外の新しい物件を紹介します。一方、「この物件は面白い」「いつかやりたかったゲストハウスをここならできそうだ」と目を輝かせる人もいます。そういう人には見学会後、個別相談を受けて、建物の調査・診断や改装の打ち合わせを行っていきます。すると、なんとなく「できたらいいな」と思っていた空き家の新たな使い手たちは、事業のイメージが具体的な形になっていくことが楽しいようで、自分たちでイベントを開いたり、パンフレットを作ったりして他の人たちに見に来てもらうようになります。
このように、当社が事前に空き家をリノベーションして「どうですか、カッコいいでしょう」と紹介するのではなく、古い状態のままで空き家を一緒に見ながら、改修のイメージと予算をすり合わせながらあえて、手間ひまをかけた進め方をしています。これは物件を仲介するという不動産屋の仕事の枠を超えて、改修活用を通して建物を使う人と事業とをまちの中にもつなげていくという複合的な業態です。俯瞰して見ると、古い建物が新しい使い手に引き継がれていき、まちの景色が少しずつモザイク状に変わっていくような状況です。このように地域にある空き家というのは、まちを新しい人たちに引き継ぐための大事な受け皿だと思っています。空き家というストックをリノベーションして新しい使い手に受け継いでいくということは、地域との新しい関わり方だと考えます。
新しい使い手と地域の所有者が顔の見える関係に
空き家の所有者に交渉に行く際は、スーツも着ず、ピンポンも押さず、いきなり庭先に入って行き、「こんにちは。あの建物すごく格好いいので是非見せてください」「あの建物はどういう建物だったのですか」と聞くようにしています。当然最初は「何しに来たんだ!」という風になりますが、2~3回通い続けると「また来たのか」となり、そのうち「私も鍋屋田小学校出身で」と話をすると「じゃあ、うちの孫と一緒じゃないか」というように、3世代が学校でつながっているということで信頼感が生まれ、話が進むことがあります。
この辺りは土地や建物を代々引き継いできた方が多く、空き家になっても自分の代で壊して手放したくはないという所有者が多いことから、賃貸してリノベーションするという方法とは相性がいいと思います。築80年くらいの元問屋だったという立派な建物も、改修コストや建築確認申請などの手間を考えて、200㎡未満の範囲で計画をしていけば検討がしやすくなります。
一方、空き家見学会の参加者は30代が最も多く、「今は会社勤めをしているが、このままの働き方や暮らし方を続けていいのか」と、現状に違和感を持ち始めている方が比較的多く参加しています。用途としては、アーティストやデザイナーや設計士といった、仕事を外からでも持って来れる人がまず事務所として使い始め、それを見てカフェやゲストハウスをする人が集まり、そのあと物販店舗が出てくるという順番で広がってきました。
通常の賃貸物件であれば大家さんが改修して貸し出しますが、空き家の場合は物件の所有者は元々貸すつもりもないし、貸せるとも思っていません。そこで、契約にあたっては、所有と利用を分離して、まず当社が建物の調査診断を行い、その結果を貸主と借主双方に説明をして、“借主による造作可能、原状回復義務なし、造作買取請求権なし、建物に瑕疵が後から見つかっても契約適合”という条件で契約書を作り、重要事項説明もかなり時間をかけて丁寧に行います。
新しいビジネスの継続率は9割に上る
新たにビジネスをしようという事業者がここにやって来るのは、「家賃が安いから」ということが一番大きな理由ですが、大家さんの方はいくらで貸せるかということよりも、「借りてくれる人がいい人かどうか」が大切だとおっしゃいます。やはり、先祖から代々引き継いできた建物を、変な人に貸してしまうと「近所に迷惑をかけてしまう」という思いが強く、誰が使うのか、どう使うのかということに関心が高いようです。
このビジネスは、不動産会社が大家さんから依頼を受けてテナント募集をする方法とは順序が逆になります。当社がまず魅力的な空き家を見つけ、所有者を口説いて鍵を預かり、空き家見学会を開いてまちと物件の紹介をします。その時点では家賃は決めていませんし、広告の資料も出しません。この建物を使って自分の責任で事業をやりたいという人と一緒に事業計画を作り、「いい人がいます」と先に大家さんに紹介をして賃貸の承諾をとっていくという流れです。大家さんによっては「予算がしっかりしていても、火を使う飲食店はだめだよ」とか「アーティストの活動を応援したいから家賃を安く協力するよ」と言ってくれます。
