株式会社村越不動産/東京都足立区
地域を魅力的にする取り組み
<取材日:2022年11月11日>
権利関係が複雑で解決困難な
都市型空き家問題に取り組む
全ての相談窓口を受け、10の課とキャッチボールし、課題を解決
始まりは行政と私的な勉強会の立ち上げから
─貴社の事業内容について教えてください
大学を卒業し新卒で旭化成不動産(株)に入社し、足立区・葛飾区の担当として業務をしていました。私の祖父が昔ハワイで不動産を取得、その物件の管理をしていたのですが高齢になり、後を引き継ぐために5年程で同社を退社し、夫婦でオアフ島に移住し不動産会社を運営していました。その後、足立区で賃貸物件の運用・管理をしていた妻の祖父が亡くなり、こちらの後継者が不在だったことから、帰国して2008年に不動産会社を設立しました。設立後は旭化成ホームズ(株)の不動産ネットワークACEに加盟し、家を建てたい方の土地探しやメーカーが建てたアパートの管理、オーナーの土地の売却などを行っています。また、妻の祖父が古くからの地主さんだったこともあり、付き合いのあった不動産会社からの紹介で、東京都宅建協会足立支部(以下「支部」)の幹事も務めています。
─空き家問題に取り組まれたきっかけを教えてください
2015年に「空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空家特措法」)」が施行される少し前に、足立区役所の担当部署から支部宛に老朽空き家に関することを手伝ってほしいという依頼がありました。しかしその時は、空き家問題はまだそれ程顕在化しておらず、支部の方もまだ「何かとっかかりがないと動きようがない」という状況でした。そのようなことを当時の建築室長に話したところ、「葛生さん主催の空き家の勉強会を開いてくれないか」と言われ、2014年2月より「放置空き家・老朽危険家屋有志勉強会」という私的な勉強会を区役所の人たちとスタートさせました。内容は、行政の担当さんが知っている不動産の知識と我々不動産業者が認識している不動産や空き家問題の知識のズレをすり合わせることから始めました。例えば、足立区には無接道空き家が8,000戸近くあり、不燃化特区なら接道が2m未満でも再建築できるように制度を改正しましたが、再建築の相談申し込みがあまりないと悩んでいました。それに対し、我々が「そのような土地は建築許可が下りても銀行の担保評価がほぼ0円なので、融資がつかないからなのではないか?」ということを信用金庫の担当さんも呼んで議論するといったやりとりです。
勉強会は1時間半から2時間で、足立区役所でこれまで約40回程度行っています。私主催の勉強会にした点のメリットは、区の職員さんが部署を問わずオープンに参加できるということです。空き家や老朽家屋に関連する問題は単に建物のことだけでなく、ゴミ屋敷になるとか居住者の孤独死の問題にも及びます。それらを議論する際、仮に建築室が主催の公式な会議になると、環境部や福祉部門の担当者が参加するのは簡単ではないそうです。全国の中でも大都市における空き家問題に積極的で、成功事例が多い足立区でも部署を横断した会議は内部の調整が必要でなかなか難しいようです。勉強会を重ねると、各課の担当者が部署を越えて横断で出席してくれるようになり、空き家問題も複雑で多岐にわたることから、私も知り合いの弁護士や司法書士、土地家屋調査士などに参加してもらうようになりました。ただ、この勉強会では個別事例については個人情報の問題があるので出さず、あくまで一般論としての議論です。支部にも社会貢献委員会があり、定期的に不動産相談会を開いていますが、その先の個別案件の対応まではできないことになっていますし、行政も個別の営利団体や企業を紹介できません。そこで、建築室長から各分野の専門家を集め、ワンストップで相談を受けられる団体(一般社団法人)を作ったらどうかという提案をされ、一級建築士、弁護士、建物解体業者、司法書士、測量士などを集めて「(一社)まちなか整備・管理機構(以下「まちなか法人」)」を立ち上げました。
空き家問題を3種類に分けて対応を考える
─まちなか整備・管理機構の業務内容について教えてください
