有限会社シンエイ地所/岐阜県飛騨市

地域を魅力的にする取り組み

<取材日:2022年7月14日>

 

紆余曲折を乗り越え
空き家バンクを再生

地元愛を共有する官民連携は今も進化中

 

・覚悟を決めて空き家対策に取り組む

・移住定住促進と空き家の活用を組み合わせる

・空き家の流通をビジネスとして成り立つ仕組みに

・地域の資産を生かし切る

 


 

覚悟を決めて空き家対策に取り組む

─「飛騨市住むとこネット」が稼働するまでの経緯を教えてください

谷邉氏市町村合併が進んでいた2003年頃から飛騨市でも空き家問題が話題になり始めました。そうした中、2008年に市が空き家バンク制度を立ち上げましたが、当時は音頭を取っていたのが年配の方だったこともあり、動きが遅く、同業者間の意思疎通もあまりうまくいっていなかったようです。結局、物件も参加業者も思うように集まらず、制度は立ち消えになってしまいました。

 その後、空き家の数はさらに増え、再度空き家対策の必要性が叫ばれるようになりました。私もこれまで以上に問題の深刻さを感じていましたし、私の同級生だった市の職員からも協力要請があったことから、改めて空き家問題に取り組みたいという思いが強くなりました。もしかすると、「今回も手を挙げてくれる業者はいないかもしれない、でも当社だけは絶対に協力したい、とにかくやろう」という意気込みで、市の担当者と約1年かけて仕組みを見直しました。

 

─制度を見直したポイントを教えてください

谷邉氏前回の空き家バンクの反省も踏まえ、どうすれば空き家の掘り起こしができるかを考えました。所有者が空き家の利活用に踏み切らない理由はさまざまです。家財が残っている、相続登記が済んでいない、土地の一部に借地がある、法定外公共物、いわゆる赤線・青線と呼ばれるものが土地に含まれている、それに火事や自殺があった事故物件などです。このような物件の処分について家族の間で話をしても、実際どのように対応すればよいのか、費用はいくらかかるのかなどについてどこに相談したらいいかがわからないため、結局手つかずのまま放置されてしまうケースが非常に多いのです。

 そこで、まず空き家の掘り起こしから登録申請までの見直しを図る一方で、市に相談窓口を設置してもらいました。また、固定資産税の納税通知書に「大切な家、思い出のある家だからこそ空き家を有効活用しませんか」といった案内書を同封する※1など、空き家所有者へ周知してもらうようにしました。併せて2015年に、空き家の情報サイトである『住むとこネット』を開設しました。

 

『住むとこネット』のホームページ

昔の姿が残る飛騨市のまち並み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋本氏飛騨市では以前から移住促進に力を入れていたので、それと空き家活用をうまくジョイントできないかということを検討していました。『住むとこネット』は、主に移住希望者に対し空き家物件等の情報を提供するサイトで、市の補助制度等の効果もあって登録件数が次第に伸びていき、今では年平均で30~35件、多い年で50件の登録があります。

 2015年に開設以来、2022年3月末時点の登録累計が236件、そのうち成約に至ったのが169件(売買:118件、賃貸51件)と実績をあげています。2021年には「住生活月間功労者表彰」の国土交通大臣表彰をいただきました。

 

─新しい制度に対する宅建業者の反応はどうだったのでしょうか

谷邉氏飛騨市には7社の宅建業者がいますが、参加してくれたのは4社だけでした。『住むとこネット』に登録されている物件は、どうしても当たりはずれが出ることもありますが、「この物件はやりたいがこんな僻地の物件はやりたくない」では回っていかないので、みんな公平に輪番制で対応するようにしています。

 ただ、参加しない業者の理由は、やはり収益性の問題です。物件は何かしら問題を抱えている場合がほとんどです。既存不適格で建て替えできない、権利関係が複雑、土砂災害等のリスク、所有者の意思能力の問題など、このようなことを全て調べ上げ、取引できるように調整し、やっと成約したとしても収入は数万円ということもあります。バブルの「いい時代」を経験している年代の方からすると、「そんな商売はやってられん」ということになるのでしょう。

 

 

移住定住促進と空き家の活用を組み合わせる

─『住むとこネット』が成功した要因を教えてください

古川町の売却中の物件

谷邉氏まず、移住者に対する市の補助制度が充実していることが挙げられます。例えば、移住奨励金として単身世帯の場合、10万円相当の地元商品券がもらえます。また、移住目的で物件を内覧する場合には、移住検討交通費補助金として2回を限度に最高1万円までの交通費が支給され、移住体験宿泊費補助金もあります。また、空き家の改修工事の補助費も手厚く、1件当たり最大150万円が支給されます。

 

橋本氏厳密に言うと、改修工事の補助の他に、購入額に応じて最大30万円、さらに転入世帯に対しては50万円加算されるので、全て合わせると最大230万円助成されることになります。改修工事の補助は、『住むとこネット』に掲載された物件のみを対象としております。

 また、『住むとこネット』に登録できるのは飛騨市内の宅建業者だけですが、物件自体は市に依頼があったものだけでなく、宅建業者に直接依頼のあった一般の流通物件も掲載可能にしたことです。市としては移住につなげることを第一に考えていますので、その点は柔軟に考えています。