ただ10年前は、大家さんに話をしてもなかなか理解してもらえませんでした。最初に1軒の活用事例が生まれたことで、大家さんだけでなく周辺の地域の人たちにも、使い手の顔が見えたり、当社がやろうとしているのはこういうことなんだ、ということがようやく伝わったようです。それからは「うちの家も空いてるよ」と問い合わせが入るようになりました。
その後、100軒を超えて数が増えていったこともすごいと思いますが、自分でもすごいと感じたのが、新しい事業者たちのビジネスの継続率が9割に上るということです。「空き店舗活用の補助金を使ってできたお店がいつの間にか撤退していた」ということはよくありますが、それではまちのネガティブキャンペーンをしているみたいで、まちにとっては逆効果になってしまいます。むしろ入口のハードルを高くして自分で事業リスクを負い、所有者からその歴史を引き継いだ建物だという意識を強く持ってもらうことで、「近所の人たちともうまくやろう」「何があっても頑張って続けていこう」という気持ちになるのだと思います。
「仲介+建築+設計+経営コンサル+管理」をワンストップで提供
借主負担で改修をすることから、家賃は抑えていただくようにして概ね5万円前後で設定しています。改修費用も500万円くらいにして、事業を立ち上げて5年頑張れば投資回収ができるようにしています。このように予算の上限を設定して、やれるところからやっていくようにしています。
ビジネス面で見ると、不動産の賃貸仲介の売上げは全体の1割で、仲介部門だけ見ると赤字です。大家さんを何度も訪問して、物件の謄本をとって、手間ひまかけて仲介したところで手数料5万円では商売になりませんし、その後のクレームや管理のことを考えると、手数料が10万円や20万円でも仲介したくはありません。当社が何故続けられているのかというと、面白い仕事だし、ビジネスになるはずだと信じて、愚直に次々とやり続けてきたからです。
また、当社が不動産業と建築業と設計事務所の役割を1社で担い、建物の仲介から建物診断、リノベーション工事まで全てをワンストップでするようにしたので、他社と売上分担や責任分担をしなくて済むようになりました。
不動産業の売上げ以外に工事の売上げが7割、設計・デザイン・店舗運営のコンサルティングの売上げが2割になります。建物の引き渡し後には管理の仕事を徐々に増やしていき、今ではその売上比率も増えてきました。古い建物はその後のメンテナンスが大変なので、別荘の管理業務のように、1軒あたり家賃の1~2割程度の手数料をもらうようにしています。当社が入居後のフォローをすれば借主は安心ですし、いい人に長く使ってもらえれば貸主も喜びます。当社にも管理手数料が安定的に入るようになります。
改修の現場では、物件ごとに工事業者や、デザイナーや設計士などが連携して一つのチームを作り、プロジェクトが終わったら解散する形をとっています。空き家見学会を通じて、いい物件があれば、このまちで事業をしたい人のウエイティングリストが100軒くらいあり、相性とタイミングを見計らってマッチングをしています。案内しているのは不動産ですが、仲介をしているのは「人と人、まちと人」だと思っています。そのようなこともあり、現場も、大家さんも、新しい借主も、お互いに顔が見えていないとプロジェクトが進まないところがあるので、歩いて何カ所も回れる距離の範囲のところで日々仕事をしています。
移住者や創業者が集まる
長野市の新拠点『R-DEPOT』
まちと、暮らしをつなぎ合わせる新しい『仲介役』を育成する
「リノベーションスクール」の仕組みを地域で常設させたい
─R-DEPOTの全体像について教えてください
この建物は50年前に建てられた3階建てのNTTの旧電報局舎で、長野県の電話交換局の発祥の地だと聞いています。このビルが空き家になっていたので、「貸してもらえませんか」と直接NTTさんに連絡をしました。アプローチの仕方は、いつもの空き家の所有者に対するものと一緒です。長野支店では決裁できないということで、紹介を得て、東京本社で利活用の方法についてプレゼンする機会をいただきました。初めは心配する声も多かったのですが、何度もアタックするうちに先方社内の若いスタッフの支援もあり、「グループ内にも同様の会社はあるが、空き家のままで貸して活用する事例は初めてだ。面白いではないか」と応援をしていただけるようになりました。
