すみれ地域信託株式会社/岐阜県高山市

地域を魅力的にする取り組み

<取材日:2022年7月14日>

 

地方唯一の信託会社として
地域課題を解決

自治体と協力し、公共財産を活用する

 

・地域の資産価値の最大化を目指す

・小水力発電事業で地域課題を解決

・まちづくりに信託の手法を活用する

・大学を設立し、地域の課題解決型人材を育てる

 


 

地域の資産価値の最大化を目指す

─10年かけて信託会社の免許を取得しました

すみれグループ全体図

 当社は、2006年にすみれグループの中の地域まちづくり会社、(株)飛騨ITアセットとして創業し、町家再生や市街地再開発事業に取り組み、約10年をかけ3大都市圏以外の地方都市に本店を有する管理型信託会社として、2016年に東海財務局に登録しました。翌年、グループ全体で策定した「100年ビジョン」を元にしたブランディング戦略の一環として、2017年に社名をすみれ地域信託㈱に変更しました。

 地方都市は高齢化が進み、しかも自分たちの子どもは他の場所に移り住んでしまい、多くの高齢者が独居または夫婦だけで住んでいる状況です。その人たちが先祖代々引き継いできた資産を、誰が管理し、どう承継するのかが大きな課題になっています。飛騨高山の中心市街地にある町家を再生する事業を始め、資産流動化のノウハウを学ぶ中で、地域の人たちの課題を解決し、グループの経営理念である「地域社会の資産価値最大化」を実現するためには、信託が持つ“財産管理機能、倒産隔離機能、転換機能”の活用が有効であると考えました。また、建設や不動産の仕事を通じて培ってきた賃料相場情報や需要動向などマーケットの状況を把握しているという強みを生かすことができます。そこで、信託会社の登録を取得し、建築・不動産・金融の3つの柱を据えることで、地域に住む人の資産管理と、空き家や森林などの地域資源を最大限に活用し、地域創生につなげていきたいと考えました。まさに、金融の中の信託ではなく、実需(事業体)の中の信託です。

 2019年には飛騨高山の本社に全ての機能を統合し、2020年には飛騨信用組合の「飛騨・高山さるぼぼ結ファンド」から出資を受けるなど、地域信託会社として本格スタートしましたが、兼業申請は行っていないため、収入は信託報酬だけであり、人的要件も厳しいことから、預かり資産が100億円以上にならないと管理型信託だけでやっていくのは難しいと感じています。これまで、賃貸住宅や商業施設、宿泊施設、再生可能エネルギー、水道施設などさまざまな資産を受託し、ようやく受託財産額が見込みを含め50億円を超えてきたところです。

 

─地方で信託はどう生かすことができるのでしょうか

 まず、行政が持つ公共資産の活用が挙げられます。地方自治体が今後も地域のインフラを維持するためには、さまざまな資金調達や資金運用方法が必要です。当社はこれまで、飛騨市終活支援センターに関わりながら、財産管理・遺言代用信託の取り組みを進めてきました。また、前橋市における日本で最初のまちづくりのためのソーシャルインパクトボンド(以下「SIB」)の財産管理を受託。さらに、富山県の朝日町で行った信託スキームを用いた「笹川地区水道施設更新及び小水力発電事業」は、地方創生に資する金融機関等の特徴的な取り組み事例として、信託会社としては全国で初めて「地方創生担当大臣表彰」を受賞しました。

 実現するまでは苦労を重ねましたが、このように地公体等が公共財産をはじめとする公的インフラを利活用する上で、民間活力を導入する際には信託の機能を使うことが有効だということを実感しています。

 

 

小水力発電事業で地域課題を解決

─水道事業における信託スキームについて教えてください

 富山県朝日町の笹川地区は、少子高齢化・過疎化が進んでいるとともに水道管の老朽化も進んでおり、ここ数年は破裂や損傷が頻発していました。水道管の改修工事には約3億円がかかるといわれ、笹川地区の100世帯ではとても負担ができません。そのような状況の中で、朝日町笹川地区を出身地とする仙台市のゼネコンの(株)深松組の深松努社長が、自腹を切って改修費を負担してもいいという意向をもっておられ、たまたま深松社長が私の友人だったことから、何かいい方法がないかとご相談をいただきました。

 早速現地を見に行くと、笹川は十分な高低差と豊富な水源を有することがわかり、深松組の善意だけに頼るのではなく川の水を有効活用した小水力発電を行い、そこから得られる売電収益を水道施設の改修費に充当させるという提案をしました。その際、信託のスキームを入れた理由は、資金を拠出する深松組が発電施設を所有すると、仮に同社が倒産して発電施設が競売にかけられた場合、公的財産となる諸施設の運営が不安定になる可能性があるからです。そこで、信託の倒産隔離機能を利用し、深松組が委託者兼受益者、当社が受託者となり包括信託契約を結び、発電設備を所有することにしました。

