前橋市役所/群馬県前橋市

地域を魅力的にする取り組み

<取材日:2022年10月11日>

 

全国初!ソーシャル・インパクト・
ボンド方式をまちづくり分野で実現

成果連動型の民間委託契約方式を導入

 

前橋市は、成果連動型の民間委託契約方式(Pay for Success、以下「PFS」)によるエリア価値の向上に寄与する事業について、まちづくり分野では全国初となるソーシャル・インパクト・ボンド(以下、「SIB」)方式のスキームを構築し、2021年9月より実施することになった。まちづくりにおけるファイナンス課題を解決する新たな手法として注目されていることから、それまでの経緯及び事業内容を前橋市都市計画部市街地整備課の濵地氏に聞いた。

 

前橋市のまちづくりビジョンを策定:

・『前橋市アーバンデザイン』

アーバンデザイン・モデルプロジェクトの実施

・『馬場川通りアーバンデザインプロジェクト』

・ソーシャル・インパクト・ボンドの導入

・民間資金を利用した新たな仕組み作り

 


 

前橋市のまちづくりビジョンを策定:

『前橋市アーバンデザイン』

─まちづくりビジョンの全体像について教えてください

 前橋市ではまず、2019年に『前橋市アーバンデザイン』という将来ビジョンを策定しました。その内容は、今までのように行政が社会資本を整備してインフラを充実させていくといった行政主体のまちづくりではなく、市民や民間企業が中心となってまちを使いこなし、民間の資金がまちの中に循環することで、まちが元気になっていくような仕組みを構築するというものです。そして、まちづくりを進めるにあたり、その担い手となる組織が必要になるため『(一社)前橋デザインコミッション(以下、「MDC」)』が設立されました。そこから動き出したのが『馬場川通りアーバンデザインプロジェクト』です。ただ、民間主体といっても民間任せのまちづくりとは違いますので、行政としてもその取り組みをどのような方法で支援できるかということを考え、その結果、導入に至ったのがSIBという方式でした。

 

─『前橋市アーバンデザイン』の内容を教えてください

前橋市内のまち並み:けやき通り

 前橋市のまちづくりビジョン策定の背景として、前橋市出身の(株)ジンズホールディングスの代表の田中仁氏が、前橋市の落ち込んだ中心市街地の活性化のために一般財団法人を設立したことが挙げられます。その財団と共創で、2016年に前橋市の地域再生プラン「めぶく」というビジョンを策定したあたりから、まちづくりの動きが本格化し始めました。その後、米国ポートランドのまちづくりを参考にしようと現地視察に行ったり、市民の中から熱意がありキーパーソンになりそうな人に集まってもらい、多くの人が参加したワークショップなどを通じて市民の意見をヒアリングして、2019年9月、前橋市のまちづくりビジョン『前橋市アーバンデザイン』を策定しました。

 その中で示された方向性が3つあります。それは、まず、都市の利便性と自然と暮らす居心地の良さを兼ね備えたまちづくりという「エコ・ディストリクト」、次に、住・職・商・学という複数用途が混在したまちづくりである「ミクストユース」、そして、地域固有の資源を最大限活用したまちづくりの「ローカルファースト」です。通常、まちづくりをして地域を活性化しようとする場合、経済指標として地価が上がるとか、通行量を増やしてにぎわいを作るという観点が着目されますが、当市はそれだけではなく、居心地の良さを兼ね備えることも必要だと考えました。実際、前橋市には高層ビルばかりが立ち並ぶわけではなく、空が見えて、水と緑がまちの中でも感じられる要素があります。それが市民のシビックプライドになっているということや、ナショナルチェーンばかり並んでいるまちではなく、地元固有の店を大事にしようという意見がワークショップや市民へのヒアリングで出されたので、そのような考えをビジョンに反映しました。そのため、ビジョンの中で示された8つの指針の中にも、そのようなマインドを実現するために「水や緑の環境でリラックス」「徒歩や自転車でまちを回遊」といった項目を入れています。

4つのモデルプロジェクトのマップ

 ただ、そういった方向性のまちづくりを目指すにしても、市内の全エリアで行うのは現実的ではないので、モデルプロジェクトとして、①道路空間の利活用をテーマにした「けやき並木通り」②水辺空間の利活用をテーマにした「広瀬川河畔」③道路空間の再配分による利活用をテーマにした「馬場川通り」④低未利用地の利活用をテーマにした「駐車場の広場化」という4箇所を設定しました。前橋駅を起点として北に伸び、縦横500mほどの商業集積地から官庁街である県庁前まで続くけやき並木通りや、まちなかに流れている水と緑のまちを象徴するエリアの広瀬川沿い、中心市街地の主要な通りから利根川沿いの楽歩堂前橋公園に至るエリアなど、豊かな自然環境があり、いろいろな施設や拠点を結び回遊できる道など、目につきやすく、手をつけると効果的と思われるところを抽出しました。