まちなか法人では年間約50回の相談会を行っています。相談会は区役所庁舎でも開催しますが、行政ができないことをサポートするのが目的ですので、区庁舎が閉まる17時以降や土日は、区と共創事業で協定を結んでいる足立成和信用金庫の地域応援相談プラザや区の生涯学習センターなどで行っています。相談件数は年間150~200件くらいあり、約2割の30~40件が解決に至っています。「物件を預かったら相談者さんの問題が完全に解決するまで、つまり老朽空き家を解体して更地になるまで対応する」というのがまちなか法人の方針です。 そこで、案件が来たらまず私が全て現地調査をし、写真を撮り、公図や謄本をあげ、それを基に他の理事と一緒に、相続登記費用や解体費用等の見積もりを入れた提案書の作成までを行います。案件の解決には2、3年かかるものが多いですが、中には6年くらいかかったものもあり、長期案件を含めると40件くらいが常に同時並行で動いています。しかもその内の半分くらいは解決しても手数料などの不動産収入は全くありません。
─地域によって空き家の課題は違いますか
相談を受ける案件の対象は、足立区の住人、足立区に家がある足立区以外の住人とし、「空き家で困っている人の問題を全て引き受ける」ということをモットーに活動しています。当初は、「売却につながればいいな」とか、「老朽アパートを新しい建物に建て替えられたらいいな」などと軽い気持ちでいましたが、そのようなレベルではない問題を抱えた相談がほとんどでした。また、具体的な相談をいくつか受けていると、その地域によって問題の本質と解決方法は大きく異なることがわかりました。そこで、都市の空き家を「①都市型空き家問題」「②地方(郊外)型空き家問題」「③国道16号型空き家問題(大都市近郊ベッドタウン)」の3種類に分別して対応を考えるべきだと思うようになりました。
まず、①都市型空き家問題は、兄弟の仲が悪く相続でもめていたり、所有者が認知症になり施設に入ってしまったり、さらに所有者が存在しない場合など、権利関係が複雑で、処理しにくいケースが多いです。また、借地権の物件も多く、その多くは無接道の物件で、当時の契約書も無く、そのうえ旧法の借地権で100年近く前から居住している場合もあります。さらに、その間に地主も借地人も代替わりし、相続人を追うのが困難でそのまま放置されています。認知症になってしまったケースでは成年後見制度の利用が考えられますが、コストが非常にかかるため地価が高くない地域での利用が難しいのが実情です。このような問題の解決のためには、細かいケアと専門家の連携が必要になります。2つ目の②地方(郊外)型空き家は、人口が既に大幅に減少してしまい、価値が0円と言われるように不動産の流通市場も成立しにくい地域に起こる問題です。この場合は、移住・定住や限界集落の問題とセットで考えないと空き家の問題はなかなか解決しません。最後の③国道16号型空き家問題については、神奈川県の横須賀市、東京都の多摩センター、埼玉県の毛呂山町や春日部市といった各都県の人口減少NO.1の地域を地図にプロットすると、国道16号線上に全てあったためそう名付けました。この場合は、子育て環境などを整備して地域の価値を上げることで、人口流出を防ぐことが空き家を増やさないための方策になります。
それでは、都市型空き家の具体的な解決事例を紹介します。
<事例①>
旧法借地権を売買したケース
【物件と相談内容】
・登記は昭和16年で、戦前に建てられた木造の借地権のアパート兼自宅として使われていたが、15年間誰も住んでおらず老朽化し、台風で屋根が飛ぶなど危険家屋になっていた。建物の所有者の孫に対しては区から指導が入っていたが、建物が3代前の祖父の名義のままで、戸籍を調べてもらったところ、推定相続人が約30人おり、司法書士に追いかけてもらうと何人かは行方がわからなくなっていた。
【対応内容】
・解体費を見積もると500万円以上になり、相談者はそれをすべて負担するのは厳しいとのこと。
・そこで、足立区の職員と一緒に地主に対して交渉に行った。本来は、建物の相続手続きがまず必要だが、30人の承諾を取るのは無理なので、先行して建物を壊して滅失登記をし、本来は消滅してしまう借地権を残して売却させて欲しいと頼み込んだところ、地主に承諾してもらえた。
・結果的に建物を壊した後、解体費を上回る価格で借地権を売却することができた。
<事例②>