 ストラクチャーの中には北陸銀行や北陸電力に入ってもらい、融資契約や売電契約を結ぶとともに、地域住人との漁業補償や、水利権の調整、農地転用許可などの権利調整は当社が行いました。全てクリアするのに4年程度かかりましたが、2021年5月にようやく着工することができました。水道設備の保守管理は地元の町民で構成される(一社)笹川水道組合が行いますが、当社グループは小水力発電のノウハウがあるので、技術的なフォローも行いますし、地域の雇用創出にも貢献することから、地元の人からは「救世主だ」とお褒めの言葉をいただきました(笑)。地域信託の社名のとおり、地域の課題に応えられる信託の仕事がこのように実現できて本当に良かったと思っています。

 

富山県朝日町笹川地区小水力発電所

小水力発電の事業スキーム

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─このスキームは他の地域でも活用できるのではないですか

 高山市丹生川町久手の人たちの出資で設立し、スキー場を経営している久手観光開発(株)と、すみれリビング(株)、(株)井上工務店等が出資して、2015年に飛騨高山小水力発電(株)を設立しました。これまでに久手川流域で4カ所の小水力発電を稼働しています。また、野麦峠のある高山市高根町野麦で、信託のスキームを導入した総工費15億円、約900kwの出力の発電所にも着工しました。

 ある程度以上の規模の事業になると資金調達をする上で外部の資金を入れる必要が生じます。一方で、地域の発電所に対して外からの資本が入ってくることに地元の人たちのアレルギーがあります。そこで、特定金外信託という手法を使い、当社がSPCの発行した社債を購入する(預かる)ことで一義的に出資の責任を持つ、つまり顔の見える方に出資してもらうことに対する責任を持つ、という形をとりながら外部資本を活用するということにも取り組んでいます。もちろん不動産・動産信託による手法も活用しており、さまざまな手法を用いながら、地域の人たちと一緒に、グループ全体で今後全国100カ所以上の小水力発電所を開いていきたいと思います。

 

 

まちづくりに信託の手法を活用する

─まちづくりや空き家問題の解決にも信託は使えますか

 前橋市のまちづくりSIBのスキームに当社が入っています。事業としては成果連動型の公共事業で、事業内容は前橋市内の馬場川沿いの通りを活性化するというものです。まちづくり推進法人がソフト事業を市から請け負い、成果指標は人流の創出とし、2年半後の人流増加率を見ます。このプロジェクトでは第一生命保険(株)が機関投資家として入り、その資金を信託預かりしてくれる会社を探していて当社に話がきました。このまちづくりSIBの事業内容が地域信託という会社のビジョンにも合致しており、当社として趣旨に賛同し、今後のSIBに対する信託受託による事業成立を念頭に、当社の信託報酬をできる限り低廉になるように進めました。その結果、このSIBが組成できたこともあり、その意味でこの事業推進の最後のピースになったと思います(笑)。

 SIBのスキームは、地方自治体がコストをかけている空き家対策や、防災・減災対策にも使えると思います。例えば、減災につながる河川改修であれば、実際に改修工事を行い、想定したより減災効果が出て、公共事業の支出も計画より減った場合、その減った金額の何%かを、成果連動型のお金として、共同参画いただく大学等の研究機関の研究費に充てるとか、技術向上のための研究費として施工業者に提供することができるでしょう。

 また、空き家対策についても、機関投資家のお金を信託で預かり、空き家の利活用を地域の事業者に委託し、成果連動型で発注することができます。ただ、その際に、なぜこの事業をやるのかという目的をしっかり定め、どのような成果を期待するのかというビジョンを、地域の人たちと共有することが必要です。地域の人たちに喜んでもらえるような効果が生み出せるのなら、ESG投資といった資金も呼び込むことができると思います。そのように空き家対策の根幹の考え方をまず行政と地域の事業者が一体となって組み立て、その上で資金調達のスキームを組み立てていくことが大切だと思います。

 

─農業法人も作られました

 2019年に、所有者から誰も住まなくなった空き家と、5,000㎡の農地及び5haの山林を売却したいとの相談を受けたことがきっかけでした。当社は「地域社会の資産価値最大化」、つまり“子々孫々につながる価値の創出”を経営理念にしていますので、その実現のために当グループで購入し、事業化することにしました。そこで、2020年に物件を購入し、農業事業を開始したところ農林水産省の農泊推進事業に採択されたので、まず古民家を宿泊施設に改修しました。そして、翌年にはすみれアグリファーム合同会社という農業法人を立ち上げ、生産・流通・加工・販売を全部内製化することにしたのです。

 ちょうどそのタイミングで大学院に進んでいた長女が後継者として2023年当社に入社することになりました。彼女は当社の経営理念を基に、「“ひと、こと、ちいき、みらい”をつなぐことから始まる地域価値の創造」という経営指針を掲げ、農業、食、福祉の領域で事業を組み立てています。農産物は既に市場への出荷やコンビニ、無料直売所に出荷し始め、飲食事業では茶店kou.や寄合所“耕”天満店といったカフェやお弁当・お惣菜の店を開設し、今後は地域事業者等と連携し、地域食材を使った飲食事業も始める予定です。