 

─MDCの活動内容について教えてください

 さらに、まちづくりビジョンが絵に描いた餅にならないよう、アーバンデザインの実現を担う運営組織としてMDCという団体が2019年に立ち上がりました。活動資金は前橋市のまちづくりを応援するという主旨で、法人や個人会員を募集し、その会費で運営されています。会費に対しては全くノーリターンにも関わらず、法人を含め170人近くが会員となり※1、善意の資金が毎年1,600万円以上集まります。役所からの資金援助は一切しておらず、自前の資金だけでスタッフの人件費や家賃などを支払い、自由な活動をする自立した団体です。そして、2020年には都市再生推進法人※2に指定され、モデルプロジェクトの推進をすることになりました。

 

 

アーバンデザイン・モデルプロジェクトの実施:

『馬場川通りアーバンデザインプロジェクト』

─馬場川通りのプロジェクトについて教えてください

馬場川通りアーバンデザインプロジェクト

 アーバンデザインのビジョンを市民に理解してもらうためには、まず何か一つ実現させた方が早いだろうと、モデルプロジェクトを推進することになり、それが「馬場川通りアーバンデザインプロジェクト」です。これは、川沿いの約200mに渡る水路と遊歩道公園と道路空間を改修し、親水性を感じられるように水辺空間を利活用していこうとするもので、公共施設を民間資金で民間団体が再整備するというプロジェクトです。

 このような大きなプロジェクトに民間資金が集まる背景に、「太陽の会」の存在があります。これは、前橋市にゆかりのある企業の社長さんたちが結成した会で、現在24企業が参加しています。前述の田中社長が音頭をとり「自分たちのまちは自分たちでつくる」と、その思いを伝えながら仲間を増やしてできた団体です。参加企業の純利益の1%または100万円のどちらか多い金額を拠出し、まちづくりのために使っていこうと活動しています。この団体から3億円の寄付金をいただき、MDCがプロジェクトマネージャーとして、設計内容の調整、地元の意見調整や行政手続きなどの窓口になり、プロジェクトが動き始めました。

 ただ、ハードを整備することで景観は素晴らしくなりますが、市民の活動が伴うにはそれだけでは足りません。店舗の構えが通りに対して開かれるような沿道も含めた全体の空間活用や、清掃活動、週末のイベントなどトータルで考えていかないとまちの価値は高まっていきません。そこで、MDCが中心となり、まちづくりに興味がありそうな地域住民や若い世代に声をかけたところ多くの人が集まり、継続的にまちづくりをするための勉強会が自主的に開かれるようになりました。

 このような民間が主体となった独自の取り組みが展開される中、こうした取り組みをより活かすための支援方法は何だろうと考えて至った結果がSIBの導入でした。

 

 

ソーシャル・インパクト・ボンドの導入

─何故SIBのスキームを導入したのですか

 プロジェクトの準備委員会を通じて出された民間ならではの斬新なプランの実現を支援するには、国や市からの補助金活用という方法があります。しかし、補助金は現状の課題に対してマイナスになっているところをゼロにするという事業には使い易いですが、現在標準レベルにある状態から今までないような景色を実現したいというようなプロジェクトに対しては、その必要性が問われてしまいます。また、市からの業務委託という方法もありますが、委託内容の仕様書が必要となり、そうなると行政の枠を超えられません。

 他にいい方法がないかと考えていた矢先、ちょうどそのタイミングで国交省がSIB導入のセミナーを開催していたのです。それによると、ゴールさえ決めればそのプロセスは問わない手法なので、民間の創意工夫やノウハウを生かせるという点や、成果連動型民間委託方式なので結果に応じた支払いになり、行政側のリスクが低減されるなどのメリットがあります。その一方、民間事業者側も通常の行政の支援事業と違い、事前に資金調達ができる点や、仮に事業が失敗したとしても投資家とリスクを折半できるというメリットがあるということでした。そこで、MDCというできたばかりのまちづくり団体を生かし、組織の成長機会を与えるにはいい手法だと考え、導入を検討することにしました。

 

─報酬額や成果指標はどう決めたのですか

 庁内で、SIBを活用したまちづくりについて説明会をしたのですが、理解を共有するのにとても苦労しました。先行するSIBの導入事例にまちづくり分野のものがなかったですし、まちの価値が上がった成果に対して支払うといっても、それがどう税収増や地価上昇に結び付くのかという理屈を明確に示すことができなかったり、事業が成功した場合に支払う報酬をどう決めるのかという課題がありました。

 そこで、報酬額は、従来型の方法で市が事業をした場合に3年間で1,310万円かかると試算。ただし、全額成果連動型にしてしまうと失敗した場合0円になってしまうので、事業者の方もリスクが大きいことから、固定でかかる費用(今回は740万円)は実施の有無に応じて支払い、残りの額(570万円)を成果連動型で支払うということにしました。