所有者不存在の物件を処分したケース
【物件と相談内容】
・火災で住んでいた所有者が死亡。全焼扱いだったが建物が残ったまま2年くらい経過したため、風が吹くと周囲に煤や灰が飛び、崩落危険もあるため何とかしてほしいと近所から相談が入る。
・物件を相続した所有者は独身で、親と姉は既に死亡。遺言書もないので「所有者(相続人)が存在しない」状態になっていた。
・火災で家屋が全焼したため、法律上は空き家ではなく廃棄物扱いになり、空家特措法の対象にならないと判明。
・区役所が当事者となって不在者財産管理人の選任の訴えを起こそうとしたが、当時は区役所が主体となることは難しいとの判断だった。(その後制度が一部改正された)
【対応内容】
・まちなか法人の理事の弁護士と相談し、隣の家が火災によって雨どいや網戸が損傷したことから、隣家の人の協力を得て、「火災で自宅が被害を受けた」ことを理由に家庭裁判所に12万円の損害賠償を申し立ててもらうことにする。
・その場合、家庭裁判所に選任された弁護士が不在者財産管理人として物件を処分することになるが、140万円程度の予納金と申立て費用が必要となった。隣家の人はそのお金を出せないし、区も予算をつけられないためその捻出方法が課題になる。
・そこで、商店街の活性化など、まちづくりのために使う助成金「あだちまちづくりトラスト」に応募し、そのお金を訴訟費用に充てる事に。
・最終的に予納金以上の価格で売却でき、かかった経費を差し引いても十分「あだちまちづくりトラスト」に返却することができた。
・ただ、物件の処分は家庭裁判所が選任した弁護士の指定の不動産会社が売買を扱ったため、当方の収入は0円。
・現在はそこに新築の家が建っているが、超難問だった火災現場の所有者不在物件を壊すことができ、近隣住民に貢献できたと思っている。
<事例③>
都市計画道路上の建物を処分したケース
【物件と相談内容】
・東京都の都市計画道路上の建物が計画道路をふさいでおり、計画が滞っていた。
・建物の所有者は90歳代で既に死亡しているが、妻も娘も先に死亡していたため、80代半ばの2人の妹に所有権が相続されることに。
・計画道路の立ち退きと補償交渉をするにあたり、戸籍謄本を調べると所有者は2歳の時に養子で入ったことが判明し、妹たちもびっくり。
・2歳で養子に入り96歳で死亡したため、6代先の来孫の世代まで推定相続人を探す必要がある。
・さらに、普通の相続なら書面だけで相続放棄の協力をしてもらうが、都市計画道路のため補償金額が決まっており、都としては全員平等に法定相続することになるといわれる。
【対応内容】
・所有者の実の兄弟が2名いることがわかったが、妹たちからすると、これまでずっと実の兄と思い、葬儀も出してお墓に納骨までしたのに、全く関係のなかった他人に相続権が半分移ることに納得できなかった。
・そこで都庁に行き、この件に関して都は交渉しないという承諾をとり、まちなか法人の弁護士が妹2人の代理人として兄の実の兄弟(どちらも故人だった)の相続人にお願いしたところ承諾され、補償金が妹たちに払われることになった。
・建物も解体され道路上の障害物が無くなり、計画道路の工事が進んでいる。
<事例④>
通学路にある外壁が崩落した建物を処分したケース
【物件と相談内容】
・鉄骨造の3階建ての物件で、無人のまま20年ほど放置されていた。
・外壁が剥落して通学路に約200kgのコンクリートが落下したことから、区が是正・除却・勧告を出すが、所有者は従わず、足立区第1号の特定空家指定が決定される。
【対応内容】
・行政が代執行をするには書類作成や予算調達など時間を要することから、まず我々まちなか法人で対応することにした。
・所有者は近県在住の70代の男性で、連絡してみると「とりあえず話は聞く」ということだったので、そこから2週間に1度の割合で約半年間訪問し続け、解体のお願いをする。
・何度お願いしても本人は了解せず、所有者の顧問弁護士を紹介され、弁護士と話をするように言われる。
・紹介された顧問弁護士のことを調べたところ、空き家関連の著作(共著)などもあって空き家問題に理解があることがわかり、直接会い、「このままではこの所有者の老朽空き家が全国に発信されることになってしまう可能性がある」旨を伝えたところ、理解してくれた。