 

谷邉氏宅建業者としても、結果的にサイトがにぎわって閲覧されるようになれば、空き家も含めて反響が期待できるのでありがたいです。ただし、相続人が複数いて全員の合意が得られていないような物件で、今の所有者では移転登記ができないものは断っています。

 

─物件登録までの流れについて教えてください

谷邉氏空き家の処分の依頼があった場合は、まず所有者と一緒に現地に行って物件の状態を確認します。事前に本人から相続等の情報を聞き、当方でも境界や権利関係などを調べ、整合性をとりながらすり合わせをします。そして、売却する意志が固まれば、所有者に家財を全て処分してもらい、中を綺麗にした上で売却金額を確定し、一般媒介契約を結び『住むとこネット』に掲載します。

 

─売主に家財処分をしてもらってから市場に出すのですか

谷邉氏家財が残ったままサイトに出している業者もいますが、飛騨市では家財処分についての補助金制度もあるので、当社はそれらを使って家財を全部処分した後、何も無い状態で掲載するようにしています。買主は物件内覧の際、例えばここにはソファを置きたいとか、この壁を抜いてワンフロアにしたいとか、いろいろとイメージしながらご覧になります。家財が残っているとこれが難しくなります。遠方から来ているお客様にそんな見せ方はしたくないですし、ありのままの状態を見て判断してほしいという思いから、当社では家財を無くして案内をしています。

 しかし、そこまでやっても売れない物件はもちろんあります。大体「5年で売れなければ壊しましょう」と、解体を勧めするようにしています。今では解体の補助金が最大100万円出ますので、ほとんどの所有者が解体に同意してくれます。

 

─空き家の購入者のプロフィールについて教えてください

谷邉氏空き家購入者のほとんどが移住目的で、地元の人は3割くらいです。しかも、Uターンというよりこちらに地縁が無い人の方が多いです。地域は関西や東海圏からも来られますが、関東からの移住者が比較的多い印象です。年齢層は幅が広く、趣味の釣り好きが高じて転居した方や、地震が少ないからと来られた方もいます。

 

バラエティに富む移住促進補助金

『飛騨市住むとこネット』の流れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋本氏移住となると、住まいや仕事、そして暮らしが必要になりますが、仕事に関する情報提供が少ないというのが正直なところです。市内の求人サイトを紹介したり、就職奨励金(3年間在住で5万円)を用意していますが、まだインパクトは弱いです。市内には魅力的な企業がいっぱいありますので、仕事から飛騨市に興味を持ってもらって、そこから空き家購入につながる流れもできるといいと思っています。

 

─空き家の所有者は売却希望が多いのですか

谷邉氏売却と賃貸だと圧倒的に売却が多いです。所有者が市外居住の方の場合は、自分は既に東京や名古屋に家があり、飛騨にある家を使って何かするということは考えにくいので、田畑、山林、お墓まで全て面倒を見てほしいとおっしゃいます。賃貸にすると、給湯器が壊れたとか、雨どいが外れたといったクレームに対応しなくてはならないので、やはり手放したいという所有者がほとんどです。また、地元の方の場合、独居の高齢者が老人ホームに入ってしまい、もう戻って来られないだろうから売却したいというケースもあります。そのため、成年後見人を立てて売買したことも何回かあります。

 一方、改修工事の補助が手厚いので、移住検討者も物件を購入して自分の好きなようにリフォームしたいというニーズが強いです。ただ、そうはいっても一気に全部リフォームするのが難しいケースもあります。そういう場合は、まずはトイレと浴室、そしてキッチンを直して、数年後にさらに必要なリフォームをするといったように、無理せず段階的に直していったらいかがですかとアドバイスします。

 ただ、飛騨市は豪雪地帯なので、最初は賃貸で様子を見たいという方もいます。当社は売買仲介がメインですが、空き家を買い取って賃貸住宅として貸してもらいますので、こういった賃貸物件にお試し的に移住して、よければ購入に進んでもらうというケースもあります。

 また、山林の売買を依頼された場合は、基本的に全て当社で購入しています。今年も2万坪以上を購入し、累計では8万坪ほどになりました。やはり地元の里山は自分たちで守るべきで、外国資本に売ってしまっては取り返しがつかなくなると思います。キャンプ場をしたいという目的と素性がはっきりしている方には売りますが、山を荒らされたくないので単純に売ってほしいという問い合わせは全て断っています。

 

 

空き家の流通をビジネスとして成り立つ仕組みに

─空き家取引を活性化するための政策として何が必要だと思いますか

谷邉氏空き家取引がもう少しビジネスとして成り立つようにしてほしいと思います。東京で5,000万円の物件を仲介しても、飛騨で50万円の空き家を仲介しても、作成書類や調べる内容は一緒です。仲介手数料は成果報酬ですし、売れない物件もあることから調査費等は完全に持ち出しです。報酬告示の見直しで、400万円以下の低額物件については売主から18万円まで調査費として報酬をもらえるようになりました。しかし、実費がそこまでかからない場合もありますし、ただでさえ価格が安くなった物件の所有者に調査費用を請求するのは難しいです。できればその報酬を買主からもらえるようにしてほしいと思います。飛騨市はここ10年毎年地価が3~5%下がっています。低額物件でも仲介手数料が25万円程度もらえるようになれば、空き家は全国的に動いていくと思います。