 成果指標については、歩行者通行量の多さが周辺店舗の売上と相関関係があるという調査結果が国からも出ていましたが、にぎわいづくりだけがまちづくりの目標ではないと考えました。そこで、ビジョンの方向性でも示された居心地の良さも兼ね備えたまちづくりを実現する際に、最もいい指標は何だろうと議論しました。実際に定量化するのは難しかったのですが、単に歩いている人の数ではなく、ハッピーと思っている人がどれだけいるかというような質の要素も取り入れることを検討しました。最終的に、指標は「歩行者通行量」に設定することになりました。馬場川通りにおける、市の1カ月あたりの歩行者数調査を基に標準的なベースラインの人数を設け、上限値から標準以下まで数値を設定し、それに成果連動の支払分を連動させることにしたのです。

 ただ、支払いは歩行者通行量以外にはひも付きませんが、そればかりを目標にして追いかけられても困るので、まちなかのアクティビティの多様性を計る指標として、活動の種類の数や、市民が幸せな時間を過ごしたという証しになるであろう延べ滞在時間数など、他の指標も計測して記録するということも成果水準書の中に明示し、事業の受託者であるMDCと共有しました。

 

報酬額の想定

成果指標の設定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─SIBのスキームについて教えてください

 事業の委託期間は2021年9月16日~2025年3月31日の3年間で、MDCを受託者として業務委託契約を結びました。一方で、受託者であるMDCは、この事業の資金提供者を見つけなくてはなりません。そこで、事前にMDCにヒアリングを行い金融機関や機関投資家をリストアップし、今回このスキームについて国交省から派遣されたデロイトトーマツ社と市の職員で事業説明(サウンディング)を行いました。最終的に第一生命保険さんが手を挙げてくれましたが、同社は他市でも別の分野で事業経験があったことと、窓口の群馬支店がまちづくりに対して地域貢献していることをPRできるということを熱心に本社に掛け合ってくれました。ただ、このスキームに参加するにあたり社内決済を得るためには資金の保全策を求められ、それが最後の課題として残りました。銀行で信託を組成すると高額の費用が必要になりこの事業規模だと成り立ちません。そこで、出会ったのがすみれ地域信託さんでした。同社の井上社長がこの事業に共感してくれて、かなり低廉の手数料でこの事業に参画してくれました。

全体のスキーム図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

民間資金を利用した新たな仕組み作り

─市民からの寄付金を活かした新たな取組みも始められました

 前橋市の場合、まちづくりにお金を出してもいいという志を持っている方はたくさんいます。今まではそれを市役所が受け取り、市の事業予算の財源に組み込み、市が実施する事業に使っていました。しかし、それではまちづくりPFSの時と同様に市の範疇を超えられません。そこで、民間の創意工夫を生かし、民間の実情を反映したまちづくりを進めていくには、寄付でいただいたお金を民間に預けて使ってもらう仕組みができないかということを考えました。

 その結果、民間企業や個人の寄付を市が受け付けて、それに対して基金を組成し、そこに寄付金を積み立て、ある程度の額になったら民間まちづくり事業を選定し、そこに助成していくという仕組みをつくりました。

 

─前橋市の取り組みを他市でも展開するためには何がポイントになるでしょうか

 やはり、まちづくりに対して強い思いを持って参加してくれる人にどれだけ多く入ってきてもらうかがポイントになると思います。前橋の遺伝子として「人のためのお金を使う」という文化があります。“前橋二十五人衆”という幕末から明治にかけて時代が変わっていった時に財を成した人たちが、私財を投じて迎賓館などを建ててきた歴史があります。その精神が現代にも引き継がれ、太陽の会のように、びっくりするくらいの熱量をもって活動される方たちがいることが大きな力になっています。その意味で、そのような人材がたくさんいる環境の中で仕事をさせてもらっているありがたさを実感しています。

 

※1 令和5年1月末時点で、正会員94人(法人74、個人20)、賛助会員73(法人13、個人60)合わせて167人が登録。

※2 都市再生特別措置法に基づき、都市の再生に必要な公共公益施設の整備等を重点的に実施すべき土地の区域のまちづくりを担う法人として、市町村が指定

 

 


 

濵地淳史(はまち あつし)氏

2004年前橋工科大学大学院工学研究科建築学専攻修了、前橋市役所入職。
建築技師として営繕・審査担当を経て2015年より現職。第2回先進的まちづくり大賞で国土交通大臣賞を受賞した前橋市アーバンデザインの策定及び前橋デザインコミッションの設立・運営などの一連の取り組みに、市の担当者として中心的な役割を担う。
千葉県香取郡出身。一級建築士。