・弁護士と一緒に所有者を再度説得し、承諾を得た。しかも、所有者が自主的に解体着手したため代執行は回避できた。
相談内容をワンストップで受け、10の課にフィードバック
─行政が代執行をしたがらない事情に何があるのですか
まず第1に「個人の財産権の侵害」という点です。空家特措法には明記はされていませんが、行政側には特定空家に指定することと行政代執行はセットで進めるという認識があります。いくら老朽化していても家屋は個人の財産であるので、行政としてはどうしても指定する段階で二の足を踏んでしまいます。第2に解体費用の回収の問題です。行政代執行になるようなケースは、所有者は高齢者などが多くて費用が回収できない可能性が高く、残置物があった場合も引き取りに来るまで倉庫に保管していなくてはなりません。また代執行では行政の予算を使って解体することになり、「放置しておけば行政が解体してくれる」という老朽空き家所有者のモラルハザードが起こる可能性があります。第3に行政の事務処理の煩雑さです。区役所が行政代執行をする場合は東京都にも説明する必要があるそうです。全国で初めて所有者不明の老朽空き家を特定空家に指定して、行政代執行をした横須賀市の担当者にも聞きに行きましたが、その代執行の書類作成が膨大で、かなりの事務負担が担当者にかかるということでした。そして最後に、地域のイメージが悪化するという点です。代執行をしたことがニュースとして放映されると、その地域は老朽空き家だらけなのではないかという負のイメージになり、下手をすると犯罪の拠点など悪さ目当てで空き家を利用する人たちも出てくる可能性もあることから、行政としてはあまり注目されたくないというのが本音です。
管理不全空き家でも税優遇を無くすということが国で制度化する動きになってきました。特定空家のひとつ手前で、代執行まではいかないが固定資産税の減免の恩恵が無くなるというものです。これであれば、行政も手間が増えず税収が上がるだけですし、所有者にもプレッシャーをかけられます。うまくこの制度が機能すれば老朽空き家を減らす一因になると私は思います。また、今後は外国人所有の物件の相続人が不明などの問題も起こるでしょうから、外国籍の所有者の母国で相続人を追跡できるような制度を設けてほしいと思います。
─空き家問題の解決には行政のリソースも不足しているのですね
足立区の人口は約68万人で、住宅は約20万戸です。それに対して、区の空き家問題の担当者は3名しかいませんでした。他の区でもほぼ同様の状況です。年間数百件の相談には具体的に動いての対応はできませんし、無接道空き家を隣家に買ってもらえば解決するようなことも、区役所の担当者としては簡単にはできません。そこでまちなか法人のような補助的な組織が有効になります。相談があれば全てまちなか法人の我々に振ってもらい、我々を起点として区内のいろいろな部署に声をかけて一つ一つ問題を解決しています。足立区ではこの機能の有無が他の行政と決定的に違う点です。
相談を受ける内容で一番多いのが「親が亡くなり実家を相続するが、家具もそのままで何から始めていいのかわからない」というものです。「実家はあるが子どもは他に住んでいるため相続登記が終わっていない」「相続で兄弟がもめている」「残置物がまだ残っている」「解体も検討しなくてはならない」「売却をしようと思っても測量をしないとダメだと言われた」など、対処しなくてはならないことが多岐にわたります。行政によっては空き家問題解決のために宅建協会を始め、建築士、弁護士、司法書士等の業団体と自治体が連携していますが、空き家の相談を受けた行政の担当者は、その内容によって全ての業団体に声をかけ相談しなくてはならず、結局その担当者に負担がかかり仕事が円滑に回りません。そこで、ワンストップで対応できる窓口が必要になるのです。
私主催の勉強会には多いときは10の課※1の課長や担当者が参加しています。組織を超えて、担当者間の横串が通っていることが足立区と我々の連携の大きな特徴です。空き家問題の解決にはこれまでのやり方を度外視し、行政と協力する団体の双方の志のある人が、「尋常ではないほどの手間をかける」ことをしないと上手くいかないなということが私のこれまでの実感です。私の主催にしたために、区の職員が自由に参加できる点、そして、行政からは個人情報は一切もらわないというルールも維持できます。区とは、予算はつけない、協定を結ばない、個人情報の壁を取り払わないというルールでやっていました。その後一般社団法人を作り空き家相談会の入札団体になり、今は個別に具体的な相談に乗ることができるようになりました。