 また、現場で問題になることが多いのが農地転用の関係です。飛騨市も過疎化が進み、小中学校は統廃合され、そのため周辺部から中心部に人口移動をし易くする必要があります。しかし、農地を宅地に転用する際、農振農用地の変更手続きが年に1回しかできないというハードルがあり、手間と時間がかかってしまいます。この制度も何とか見直してほしいと思います。一方で、農地法3条の下限面積については運用の見直しがあり非常に助かっています。50〜70坪前後の農地付空き家を求める移住希望者も多く、見直しのおかげで4件ほど成約できました(笑)。

 

 

地域の資産を生かし切る

─飛騨市の地域守りのような存在です

谷邉氏当社はもともとアパレル加工業でした。祖父と父と私の3人で切り盛りしていましたが事業に限界を感じ、1997年に父と一緒に現在の会社を設立、宅建業に転身しました。ですからまだ25年の歴史の会社です。

 不動産で勝負するなら、隣の高山か富山でと考えた時期もありました。しかし、今は飛騨市にしか物件を持っていませんので、会社を大きくするより、地域に根付いてやっていくというスタンスでいます。

 地域が盛り上がるように、橋本さんと一緒に、“軽トラバザール”という特産物や空き家から出たタンスなどを軽トラに積んで販売する、バザーイベントを実行委員長として実施しています。また、スーパーカミオカンデの中に入れるツアーのツアコンや、起こし太鼓で有名な飛騨古川祭に参加したり、子どもの学校のPTA会長をやったりと、仕事以外でも地域にどっぷり浸かっています(笑)。

 古川町は全国から人が集まる高山市や鉱山のある神岡町と違い、保守的で伝統を重んじ、昔ながらの行事を引き継ぐことにはエネルギーをかけますが、人の流入については閉鎖的です。しかし、その分商業化が進まず、昔のありのままのまち並みが残っています。私は「飛騨の物件を生かし切る」ということをテーマにしていますので、それを集客に活かし、商売と人が定着すれば、このまちが生き残っていけるのではないかと思っています。

 

飛騨市軽トラバザールの実行委員のメンバー

スーパーカミオカンデツアー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─地元愛でつながった素晴らしい官民の連携ですね

谷邉氏もちろんビジネスは重要ですが、お金お金と世知辛いことばかりを言いたくはありません。橋本さんとはともにボランティアの活動をしたという縁もあり、こうして一緒に空き家対策を盛り上げています。本当に助かっていますし、ともに飛騨のために力を尽くしたいと思っています。

 

春の古川祭り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

橋本氏『住むとこネット』が国交大臣表彰を受賞した理由は、売り手と買い手の双方の支援、各種補助制度の充実、そして成約率も上がっていること等だと聞いています。ただ、私自身が強く感じるのは、補助制度よりもシンエイ地所さんのような宅建業者が、たとえ50万円の物件でも100万円の物件でも地元のために本当に誠意を込めて頑張ってくださっている、これが一番大きいと思っています。谷邉さんのような方がもっと増えてくれるといいなと思います。

 

谷邉氏父は古川町の商工会の会長をやったことがあり、地域で商売をする大切さを見てきました。私にも息子が二人いますが、「お父さんの仕事面白そうや」と言ってくれています。しかし、東京の大学に行き、そこでいい人を見つけて、いい仕事に就いてしまえば地元には帰ってきません。外に一度出ても帰ってきてもらえるように、これからも子どもから尊敬される仕事をしていかなくてはならないと思っています。

 

※1 現在は市外在住の方に限る

 


 

谷邉浩也(たにべ ひろや)氏(右)

1973年、岐阜県飛騨市生まれ。平成9年有限会社シンエイ地所を父と二 人で起業し、現在に至る。ここ10年は、空き家利用のニーズが高まってい ることから飛騨市とともに空き家バンク『住むとこネット』に尽力する。

橋本真之介(はしもと しんのすけ)氏(左)

1987年、岐阜県飛騨市生まれ。富山大学理学部生物圏環境科学科卒業後、 飛騨市役所へ入庁。総合政策課に席を置き、移住定住促進や空き家バンク の運用、地元高校の魅力化、結婚新生活の支援などに携わる。

 

 

 

有限会社シンエイ地所

代表者:谷邉芳弘
所在地:岐阜県飛騨市古川町上町549-2
電 話:0577-73-6211
H P:http://www.shin-ei-jisho.com/
業務内容:アパレル加工業から25年前に宅建業に転換。賃貸管理、売買・賃貸仲介を中心に展開。空き家の課題を解決するために採算度外視で飛騨市の空き家バンクに登録された物件の流動化に取り組む。地域の活性化のために、古川祭りや軽トラバザールなど地域の行事の中心となって活動している。