契約内容も基本の考え方は今までの空き家と一緒です。この建物の一部は雨漏りをしていたり、電気、水道が使えない状態でしたが、躯体はしっかりしていたので建物検査をして改修計画を作成し、さらに所有と使用の区分を明確にし、先方の法務セクションも通した上で、15年の定期借家契約を結びました。大家さんには家賃を抑えていただき工事とテナント探しは当社が行い、B工事(設備、下地部分)を当社、C工事(内装)は借主としてサブリースをしています。
建物は各フロア毎に役割を担っています。1階は移住や創業の相談窓口で、毎月1回開催している「空き家見学会」はここから出発します。また、直営のカフェを設け、そこで打ち合わせをしたり、空き家から出た古材の販売も行っており、専門知識のない人でも空き家の活用に興味や関心を持ってもらえるような場所です。奥の事務所では建物全体の管理の他、メディア部門を持ちイベント企画や情報発信を行っています。2階と3階はコワーキングスペースとシェアオフィスにしており、空き家を利活用したいという人たちのためのユニットワークスペースもあります。建物の改修にあたっては、長野市経由で経産省の「テレワーク促進助成金」を活用することができ、それで費用の約2/3を賄い、残りは金融機関の事業融資をしてもらいました。
─2階のワークスペースで「リノベーションスクール」を常設化させた目的を教えてください
R-DEPOTでは、まちの空き家を活用して事業を始めたいという人に対して、リノベーションスクールのように、不動産業、建築業、設計業、デザイナー、経営コンサルなどの専門家が、その人のためのチームを組み、相談事業ができるようにしています。専門家は地元の人に声をかけ、事業計画の内容に応じてユニットを組みます。月1回4時間程度のユニットワークを4日間にわたって、30万円程度の費用で事業を具体化していきます。
この構想のきっかけは、今までのようにすべてを1社で一気通貫でやるのは数の限界があり、今後人材育成や研修を当社だけで担っていくのは難しいと判断したからです。そこで発想を180度変え、一つのプロジェクトに対しすべて外部事業者で5~10人の専門家のユニットを組んで対応する方法なら、多くの案件に対応できるのではないかと考えました。費用分担と責任分担のところは今までと変わらず1社で担うこととし、その仕組みとして「まちの家守事業」を作り、運営していくことを目指しています。コストがかかり当面は採算が合いませんが、この仕組みはオープンにして、ワーク後の契約も自由にしていきたいと思います。創業したい人たちも自由に見学できるし、ここから育った方に講師になってもらい、関わる人を増やすとともに成功も失敗も事例として蓄積していこうと思っています。R-DEPOTの定款には研究開発と人材育成を明記しています。
全国でも空き家の増加や都市の空洞化の問題は続きますし、移住して自分たちの暮らしや仕事を作ろうとする人たちは増えてくることを考えると、その人たちを地域で受け入れて、建物やまちと暮らしや仕事をつなぎ合わせる『仲介役』の数が圧倒的に足りません。リノベーションスクールを常設させたい狙いもこの「仲介者の育成」にあります。具体的な案件に携わることで多くの経験ができ、物件を作って終わりではなく、その後どのように使われていくのかまでも見届けるとしたら、リノベーションスクールを地域で常設化することがベストです。他のスクールやセミナーはイベント方式で1度開催したらそれで解散して終了。その後は誰もフォローしたりアーカイブできていないことが多いので、地域で人を育て、プロジェクトを積み重ねていく必要があると思いました。まず、長野市のまち中で、3年くらいかけて事例を集積し、知見を深めてから市内・県内の各地にも広がっていけばと思っています。
─シェアオフィスやコワーキングスペースのテナントはどのようにして集めているのですか