空き家を利活用する若者を支援
─空き家活用ができる人の育成を始めています
増え続ける空き家を管理する人材を育てる必要があると考えました。ただ、空き家であっても個人の財産なので、不動産全般や建築、法律など相応の知識を持つ人が従事しなくてはなりません。そこで、「空き家活用コーディネーター」という資格制度を作り、空き家問題解決の事例研究を中心に勉強会を開いています。資格者は徐々に増え、今では200人を超えました。
─空き家を活用する若者も応援されています
最近、足立区では老朽空き家を改装してギャラリーやシェアハウス、シェアオフィスなど新たな業態で利活用しようとする試みが広まってきています。それを実行しているのは20~30代の若者たちのグループです。空き家を利活用する若い人たちのアイデアは豊富で独創的なものも多く素晴らしいです。ただ、実務の面では経験が足りず、高齢の空き家所有者と交渉が上手く進まなかったり、法律をよく知らず契約書や管理書面作成などの事務処理が上手くできなかったりなどの理由で空き家利活用のアイデアを実現できずにいるケースがあります。そこで、例えば賃借人が改修費を負担して10年間の定期借家で借りる場合、契約満了までに売主が売却した時の改修費の清算方法を契約書に明記するように、などといった具体的なアドバイスをしています。
また、地元の人たちとの関係づくりも大切です。北千住は江戸時代からの宿場町で100年以上続いている店もあります。古くからの町ですので、若い人たちがなにか新しいことをする場合には、地元の町内会や商店街連合会、古参の不動産会社の社長さんなどと上手くコミュニケーションを取らなければなりません。しかし、その辺りの根回しや段取りといったことは、活動してくれる若い人たちのグループや行政の担当者もなかなか理解しづらいようです。足立区ではシティプロモーション課を作り、まちを活性化しようとしていますが、地元の商店街や町会などへの根回しや関係づくりの大切さはしっかりと伝えていきたいと思います。
両協会が協調して居住支援に取り組む
─福祉事業についてもそのネットワークを生かしています
足立区では高齢者の民間賃貸住宅の斡旋のために「あだちお部屋探しサポート」という制度が2021年からスタートしました。いまの不動産賃貸は、一般的に高齢者でも生活保護の方の部屋は簡単に見つかりますが、年金暮らしなどで収入があり生活保護を受けていない単身高齢者向けの部屋はなかなか見つかりません。このような高齢者が借りられないことが社会問題となっております。そこで宅建協会を通じて大家さんにアンケートをとると、部屋で孤独死があるのは仕方がないが、早期発見できず結果的に原状回復費用が多額になるのが困るという理由が最も多く、対応してくれたら貸してもいいということでした。そこで、東京都宅建協会で家賃保証を手掛ける(株)宅建ブレインズに相談に行ったところ、原状回復費用の上限を20万円から50万円まで引き上げた商品を作ってくれました。足立区も家賃保証の保証料と、スマート電気を利用した見守りサービスの費用、そして火災保険も上限1万円まで助成することになったので、単身高齢者は連絡先だけ確保すれば、連帯保証人がいなくても入居できるようになりました。この制度について、当初は住宅関連の部署と福祉の部署のどちらで引き取るか議論が起こりましたが、建築室の住宅課が引き取ってくれることになりました。そのおかげで住宅部署と福祉部との連携が以前よりも強化され、入居者が認知症になったり、病気になり生活保護が必要になった場合等は、住宅部署から福祉部に担当をスムーズに移行できるようにしました。さらに画期的な点は、東京都宅建協会と全日本不動産協会の足並みがそろったことです。両協会が足立区と協定を結び、協定事業として進めることになりました。