 また、朝日地区の事業者が20人ほど集まり、飛騨朝日地域活性化推進協議会を立ち上げ、当社が事務局になり、農泊拠点を中心にして関係人口を増やす取り組みも始めました。今後は地域DMOのような役割を目指していきたいと思います。

 

朝日甲プロジェクト:古民家を改修し農泊推進拠点に

自社農園「すみれ朝日農場」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学を設立し、地域の課題解決型人材を育てる

─飛騨高山の大学設立にも関わっておられます

 私の甥は小さい頃から大学設立を夢見て京都大学の大学院に進み、政治家になろうとしましたが、担当教官からは政治家では大学は作れないので地域で事業を起こし、その収益で大学を作るようにすべきだと言われたようです。そこで、地域に戻って小水力発電に関わり、飛騨高山小水力発電(株)を設立し代表を務めています。その後、大学関係者や行政、NPO、事業者などのメンバーが集まり大学設立検討委員会が発足。2020年には、飛騨市と大学設置に関する包括支援協力協定を結び、本格的な協議を開始しました。甥は資金確保のために2017年に設立された(一社)飛騨高山大学設立基金の代表となり、2021年には宮田裕章※1氏を学長候補として招聘。今年の3月には大学名を「Co-Innovation University」とし、2024年4月開設を目標に準備を進めています。

 設立予定の学部は「共創学部」とし、大学で理論を学ぶだけでなく地域の人や企業との対話を通じて地域課題を発見し、地域資源を活用して新しいイノベーションを創出するなど、地域の未来づくりを先導するリーダーになれる人材の育成を目指しています。さらに特徴的な点は、飛騨本キャンパス以外にも全国で13カ所以上の拠点を設け、その地域の企業や行政などの人とのつながりから学び合える環境の提供も予定されています。また、進化型インターンシップともいえるオリジナル教育メソッドの「ボンディングシップ」も予定しており、各地の企業で学びと実践を繰り返し行えるようになります。

 当社のような不動産業がボンディングシップに関われるようになれば、遊休不動産の価値を新たに生み出すようなプロジェクトに一緒に取り組むことで、不動産業の持つ可能性を学んでもらえると思います。一方、企業の立場としては、学生を受け入れるからといって囲い込むことを目的とするのではなく、学生とのプロジェクトを通じて人材育成の社内体制を整備できることや、地域課題を解決することに着眼した事業展開を考える契機になると思います。共創学とはそういうものだと思います。

 

─今後の事業展開について教えてください

 最近は、独り身になった高齢の方の財産管理の相談が急に増えてきました。先日も賃貸住宅の借入金の返済に思案していた高齢のオーナーからの相談に対し、信託方式で物件を流動化することで借入金の圧縮をすることができました。また、民事信託(家族信託)の場合、身内の中で、財産に関する方針(承継スキーム)がはっきりしている場合は別として、一般的に財産処分や思い切った利活用がしにくいという難点があります。賃貸住宅のオーナーの資産を信託することで、認知症になられた際の家賃の受領や借入金の返済も継続できますし、万が一お亡くなりになられた際にも財産の管理処分ができます。今までは、まずBtoB向け信託の受託を中心に経営基盤を固めてまいりましたが、これからは民事信託とは違う、一人一人の状況にあった財産管理・遺言代用信託の仕事を受託していきたいと思います。

 

※1 慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授、専門はデータサイエンス

 

 


 

井上 正(いのうえ ただし)氏

1970年、岐阜県生まれ。1995年、株式会社井上工務店に入社。国指定重要文化財旧若山家住宅解体、移築復元工事に現場代理人として約3年間従事。以後、公共工事等多くの現場を担当。その後、「地域社会の資産価値最大化」を経営理念とし、2003年(有)飛騨プロパティマネジメント(現 すみれリビング(株))、2005年(株)飛騨ITアセット(現 すみれ地域信託(株))設立、各代表取締役社長に就任。現在、すみれグループ(5社にて構成)代表。そのほか2007年(社)高山JC理事長等も歴任。

 

 

 

すみれ地域信託株式会社

代表者:井上 正
所在地:岐阜県高山市問屋町43番地
電 話:0577-35-2676
H P:http://www.sumiretrust.co.jp/
業務内容:平成18年に地域まちづくり会社㈱飛騨ITアセットとして創業し、町家再生や市街地再開発事業に取り組み、平成28年大都市圏以外の地方にて唯一本店を有する管理型信託業登録を東海財務局にて行う。翌年社名変更。これまで、賃貸住宅や商業施設、宿泊施設、再生可能エネルギー、水道施設など、さまざまな事業を受託。