既に、長野県の産業労働部やNHK長野の他、データアナリストのベンチャー企業や地域課題を解決するIT事業者の方等、地域の経済を承継させるような取り組みをしている企業に入居いただいています。テナント募集にあたっては広告は一切せず、逆に入ってほしい企業やクリエーターをこちらでピックアップし直接訪ね、建物のコンセプトやポリシーを伝え、「一緒に働きませんか」とお誘いします。家賃がいくらということだけで募集すると意図したことが伝わらず、ただの場所貸しになってしまいます。すると、設備が古いなどのクレームになったり、テナント同士のコミュニティが作れずトラブルが起きてしまいます。ここに入るテナントさんたちとは建物の価値を共有しているので、見学者を見つけたら手を止めて、建物や自分たちの取り組みを説明してくれる営業マンになってくれます。
新たな職能を持つ『仲介役』を育成するプロジェクト
─育成する新たな仲介役は今までの不動産業における仲介業とどこが違うのでしょう
昔のまちには「仲人」や「家守」という職能がいて、仕事の紹介や、「あの建物が空いていますよ」とお世話をし、所有資産の1割程度の報酬を受け取り、人やまちの資産を地域の中で循環、承継させる役割を担っていたそうです。現代においても、まちに拠点を構え、まちを新しい人に引き継ぎ、まちの経済を循環させていく「新しい仲介業」ができると考えました。
私が育成したい『仲介役』というのは、不動産を仲介するのではなく、不動産を通して人と人を仲介する仕事です。まちの歴史や所有者がどのような使い方をしてきたのかを知っていて、そこに借主の人柄や、事業計画を組み合わせていくことで、お互いに変化をしていくプロセスを提供することであり、お世話をする仕事です。『仲介役』が育たないとミスマッチが増えて、不動産も事業者も減っていってしまうので、時間をかけて育成の仕組みを作っていきたいと思います。短期的な収益を追いかけるのではなく、中長期で建物と入居者の両方を見守るまちの旦那衆、大家業も元々はそんな存在だったようです。1軒の長屋やアパートを1人で管理する昔の大家さんに近いイメージです。その建物のことを知っているので、「電球が切れた」「雨漏りした」と言われたら自分で直せるし、頼りになる職人とも知り合いです。入居者の人となりも知っているので、住人同士のもめごとの相談にものります。
メディアにも紹介せず、広告宣伝もせず、1人ずつ、1件ずつ訪問しながら関係を作っていくというやり方は、今までの不動産流通の方法ではありませんし、都度の成約報酬では割に合いません。しかし、入居者は気持ちよく建物を使うことができますし、所有者にしても、50年以上も経った建物の管理ができ、近所や入居者同士の間に立ってもくれることから『仲介役』の存在はすごくありがたいはずです。その対価とし管理手数料をいただくことができれば仕事として続けていくことができます。この仕事は、住民票を作成したり、ゴミの出し方を案内するという意味で行政サービスに似ていますが、その業務はいつのまにか官が担うようになってしまいました。新たな仲介業が広まれば、この仕事はまた、地域の民間が行政にとって代わることができるでしょうし、そこにビジネスチャンスがあるような気がします。『仲介役』は、上手に両者のコミュニケーションが取れる人であれば誰でもなれると思いますが、やはり最も親和性が高いのは「まちの不動産会社」だと思います。
倉石智典(くらいし とものり)氏
1973年、長野県生まれ。SFC総合政策学部卒業。観光業、都市計画業、不動産業、建築業を経て、2010年に現在の会社を設立。空き家の仲介、リノベーションを専門とする。長野では「門前暮らしのすすめ」と題して、毎月「空き家見学会」を開催。県内外から参加者が訪れ、まちあるきをしながら「空き家」を案内する。まちなかの空き家を「リノベーション」して、新しい利用者とマッチングし、まちににぎわいを作っている。
株式会社MYROOM
代表者:倉石智典
所在地:長野県長野市東町146-3
電 話:026-219-6680
H P:https://myroom.naganoblog.jp/
業務内容:空き家の未来をデザインする会社として善光寺周辺で、10年間で約100軒に及ぶ空き家の活用を実施。物件の仲介とリノベーションの建築、設計、経営コンサル、管理までをワンストップで行うことで、貸主と借主双方の安心を提供。2021年には空き家を活用したまちづくりの総合コンサルティングの拠点『R-DEPOT』を開設。