「あだちお部屋探しサポート」の業務の流れは、各協会が毎月1回ずつ相談会を開催、相談に来た高齢者が不動産会社に一人で行くのが不安ということであれば、伴走支援として区の職員が同席。入居時には入居費用の一部を区が助成し、入居後も継続して見守るというものです。昨年の年間相談件数は134件あり、物件の紹介までしたのが24件、その内14件が決まったので成約率は約60%です。この事業は足立区も両協会も「相談に来てくれた人には絶対部屋を見つけてあげたい」という方針でやっていますので決定率が高く、対象も高齢者だけでなく、障がいを持つ方やシングルマザー等まで広がっています。この制度は老朽空き家問題解決にも利用されており、老朽家屋から移りたいが新たな住まいを探せない高齢者や、老朽アパートの入居高齢者の立退きの際に役立っています。
─町内会との連携も大事になってきますね
町内会などの組織で、特に民生委員さんや町会長、町会の役員さんを長く務めている人たちの持っているデータの量は半端ではありません。しかし、それがどこにもデータベース化されていません。私が担当した空き家処分の相談で、以前大地主が一団の土地に20軒ほどの家を建てており、地主が亡くなった後徐々に払い下げが行われた物件がありました。そのため分割後の土地と元々建築されていた建物の地番が合わず、所有者が亡くなり、遠縁の親族が相続したけれどその建物を知らず、どの建物が相続対象なのかわからないということが起こりました。都税事務所で調べましたが古い小さな建物なので、もう何年も課税していないので詳細が分からないという状況で、我々も困っていました。すると、近くの酒屋さんの店主のおばあさまが元民生委員で、全ての建物の場所と住人の氏名を覚えており、我々と区役所の担当に全て教えてくれたおかげでこの問題が解決できました。このように町内会やまちの不動産会社が持つ情報は、空き家対策や居住福祉の問題にはとても重要なものが多いので、皆で協力し合いながらそのようなデータをフルに活用し、地域の課題を解決していくことが大事だと思います。
─この活動を突き動かしているものは何ですか
建築室長から私に勉強会立ち上げの話があった時に、足立区での老朽空き家対策は実は防災対策の意味合いが大きいと言われました。東京に直下型地震が起きたら、足立区は同時多発的に火災が起き、家屋が倒壊して逃げ道がなくなり多くの人が亡くなってしまうと想定されており、建築室長は「自分が担当している間に老朽空き家の問題を解決し被害者を0人にしたい。そのつもりでやっている」とおっしゃったのです。それを聞いて、「行政にそんな覚悟があるなら、私も全力で手伝うしかないじゃないか」と思いました。始めた当初はこんなに大変だとは思いませんでしたし、いまだに50件解決しても半分の25件は全く自分の収入にはなっていません。
しかし、誰かが積極的に介入しなければ解決しない問題に携われることは、それ自体幸せなことだと思っています。老朽空き家といった負の遺産の処理をする仕事ですが、全国で問題になっており、いわば最先端の社会問題に関われるということに高いモチベーションを持って、今後も懸命に問題解決に取り組んでいきます。
※1 足立区の10の課(順不同)①住宅課 ②開発指導課 ③建築調整課 ④建築防災課 ⑤建築審査課 ⑥生活環境保全課 ⑦シティプロモーション課 ⑧企業経営支援課 ⑨協働・協創推進課 ⑩高齢福祉課 など
葛生貴昭(くずう たかあき)氏
1977年、栃木県生まれ。大学卒業後、旭化成不動産(現旭化成不動産レジデンス)に入社し、不動産仲介に携わる。2008年に村越不動産を設立。2015年より足立区役所と連携して、足立区内の老朽危険家屋の解消に取り組む。狭小地、借地、無接道地の老朽空き家や権利関係の複雑な物件など、解決に手間と時間のかかる案件を得意とする。ほか、一般社団法人まちなか整備・管理機構代表理事を務める。
株式会社村越不動産
代表者:葛生貴昭(一般社団法人まちなか整備・管理機構 代表理事)
所在地:東京都足立区東和3-2-18-101
電 話:03-5842-1577
H P:http://www.murakosi.jp/
業務内容:足立区で土地建物の売買・仲介、賃貸管理業務を行う。区の私的な勉強会をきっかけに、2015年(一社)まちなか整備・管理機構を設立し、足立区の空き家問題と住宅確保要配慮の居住支援に取り組む。機構は、専門家7名で構成し、権利関係が複雑な案件や借地権物件など、長い間放置されて空き家のままでいる問題を解決している。